7-5.ダンスタンの計画、そして決行の日


我輩わがはいは……、貴殿に許しをわねばならぬ」

 ダンスタンは悲痛な表情になった。「奥方の身の安全のため、我輩はスーリ殿を遠ざけることを進言した。彼女をかくまうことでアーンソール公の不興ふきょうをかっては、わが主君のもとへ帰ることもできなくなると」


「あなたにはあなたの正義があった」

 彼がどういう思いでその言葉を口にしたのかを思うと……ジェイデンはそう言うほかなかった。


「奥方もそうおっしゃった。……不思議なことだが、貴殿にはどこか彼女と似ているところがある。彼女にはいつも、心が読まれているのかと思っていた」

 手を握ったりひらいたりして、そこに目を落としながら、ダンスタンはつぶやいた。


「冬がやってきて、奥方は肺の病にかかった。自分で診断なされ、スーリ殿が彼女を手伝って処方を準備したが、なかなか改善に向かわなかった」


「ご夫君のもとで療養させてさしあげてほしいと、なんども嘆願したが、公に冷たくはねのけられ……。我輩は……、なんとかして彼女を、いや彼女たちを助けられないかと策を練りはじめた」


 レディ・グロリアは、セルヴリス伯に対する公の人質だった。彼女が逃げだせば、伯がその責任を追及されるだろう。アーンソール公に謀反むほんの意志ありとみなされ、ひどい罰を受けることになる。

 一方のスーリは身よりもなく、うまく脱出したところで後ろ盾がなければ連れ戻される可能性が高い。


 だが、ふたりの持つ力を合わせればなんとかなるのではないか、とダンスタンは考えた。レディ・グロリアはスーリの後ろ盾になれるし、スーリは彼女だけで城を壊滅かいめつさせられるほどの魔法の力がある。


 スーリを近隣国に亡命させ、そのどさくさにまぎれてレディ・グロリアを脱出させる、というのが、ダンスタンの描いた計画だった。


 奥方はコラールの地方領主の姫君で、実家に頼んでいくらかの私兵を準備することができた。スーリは弟ルルーのほか、もう一人協力者の魔女を見つけた。彼女たちとおなじような境遇で連れてこられた魔女ザカリーである。大陸最強の魔女が三人いれば、脱出が成功する確率はかなり高く見積もることができそうだ。


 だが、ダンスタンの予想に反して、ルルーはサロワに残ると宣言した。

「僕と姉さんがどちらもいなくなれば、サロワは最大の戦力を失って無防備になる。近隣国、とくにアムセンはその機を逃さないだろう。戦争を呼び起こす原因になるのはイヤだ」

 というのが、青年魔導士の主張だった。

「それに、僕は〈塔〉の魔導士だ。アーンソール公の権力を監視する義務がある」


 スーリはずいぶん弟を説得したようだが、青年は首を縦にはふらなかった。おそらく、アーンソールが姉スーリを追わないようにそばで監視するというつもりもあるのだろう。それは亡命するスーリ以上の危険な役割かもしれない。だが、彼が残ることで得られるこちらのメリットを考えると、ダンスタンも積極的に反対はできなかった。


「大人として、あれほど若い青年が自分を犠牲にするのを止められなかったことを、いまでも悔いているのだ」

 とダンスタンは目を伏せた。「我輩は保身を考えるのにせいいっぱいであった。わが君にも、父にも顔向けできぬ」


「あなたが奥方を守ったからこそ、彼女は自分の正義をつらぬけたんだと思うよ」

「そう言っていただくと救われる。……奥方を守りきったとは、とても言えないのだが」

 ダンスタンは、ふと思いだしたような顔つきになった。「『あなたという友があるからこそ、とらわれの身でも善をなそうと力を尽くすことができる』と奥方はおっしゃった。貴殿の言葉で思いだした……。礼を申さねば」


 騎士は立ち上がり、ジェイデンを部屋の外へ招いた。

「……貴殿には、われわれの決行の日を見ておいてほしい」


 ♢♦♢


 決行の日は、夏至祭の最中となった。前夜から各地の領主たちが公に拝謁はいえつし、騎士たちが剣技を競い、庶民にも食事がふるまわれる。警備は厳重になるが、人の出入りが多く脱出にはこの日をいてないと思われた。


 ジェイデンはダンスタンに案内され、記憶のなかの王城に足を踏みいれた。

「スーリたちはどこに?」

「奥方の部屋だ。こちらに」


 城内は祭らしいざわめきにつつまれていた。窓の外は緑があざやかで、そこに領主たちの色とりどりのペナントがなびく。兵士たちも警戒に余念がないようだ。もちろんふたりには実体がないので、兵士たちに気づかれることはない。


「この日は騎士たちの各種競技があって、アーンソールは騎士団長としてそちらに参加していた。レクストン王もご臨席であった。ルルー殿もそちらでな」

 と、ダンスタンが窓を指す。寄ってみると、城の中庭が簡易の競技場になっているようで、高いところにしつらえられた王の席も確認できた。ルルーはすでに、彼がよく知る魔導士のローブ姿だった。


 ダンスタンに先導され、城内を歩いていく。足音がしないことにもしだいに慣れてきた。


 レディ・グロリアの居室は城の二階部分にあり、おそらく公の居住区とも近い場所だろうと思われた。逃亡を警戒しての配置だろう。


 ダンスタンは扉の前でしばらくためらってから、拳をノックの形に上げた。実体がないことを思いだしたかのように腕をおろしてなかに入る。扉は水面をくぐるようにすり抜けることができた。


「スーリ」


 聞こえることがないのはもうわかっていたが、ジェイデンはそう呼びかけずにはいられなかった。そこにいるのは、彼がよく知るスーリだった。ちがうのは服装くらいだった。彼女の過去は、終わりに近づきつつあるのだ。


「では、打ち合わせのとおりに」

 そう号令をかけたのはダンスタンの声だった。


 スーリがうなずく。

「壁を壊して石を用意し、兵士を召喚します」

 レディ・グロリアに向かって説明する。「騒ぎに乗じて城外に出たら、ザカリーが魔法で姿を消してくれる。堀の外までたどり着けば、兵士たちがあなたをエトリまで連れて帰ってくれるはずです」


 奥方はうなずいた。「あなたたちも気をつけるのよ」

 

 ぺたぺたとなじみ深い足音がして、ガチョウがレディ・グロリアに近づいた。

「ペロー。いつもわたくしをなぐさめてくれてありがとう。あなたともここでお別れね」

 奥方の言葉がわかっているかのように、ガチョウは「ゴッゴッ」と鳴いた。


 計画は、ちょうど馬上試合のタイミングで実行された。


 太陽が高くのぼり、馬上の騎士の向かい合うランスを鈍くきらめかせる。かけ声にあわせて馬が駆け、最初の槍が打ち合おうとしたところで、城から爆発音が上がった。

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