6-4.この魔法があれば、どれほどのことができるか

 青年大公はおともの騎士たちを引き連れて、子どもたちの様子を視察に来たらしかった。あれこれと教師に尋ね、その内容にうなずいている。子どもたちに話しかけ、勉強の進み具合を確認したり。


 城主であるアーンソールは、子どもたちにとって雲の上の人物だ。孤児たちは緊張で身を固くし、頬を紅潮させて青年騎士の問いに答える。


 そして、彼はスーリのいる窓際に近づいてきた。

「植物図鑑か。おもしろいか?」淡々とした声で尋ねる。

「はい」

 スーリは薔薇色のほほで答えた。「いろいろなことが載っているので、読み飽きないです。どこの土地に生えるのか、どんな利用法があるか」


女人にょにんであれ、勉学に興味を持つのはよいことだ」

 アーンソールは笑顔を見せるでもなく、整った顔で几帳面に言った。「図鑑にいたら、城の図書室を使うがいい」


「いいんですか?」

 スーリは灰色の大きな目を見ひらいた。


「持ち出しはできぬが、中に入って読むぶんにはかまわぬ。家令かれいに伝えておこう」

「ありがとうございます!」


 去っていく青年騎士を、スーリは顔を赤くして見おくった。遊び用の短い矢をふりまわしていたルルーが、「けっ」と顔をしかめている。今のルルーもこういう気分なんだろうなと思い、ジェイデンは苦笑した。彼の気持ちが、いまならわかる。


 ♢♦♢


 アーンソールが城内を歩くと、同輩どうはいの騎士や家臣たちがひっきりなしに近づいてくる。その様子に、彼の性格がうかがえた――報告を座して待つのではなく、自分が行動を起こしたいタイプなのだろう。口数は多くなく、表情もめったに変わらない。湖のように落ち着いているが、その内心に野心を隠しもっていることをジェイデンは知っている。


「エトリ出身の、あの双子ですが」

 同世代らしい青年騎士が、帳面を見ながら報告した。「どちらにも魔法の才があることを教師が確認しています」

「それは重畳ちょうじょうなことだ。だれか師をつけてやれ」と、アーンソール。


 隣にいた重臣らしき年長の男が苦笑を浮かべた。

「領民たちをよくお心にかけ、孤児のめんどうまで見てさしあげるとは。閣下の慈愛のお心には感服いたします。……が、そろそろについてもお考えになってよいご年齢ではありませんか?」


 暗に結婚をすすめられても、青年大公はまったく表情を変えなかった。

「私は王におつかえし、国を守ることができればそれでよい。そのために騎士団長という栄誉もたまわっているのだから、結婚などは考えておらぬ」

 そして続ける。「家は弟がいでくれる」


「そのお若さで、女性に心動かされるようなことはないのですか? 王国中の貴婦人が、閣下の美男子ぶりを夢に見ているでしょうに」


女性にょしょうのけがれは、戦場では縁起が悪いのだ」

 青年はきまじめに答えた。「もちろん、騎士の心得こころえとして女性は尊ぶが、わが身には近づけないことにしている」


 ジェイデンは、若き騎士の様子に意外な感じがした。サロワ出身の母フィニから聞いたアーンソール像とは、ずいぶんちがっていたからだ。

『小心者で、残忍で、女を何人もはべらせていたわ。けがらわしい男』

 母は故国についての話題が出ると、こう言っては王をこきおろしていた。もっとも、彼女の兄、サロワ前国王レクストンは従兄弟いとこのアーンソールに殺されたのだから、そういうもの言いになる母の心境もわかるのだが。


 しかし、目の前で見る若き日のアーンソールは、高潔で、清廉潔白な騎士に見えた。むしろ、結婚を否定し純潔であることを重んじるなど、おなじ年頃のジェイデンから見ると潔癖すぎるくらいだった。


 こんな男が国王をしいして自分が王となるものだろうか? みずからの腕で戦火から救った少女を蹂躙じゅうりんし、兵器としてあつかったりするものだろうか? ジェイデンはわからなかった。


(それに――)ジェイデンはふと気がついた。(この夢。の視点が入っている。これは、過去でもあるのか?)


