4-6 四つがけ(クアドラプル)の魔女と、とつぜんの報告
「殿下になにをする!」宙に浮かぶ大魔導士に向かって、ディディエが吠えた。
「いや、殺しませんけど」
ルルーは平たんな声で答えた。「でもめんどうになってきました。このあと姉さんと遺跡の夕焼けを見に行く予定なんですよ。全員、帰ってもらっていいですか?」
「むろん、そのつもりだ」と、ディディエ。「おまえが邪魔をしさえしなければ」
「あのね、あなた、ジェイデン王子の家庭教師なんでしょう? もっとちゃんと管理しておいてくださいよ。元気がありあまってるから、こんなところまで姉さんを追ってくるんですよ」
ルルーは「ふう」とため息をつき、また杖をかまえた。
「……ま、あばれずに無事に連れて帰ってもらえるように、脚の一本くらい折っておきましょうね」
「サロワ王の犬が、ぬかすな! 殿下に指一本ふれる前に、私が消し炭にしてくれるわ」
「ハイハイ」
――ゴオオッ……!
怒れる炎の化身のような火の玉が、豪速でルルーにおそいかかる。が、なんの予備動作もなしに炎はかき消えた。
「あなたの
ルルーの魔法は、これまでにジェイデンが見てきたものとは次元が違っていた。呪文も複雑な動きもなく、なめらかで自然で、魔法でできないことなどなにひとつないかのように見えた。まるで彼ひとり別の世界にいるかのように見えた。
その理由は――?
「
ルルーが短くとなえると、彼の周囲がまばゆく光った。光の玉がいくつも浮かび、一瞬のあいだ静止してから、すさまじい勢いで降ってくる。
「ムンッ」
ディディエは空中を駆け、戦斧で火の玉をはじき返そうとした。しかし、彼の
「ダイアウルフ!」
魔女パトリオが叫ぶと、二頭の巨大犬があらわれ、岩穴のような口で一行をくわえると逆方向に飛びすさった。目もくらむような閃光と、地面に落ちた火の玉からあがる炎。ルルーが軽く手をふると、いともたやすく炎がかき消える。
「ちょっとやりすぎたな。最近、使ってなかったから」ルルーは空中で首をひねっている。
「メテオラムは炎+高速移動としても。雷、転移、物体の高速移動、炎の補助魔法」
魔女パトリオがつぶやいた。「魔法が四つある」
「それは、彼が四つがけの……」
言いかけたジェイデンも気がついた。ルラシュクが<
――双子の魔女を手に入れた。片方は戦時に有利に使い、もう片方は切り札として残しておく。スーリ殿の力を発揮する局面では、弟殿のフリをさせてもいい。<
イドニ城で、パトリオが推測したことだ。だが……。
「どうしたんです? 僕が姉さんの魔法を使ってると思ってたんですか?」
ルラシュクはあざけるような声で挑発した。
「そう。僕は魔法を四つもっている。……この世でただひとりの、<
そして底の知れない顔をして笑った。「さあ、その魔法を体験したくないですか? ひとりずつじゃなくて、まとめてかかってきてくれていいんですよ。そっちのほうが早く片づく。これでも忙しい身でね」
ディディエはすでに、王子の
前門の虎を後門の狼にぶつけようというジェイデンの荒わざは、どうやら、失敗に終わりそうだ。ルルーの戦闘能力は、この場にいる三人ではとても
「待ってくれ。ルラシュク、きみもおれも、スーリの幸せを第一に考えている。ここであらそう意味はないだろう?」
ジェイデンはなんとか事態の
必死の訴えにも、ルルーがこころを動かされた様子はなかった。ぎりぎりの状況で呼びだしたので、こうなることも想像はしていたが、ディディエはともかくルラシュクがここまでかたくなとは。やはり、結婚に反対しているのだろうか?
「その縄、借りますよ」
ルルーがそう言うと、ディディエの周囲の縄がするすると動き、彼自身を捕縛した。さらに犬たちの目前に雷を落とすと、二頭のダイアウルフは尻尾を股にはさみ身体を縮こまらせてしまった。騎士の幅広剣がくるくると回転しながらルルーの頭上を舞う。
「やめろ!」ディディエが吠える。
「動くと、脚以外の部分も折れますよ」ルルーはそう宣言して、ジェイデンに長剣を放とうとした――が。
〔閣下ぁ!〕
間が抜けるような、高い少年じみた声がして、一同は動きを止めた。
「ん? なんだあれ?」
オスカーが目をこらし、ジェイデンもおなじ方向に視線を向ける。
「……鳩かな?」
鳩だ。
一羽の、白い小柄な鳩が、ばさばさとせわしなく羽を上下させながらルルーに近づいた。
〔たいへんです、一大事です!〕少年じみた声は、やはり鳩からのものだった。
「マルク」
ルルーはジェイデンから目を離さないままで答えた。「いま手が離せない。いったいどうした?」
〔お姉さんがたいへんなんです! すぐに戻ってきてください、ルラシュク閣下!〕
「姉さんが……なに? 白いブラウスにソースでも食べこぼした? お菓子の食べ過ぎで吹き出物ができたとか?」
ルルーは集中したまま彼らしい皮肉で返したが、少年の声はあわてていた。
〔そんなんじゃないですよ! お姉さんが、例の鏡の前で倒れて、目覚めなくなってしまったんです〕
ルルーはぴくりと動きをとめた。ぎこちなく目線を動かす。
「……なんだって?!」
「スーリ」
驚き、彼女を案じる声が重なった。ルルーとジェイデンは、期せずして顔を見合わせた。
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