6-4.この魔法があれば、どれほどのことができるか
青年大公はお
城主であるアーンソールは、子どもたちにとって雲の上の人物だ。孤児たちは緊張で身を固くし、頬を紅潮させて青年騎士の問いに答える。
そして、彼はスーリのいる窓際に近づいてきた。
「植物図鑑か。おもしろいか?」淡々とした声で尋ねる。
「はい」
スーリは薔薇色のほほで答えた。「いろいろなことが載っているので、読み飽きないです。どこの土地に生えるのか、どんな利用法があるか」
「
アーンソールは笑顔を見せるでもなく、整った顔で几帳面に言った。「図鑑に
「いいんですか?」
スーリは灰色の大きな目を見ひらいた。
「持ち出しはできぬが、中に入って読むぶんにはかまわぬ。
「ありがとうございます!」
去っていく青年騎士を、スーリは顔を赤くして見おくった。遊び用の短い矢をふりまわしていたルルーが、「けっ」と顔をしかめている。今のルルーもこういう気分なんだろうなと思い、ジェイデンは苦笑した。彼の気持ちが、いまならわかる。
♢♦♢
アーンソールが城内を歩くと、
「エトリ出身の、あの双子ですが」
同世代らしい青年騎士が、帳面を見ながら報告した。「どちらにも魔法の才があることを教師が確認しています」
「それは
隣にいた重臣らしき年長の男が苦笑を浮かべた。
「領民たちをよくお心にかけ、孤児のめんどうまで見てさしあげるとは。閣下の慈愛のお心には感服いたします。……が、そろそろご自分のことについてもお考えになってよいご年齢ではありませんか?」
暗に結婚をすすめられても、青年大公はまったく表情を変えなかった。
「私は王にお
そして続ける。「家は弟が
「そのお若さで、女性に心動かされるようなことはないのですか? 王国中の貴婦人が、閣下の美男子ぶりを夢に見ているでしょうに」
「
青年はきまじめに答えた。「もちろん、騎士の
ジェイデンは、若き騎士の様子に意外な感じがした。サロワ出身の母フィニから聞いたアーンソール像とは、ずいぶんちがっていたからだ。
『小心者で、残忍で、女を何人もはべらせていたわ。けがらわしい男』
母は故国についての話題が出ると、こう言っては王をこきおろしていた。もっとも、彼女の兄、サロワ前国王レクストンは
しかし、目の前で見る若き日のアーンソールは、高潔で、清廉潔白な騎士に見えた。むしろ、結婚を否定し純潔であることを重んじるなど、おなじ年頃のジェイデンから見ると潔癖すぎるくらいだった。
こんな男が国王を
(それに――)ジェイデンはふと気がついた。(この夢。アーンソール本人の視点が入っている。これは、彼の過去でもあるのか?)
♢♦♢
また、時間が経過したようだ。今回は、かなり長い。
次の場面でのスーリは、数歳としを重ねたように見えた。もう十歳はとうに過ぎているだろう。十三、四くらいだろうか? ふっくらした頬にまだおさなさが残るが、さざなみのような髪は腰近くまでのび、身長はいまの彼女とそれほど変わらない。
城内の中庭である。
地面に積もる落ち葉やひとびとの服装からして、秋だろう。集まっているのは、騎士や教師たち。そして、スーリをふくめたあの子どもたちだった。
その中心に、アーンソールがいる。簡易椅子に腰かけ、もの
「騎士さま……」
スーリがはにかみながらそっとつぶやくのを、後ろのルルーがおもしろくなさそうに見ている。
教師は子どもらの数名を呼び、「閣下に魔法をお見せしなさい」と命じた。子どもたちのほとんどは魔女だということが、ここであらためてわかった。ひとりひとり、声をかけられてそれぞれに魔法を披露していく。季節はずれの満開の花ふぶきは幻覚魔法だろう。手品程度の生活魔法も多い。パトリオのような
ザカリーらしい巻き毛の少年は、精神操作系だということで魔法は披露されなかった。まだ本来の魔法が発現していなかったのか、それとも本人が隠していたのか。
しかしもっともアーンソールを驚かせたのは、双子たちの魔法だった。ルルーの物体転移は〈塔〉の歴史でさえ数名しかいないとされる魔法だったし、補助魔法の
「古く意志かたきものよ、
ごく単純な、呪文とも呼べない呼びかけだったが、その効果は絶大だった。
「なんという……」
ようやく絞りだした声は、周囲のものたちもはじめて聞いたのではと思うほど震えている。「こんな……こんなことが可能なのか?! これは……」
「石を操る能力のようです」
隣に立つ教師が答えた。「非常にまれで、希少な魔法かと」
「そのとおりだ」
青年は熱心にうなずいた。「これらの魔法があれば、どれほどのことができるか、おまえたちには想像もつくまい。自軍のための防御壁を、いともたやすく構築できる。攻城兵器ももはや不要となる」
そして立ちあがると、スーリとルルーの肩に手を置いて褒めそやした。
「みごとな能力だ。ふたりとも立派なものだ」
「……ありがとうございます」
ルルーの応答は事務的だったが、スーリは「お役に立てるのなら、よかったです」とはにかんだ。
「孤児であっても、魔法の能力にすぐれた者は軍に引き立ててやろう。国を守り豊かにする
アーンソールはめったにない柔和な笑顔を子どもたちに向けた。「今後も術の
♢♦♢
執務室へ戻るあいだ、青年は家臣たちの問いかけにも心ここにあらずといった様子だった。さきほど目にした魔法に心奪われ、頭のなかがいっぱいになっているようだった。あれがあれば、どれほどのことができるかと考えていたのだろう。双子の能力が、とくに戦場で無限の価値をもつことは容易に想像できる。
「それにしても、あの双子の姉とやら、美しい娘ですなぁ。ほっそりして腰が細くて、なんともいえない品がある。孤児とは思えない。どこぞの姫ぎみかと言われてもうなずける」
重臣は少女を褒めそやした。好色な笑みにジェイデンは不快を感じる。
「……」
アーンソールもおなじだったのだろうか。不快をしめすように片方の眉をあげた。家臣はきまり悪そうに空咳をした。
「おまえたちは持ち場に戻れ。私は王に
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