 ♢♦♢


 また、時間が経過したようだ。今回は、かなり長い。


 次の場面でのスーリは、数歳としを重ねたように見えた。もう十歳はとうに過ぎているだろう。十三、四くらいだろうか? ふっくらした頬にまだおさなさが残るが、さざなみのような髪は腰近くまでのび、身長はいまの彼女とそれほど変わらない。


 城内の中庭である。


 地面に積もる落ち葉やひとびとの服装からして、秋だろう。集まっているのは、騎士や教師たち。そして、スーリをふくめたあの子どもたちだった。


 その中心に、アーンソールがいる。簡易椅子に腰かけ、ものげな青い目を子どもらに向けていた。


「騎士さま……」

 スーリがはにかみながらそっとつぶやくのを、後ろのルルーがおもしろくなさそうに見ている。


 教師は子どもらの数名を呼び、「閣下に魔法をお見せしなさい」と命じた。子どもたちのほとんどは魔女だということが、ここであらためてわかった。ひとりひとり、声をかけられてそれぞれに魔法を披露していく。季節はずれの満開の花ふぶきは幻覚魔法だろう。手品程度の生活魔法も多い。パトリオのような使役しえき系の魔法を使う子どもには、教師が満足げにうなずいている。

 ザカリーらしい巻き毛の少年は、精神操作系だということで魔法は披露されなかった。まだ本来の魔法が発現していなかったのか、それとも本人が隠していたのか。


 しかしもっともアーンソールを驚かせたのは、双子たちの魔法だった。ルルーの物体転移は〈塔〉の歴史でさえ数名しかいないとされる魔法だったし、補助魔法のいかづちも他に例を見ないものだ。そして、スーリの魔法は……。


「古く意志かたきものよ、こたえて。来て」

 ごく単純な、呪文とも呼べない呼びかけだったが、その効果は絶大だった。

 瓦礫がれきを一瞬にして巨石の兵士へ、また強固な石壁へと変化させるスーリの魔法に青年騎士は絶句した。


「なんという……」

 ようやく絞りだした声は、周囲のものたちもはじめて聞いたのではと思うほど震えている。「こんな……こんなことが可能なのか?! これは……」


「石を操る能力のようです」

 隣に立つ教師が答えた。「非常にまれで、希少な魔法かと」


「そのとおりだ」

 青年は熱心にうなずいた。「これらの魔法があれば、どれほどのことができるか、おまえたちには想像もつくまい。自軍のための防御壁を、いともたやすく構築できる。攻城兵器ももはや不要となる」


 そして立ちあがると、スーリとルルーの肩に手を置いて褒めそやした。

「みごとな能力だ。ふたりとも立派なものだ」


「……ありがとうございます」

 ルルーの応答は事務的だったが、スーリは「お役に立てるのなら、よかったです」とはにかんだ。


「孤児であっても、魔法の能力にすぐれた者は軍に引き立ててやろう。国を守り豊かにするとうとい仕事だ」

 アーンソールはめったにない柔和な笑顔を子どもたちに向けた。「今後も術の研鑽けんさんに励むよう」


 ♢♦♢


 執務室へ戻るあいだ、青年は家臣たちの問いかけにも心ここにあらずといった様子だった。さきほど目にした魔法に心奪われ、頭のなかがいっぱいになっているようだった。があれば、どれほどのことができるかと考えていたのだろう。双子の能力が、とくに戦場で無限の価値をもつことは容易に想像できる。


「それにしても、あの双子の姉とやら、美しい娘ですなぁ。ほっそりして腰が細くて、なんともいえない品がある。孤児とは思えない。どこぞの姫ぎみかと言われてもうなずける」

 重臣は少女を褒めそやした。好色な笑みにジェイデンは不快を感じる。


「……」

 アーンソールもおなじだったのだろうか。不快をしめすように片方の眉をあげた。家臣はきまり悪そうに空咳をした。


「おまえたちは持ち場に戻れ。私は王に拝謁はいえつしてくる。……このすばらしい道具について、王にお話しせねば」

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