6-3.騎士と少女

 集落が焼け、燃え落ちようとしているところだった。あちこちでまだ火の手が上がっていたが、粗末な家々のほとんどは焼きつくされ、黒焦げになってあたりに積み重なっていた。冷たい空気に、ときおり炎の熱気がまじる。木と石と肉が焼けるにおい。細かな灰が舞いあがって目を痛くする。


 燃えおちた木材をブーツでよけているところで、穿きなれた靴の感触からなにかを思いだしそうな気がした。前にも、この場所で、おなじような動作をしたことがある。そのときは、だが、もっと固い足鎧を身につけていた……。


(夢だ。ザカリーが見せた、スーリの家での、あの夜の)


 だとすれば、これはアーンソール王についての記憶なのだろうか? スーリが国を出る原因になったという、サロワ王国の元騎士団長。彼女に男性への恐怖を植えつけ、戦争兵器としてあつかったという……。


(スーリは、この過去の悪夢のなかにとらわれているのだろうか? そうだとすれば、おれをここに寄こした悪魔の意図はなんなんだ?)


 考えながら、おさないスーリのために腰をかがめる。少女は燃え落ちた家の残骸ざんがいに隠れるようにしゃがみこんでいた。


「スーリ」

 声が届かないことはわかっていたが、名前を呼ばずにはいられない。呼びかけずにはいられなかった。

「こんなところにいちゃいけない。ずっとつらいままになってしまうよ。目をさまさなくちゃ……。スーリ、きみは未来を生きるんだ。おれもいっしょに行くから。きみだけにつらい思いはさせないから」

 だが、やはり声かけは少女に届かなかった。

 ただ過去をのぞき見るだけで、彼女に呼びかけることもできないのなら、なぜ悪魔は彼をここに招いたのか。ジェイデンは怒りがわいてきた。


「待っていてくれ、スーリ。きみを取り戻す方法を、かならず見つける」

 大魔導士ルラシュクは、悪魔と交渉する際の注意点を彼につたえていた。ひとつ、悪魔はこちらの過去や言葉にしない思いを見抜くことができること。ふたつ、だから悪魔との交渉はかならずこちらが不利になること。みっつ、しかし悪魔はこちらの不利になりうる情報をかならずしめさなければならない決まりがあるらしいこと。


 過去の記憶のなかに、ジェイデンが悪魔と対峙たいじするために必要な情報があるのだ。それを探さなければ。


 気を引きしめたジェイデンは立ちあがった。人の気配にふりむく。

 ザッザッと大きな靴音を鳴らしながらあらわれた一群に、彼は息をのんだ。みな帯剣し、鎧を身につけた騎士姿。その先頭に立つのは、長身の美しい男だった。

「サロワ王アーンソール」思わずつぶやく。

 長く豊かな黒髪と、うれいをおびた淡青色の瞳。近隣諸国で「悪魔のように美しい」とうわさされるのもうなずける美貌だ。


「どうやら、生き残りがいたようだな」

 騎士はそうつぶやいた。


「はっ、閣下」背後にひかえる部下らしい男が、きびきびと報告している。

「エトリの北西に、魔女たちを多く輩出はいしゅつする名もなき寒村かんそんがあるとは聞いておりましたが……このような災害にみまわれていようとは」


野分のわき(台風)でも地割れでもない。ぞくなものたちの襲撃という話も聞かぬ。いったい、なにが起こったのか」

 アーンソールは考える顔になったが、目の前でふるえる子どもがいることに思いいたったらしい。背をかがめ、腕をさしのばした。


「娘よ。おまえの村にいったいなにが起こったのだ?」


 綿花の白をした髪色の子どもは、小さな声で答えた。「わからない」


「お母さんと弟がいないの」

 薄墨色の大きな瞳いっぱいに涙をためて、スーリは訴えた。「怖い男のひとたちがたくさんいる」


「やはり、賊めらの襲撃か? こんな寒村で、奪うものもなかろうに」

 騎士はいたましそうに娘を見た。「……このような子どもまで、あわれなことだ」


「来るがいい。母ぎみと弟を探してやろう。花を手向たむけるしか、してやれることはないかもしれぬが」

 その騎士は――ジェイデンの目から見ても、美しく善良な青年に見えた。家族とはぐれて不安がっている少女にとっては救いの主だったことだろう。スーリはすなおに騎士に抱きあげられた。


「城にお連れになるのですか?」

「身よりもない子どもひとり、こんな場所に置き去りにするわけにもいくまい」


 少女を抱きあげて歩きはじめた騎士の背中を、ジェイデンの目が追った。見たくもないものを見るにちがいないが、スーリを救うヒントがあるなら、行くしかない。


 ♢♦♢


 夢はとつぜんに場面を変えた。


 スーリのとなりには、おなじ顔をした少年がいた。ルルーも無事に保護されていたのだろう。もちろん、彼が無事だったことはわかっているのだが、ジェイデンはほっとした。

 ふたりとも五歳から七歳くらいに見え、清潔な衣類に替えさせてよく世話をしてもらっていることがわかった。いまのふたりのような男女差がまだないので、髪の長さ以外、ほんとうに瓜ふたつに見える。いまの自信満々で皮肉屋の彼とちがい、昔のルルーはおどおどと自信がなさげにしているのも新鮮だった。


「騎士さまがたすけにきてくれたから、だいじょうぶよ」

 スーリは弟の手を撫でながら、やさしく言い聞かせている。「これから、お城で暮らすのよ」


「こわいことされたりしない? かあさんがされてたみたいに?」

 そう問われて、少女の顔がこわばった。


「あれは、やばんな男たちだったのよ」

 スーリは自分にも言い聞かせるように力強く答えた。「騎士さまはやさしいから、だいじょうぶ」


 城での生活は、あの寒村にくらべればはるかに良いものであるように見えた。子どもたちは城の一角に集められ、専門の乳母や教育係もあてがわれていた。なかには、のちのザカリーだろうと思われる金髪の少年も見えた。


(アーンソール王……、いや、このころはまだ、サロワの騎士団長だったはずだな)

 

 子どもたちの様子を眺めながら、ジェイデンは考えを整理していた。

(慈善として孤児たちを育てていたんだろうか? それとも、魔女の卵として領地から集めた?)


 おそらくは後者だろうと推測できたが、魔女たちを集めて教育するのはサロワではめずらしくもないことだっただろう。


 平穏な日々が続くことをあらわすように、場面はすばやく切り替わり、スーリたちの成長が目に見えて進んでいく。窓際で本を読む子どもたち。号令をかけての食事。いっせいに眠りにつく夜。


 ルルーはしだいにヤンチャな少年となり、年頃の男児がするようなあらゆるイタズラを起こした。教師の歩く先にものを落としたり、なにかを隠したり。スーリは年長の子どもらしく、小さな子に本を読んでやったりしている。ルルーのイタズラが過ぎると、お灸をすえるのもスーリの役割だった。手のひらに毛虫を落とされて半泣きになっているルルーの姿には、思わず笑みを浮かべてしまう。あのおそろしい大魔導士にも、こんな少年時代があったとは。


 そしてスーリは……、今と変わらず本の虫だった。物語よりも、図鑑や専門書のほうが好きなのも今といっしょだ。陽の当たる窓辺で本をひらき、髪を耳にかけて熱心に読みふける姿が愛らしい。


 ざわめきが近づいてきて、スーリが顔を上げた。教師たちがあわただしくお辞儀をし、子どもたちを整列させている。城主であるアーンソール公があらわれたのだ。

 

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