6-5.力をもとめる者
アーンソールの移動にともなって、風景も移り変わっていく。
おそらく、サロワ王の城だろう。玉座の間から移動するレクストン王。肖像画でしか見たことはないが、ジェイデンにとっては
アーンソールは、新しく手に入れた道具の有用性について熱心に王に
「おまえの言い分はわかる、アーンソール。だが、今は動くべき時とは思えぬ」
王はフィニに似たハチミツ色の目を騎士に向け、ため息をついた。
レクストン王は戦争にあまり乗り気ではなかった。国内では魔導士たちの押さえつけに反発したエテルナ教の信徒たちがあちこちでいさかいを起こしていたし、数年の不作で国庫もとぼしかった。アムセンの国力には勢いがあり、たやすく勝利できるとは思えない。かりに勝てたとしても、戦争で魔女や魔導士たちが活躍することで彼らの発言権が増し、ドーミアのように政治に口を挟まれるようになる。そうなると、魔導士たちの
そうならないために、婚姻というもっともおだやかな形でアムセンとの関係を模索しているのだ。フィニの息子たちの代になれば、二国の関係はいっそう強化されるだろう。
王はそう説明し、若き騎士団長はしぶしぶ提案を取り下げた。だが、納得していないことはジェイデンにもわかった。
「王はあれをごらんになっていないから、決心がおできにならないのだ」
アーンソールはぶつぶつとつぶやいている。
♢♦♢
ジェイデンにとってこれは過去であるから、王とアーンソールが会談してからほどなく、サロワが隣国コラールに侵攻したことを知っている。
この作戦が電撃的な勝利をおさめたことからアーンソールの発言権が増し、王とのあいだにしだいに意見の
だが、その作戦にスーリが関与していたとは……。こういう形で知ってしまったことがよかったとは、ジェイデンにはとても思えなかった。
自分を
味方のために防御壁を作っていた彼女は、壁の上から味方の軍が火矢をはなち、コラールの兵士たちをやすやすと殺していくのを見た。兵士たちを守るためだと言い聞かせられていた壁のせいで人が死ぬのを、彼女は自分の目で見ることになった。そして
自分の引き起こした事態の大きさに恐怖して、スーリはすすり泣いた。ジェイデンは、もう無駄だとはわかっていても、やはり彼女を抱き寄せようとせずにはいられなかった。だが、実際にそうしたのはアーンソールだった。
「よくやってくれた。おまえのおかげで、私の軍の被害は最小限におさえられた」
彼女を優しく抱擁しながら、アーンソールはささやいた。「だが、やはり娘には荷の重い任務だったな。ほかの方法がないか考えてみよう」
スーリはぼうぜんとしていて、濡れたほほもそのままにうなずくだけだった。彼の言葉の意味も、ほとんどわかっていなかった。アーンソールの暗い目の輝きにも気がつかなかった……。
♢♦♢
アーンソールが魔法に
だが、その正確な時期ははっきりとはわからない。スーリの故郷まで訪ねていった動機を考えると、かなり昔から興味を持っていたのだろう。とはいえ、彼女が成長するまでほとんど放っておいたように、最初は常識的な距離を持っていたのだろうとジェイデンは推測した。
おそらくは最初の
あこがれの騎士の訪問を最初はよろこんでいたスーリも、魔法のことについて質問ぜめにされるばかりだと気づいて困惑した。
――なぜ、おまえの魔法だけが特別にすぐれているのか。どうやって悪魔と契約したのか。契約とはいったいどういうものなのか。おまえの母は、父は、弟はどうだった?
だがスーリは青年の質問に弱々しく首をふるばかりで、彼の望むような答を返すことはできなかった。彼女は魔女であって魔導士ではなく、自分の能力を順序だてて説明することもできなかったし、そもそもあまりにおさないころのできごとで、自分が望んで得た力でもなかったからだ。
「おまえの能力が私のものであったら、おまえを戦場に連れていくことなく、国防のつとめを果たせるのだよ」
騎士はいつもどおりの優しい口調で、スーリの肩に手をおき、そう言い聞かせた。「なにか良い方法があれば、おまえからも教えておくれ」
「そうできたらいいのですが、なにも知らないんです」スーリは曇り空色の目をいっそう曇らせて、そう答えるほかなかった。
「あいつ、なんかヘンだよ」
スーリほどには注目されていなかった弟のルルーは、このころ、アーンソールに警戒心をもつようになっていた。「姉さんを見る目がおかしい。イヤな感じ」
「アーンソールさまは国を守るために働いておられるのよ」
スーリはそう言って騎士をかばったものの、それは自分に言い聞かせているようにも、ジェイデンには見えた。
♢♦♢
この時期あたりから、アーンソールは〈塔〉に所属する魔導士たちをあつめ、魔女と魔法についての知見をもとめるようになった。
「なにも閣下みずから、そのようなまじないに手を染める必要はないのではありませんか?」
側近がやんわりとそうとがめたが、青年の意志は固かった。
「戦争には目に見える形の兵器が必要だ。だが、あんな少女を戦争に出すのは、あまりにたよりない」
というのが、彼の言い分であった。「騎士である私が魔法騎士となれば、より大きな兵器となろう。スーリでさえあれほどの力を持つのだから」
だが……。
「このようにして魔女となる、という、はっきりした道すじをお示しすることはできないのです」
当時の筆頭宮廷魔導士は、困惑しながらこのように述べた。それはスーリの言葉とも重なっていたのだが、若き騎士はいらだちを持って問い返した。
「これだけの魔導士があつまって、自分が魔女になったときのことさえ教示できぬというのか? ドーミアの魔法騎士たちはどうしたというのだ?」
「魔女が魔導士となる道であれば、いかようにでもお
中年の魔導士はそう説明した。「もちろん、力をもとめて悪魔のおとずれを待つ者もいます。ですが、彼らが契約を得て魔女になったという話は、
「そんなはずはない」
アーンソールはいらだち、固い拳を机にたたきつけた。「力とは、それにふさわしい者にあたえられるべきものだ。ただしく運用できる者、その立場がある者がもつべきものだ。それが、秩序というものではないか?」
「おっしゃるとおりです、閣下」
魔導士はうなずいて、暗い顔でこうつけくわえた。「ですが、そうではない。そうではないから、われわれはあの訪問者を悪魔と呼ぶのです」
「おまえたちはなにかを隠している」
青年の淡青の目が、
鈍い金属音とともに剣が抜かれ、魔導士の首もとに付きつけられた。
「なぜ私の計画をはばむ? それが悪魔の方略なのか? 答えよ」
「ち、ちがいます、閣下。申しわけございません」
ひざまずき、震えながらしきりに謝罪する魔導士を、アーンソールは無言のまま見下ろしていた。心のなかを
筆頭魔導士は解雇され、
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