Ch.5 眠れる森とコミュ強王子

5-1.人たらしは、リグヴァルト様のお血ですな

「なんてことだ。すぐに戻らないと」


 ルルーは表情を引きしめ、杖を動かして魔法を発動させた。ジェイデンもスーリの家で一度見たことがある、転移の術だ。


 転移させた物体は彼の手もとではなく、騎士ディディエの黒い首もとに出現した。

「ムッ……!! なんだこれは?!」

 ディディエがろうばいしてなにかをつかむ。首もとにあらわれたのは、複雑に彫金された首輪のようなものだ。あれも、一度見たことがある。つい先日、パトリオがつけられていたものと似ている。


「〈塔〉の理事にだけ権限がある、魔女の能力を封印する術具ですよ」とルルーは説明した。

「魔法は封印しておきました。万が一でも僕の邪魔をされたくないからね。……そこの殿下を連れて王都まで帰ってくれるなら、解除方法を手紙に同封して送ります」


「待ってくれ、ルラシュク」

 きびすを返しかけていた魔導士に、ジェイデンが声をあげた。「おれもスーリのもとへ連れて行ってくれ」

「え? 無理ですけど……」

 青年は虫を見るような目つきになった。


「スーリの危機なら、助けの手は多いほうがいいだろう? きみに対処できないことがあるかもしれない」

「あなたにできて僕にできないことなんかひとつもないですよ。それとも、足の速さとコミュ力が姉の危機を救うとでも? 馬鹿らしい」


「その判断は状況を見てからでも遅くないはずだ」

「……。……イヤです」

 ルルーはなんともいえない表情を浮かべたのち、子どものようにぷいっとそっぽを向き、それ以上対話を続けることなく虚空にかき消えた。

〔待ってください、閣下ぁ〕白い鳩がそれに続く。



「……行っちまった」オスカーがぼうぜんとつぶやいた。


「なんたる傍若無人ぼうじゃくぶじんな」

 ディディエは自分の首もとを見やって、苦々しい顔つきになっている。「わが魔法を、人質に取っていきおったか」


「同行できなくて残念だ。……でも、スーリの居場所はこれでわかった」

 ジェイデンはあごに手をあてて考える様子になった。ルラシュクに冷たくあしらわれてしょげるようなメンタルは持ち合わせていないので、計画をあっさり変更する。


「『このあと姉さんと遺跡の夕焼けを見に行く予定』と、ルラシュクは言った。夕焼けで有名な遺跡なら、旧ドーミアの水道橋だろう。今から移動するつもりだったなら、拠点きょてんはロサヴェレでまちがいない」


「魔女のもとへは行かせませんぞ」

 ディディエはぶぜんとした顔で宣告した。「オスカーさまともども、王都に帰っていただく」


「魔法を取り戻すためにか?」

「私の魔法など犬に食わせてやってもよいが、あなたを王城へお連れするほうが先決です」

「まあ、おまえらしいよ」ジェイデンは苦笑した。ルルーはディディエよりもはるかに強い魔力を持っているかもしれないが、だからといって彼の性格まで読みきっていたわけではなかった。魔法を人質にとっても、彼を思うとおりに動かすことなどできない。ディディエにとって、魔法は祝福というよりも呪いに近いものだからだ。


「でも、魔法抜きでは無理だよ、ディディエ。ルラシュクみたいに脚の一本も折る気がなければ、おれを連れては帰れない」

 ジェイデンはそう告げてから、母の気性を思い「まあ、その許可は出ているかもしれないけど」とつけくわえた。


 ディディエは苦い顔になった。全力で抵抗されれば、捕縛は無傷ではいかないだろうことがわかっているのだ。

「むろん、たいせつなあなたのお身体を傷つけたりはしませぬ。……私は王妃殿下の言いつけで動いているわけではない」

「父の頼みだからだよな」

 ジェイデンはすこしばかり笑ってみせた。その笑みが、父親そっくりなことを自覚しながら。


「ディディエ、スーリは薬草医で、魔女じゃないんだよ。魔女だった過去に苦しみながらも、自分の力で運命を切り開こうとしている女性だ。おまえは、彼女をわかってあげられると思う」

 ジェイデンは心からそう言った。そして自分もディディエのような立場であったら、スーリにもっと頼ってもらえたかもしれないのにとも思う。ルラシュクは終始、ディディエだけを戦力として見ていた。自分に魔法があれば……交渉のゆくえは、またちがっていたかもしれない。

 だが、ジェイデンは魔女ではないし、そうありたいと望むつもりもない。あるものでやっていくしかないのだ。

 

「おれは彼女といっしょにいたいんだ。これからもずっと」

 そう言うと、ディディエの額の皺が深まった。

「それは、あなたのお父上を説得すべきことでしょう。私のような家臣ではなく」

「うん。だけどおまえは父の親友だ。だから、おまえを説得できなければ、父を動かすのも無理だろう」

「……」



のもとへ行きましょう」

 ずいぶん長いあいだ考えこんでから、騎士はしぶしぶと応答した。

「ほんとうに魔女であることを辞めたのなら、リグヴァルト様につたえるために、確認しておく必要がある」

 ディディエが彼女を「魔女」と呼ばないようにしていることが、ジェイデンにはわかった。それは、この騎士からしてみれば最大限の譲歩だろう。

「ディディエ」

「あなたの結婚相手として見に行くのではありませんぞ、殿下。彼女はサロワ王の最大の兵器だった。その所在は、たしかに重要事項だと判断すればこそです」


「うん。……おまえが来てくれて心強いよ、ディディエ」

「さきほどは、私と<トニトルスの魔導士>とを相討あいうちさせようとしておられましたが」

 騎士は横目でぎろりと王子を見やる。


「そうはならなかったと思うよ」

 ジェイデンはいたずらっぽい笑みを見せた。「ルラシュクはおまえと似ているから。やっていることがそっくりだ。強大な力を持つのに、他人のことばかり大事にしている」


 ディディエは「やれやれ」というように首をふった。「そのような甘言で人を動かすようなかたにお育てしたおぼえはありませんが。……人たらしは、リグヴァルト様のお血ですな」


 そのあきらめたような表情で、自分の要求がとおったことがジェイデンにはわかった。昔からのやりとりなのだ。

「ディディエ。じゃあ……」

 行こうか、と言いかけたジェイデンの目の前で、信じられないことが起こった。


「まったく。首輪は大嫌いだ」

 ディディエはそう言うと、黒い両手に「ムンッ」と力をこめた。腕の筋肉が小山のように盛りあがり、首輪をつかむと思いっきり左右に引っぱる。


――バチイィィィン!!!


 あろうことか、魔法の首輪は木皿のようにはじけとんだ。


「ああああ」魔女パトリオが、中年らしくこけた頬を手でおおって嘆いた。「封印の術具。魔導士の十年分の寿命を削って作られた術具がぁ」


 ぱらぱらと落ちていく術具のかけら。

 残りの男たち……つまり、ジェイデン、オスカー、ダンスタンも、それを見て一気に静かになった。


「ディディエは魔法などなくてもなんでもできるのですよ、ジェイデン殿下」

 騎士はいつもどおりの、獣じみた獰猛どうもうな笑みを浮かべた。「……では、まいりましょうか。ロサヴェレへ」


「「「ハイッ」」」

「ゴッ」


 四人の男はぴしっと整列し、をディディエに返した。

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