4-3.作戦1&2、華麗に失敗する

隘路あいろを選ばれたのは賢明ですが、そのあとの作戦はあるのですかな?」

 ディディエは問答もんどう書と格闘する子どもを見るような顔で笑った。


 ぴんと張った縄を斬るのなら剣でも可能だが、方向や速度を自在に変えられる縄が相手では通用しない。ジェイデンが剣で向かってきたら、遅かれ早かれ捕縛ほばくされていただろう。そして、これほど近づけば、安全のため炎を使うこともむずかしい。だから路地に入りこんだのはいい。だが……。


「私からの逃げ場もなくなってしまうのですよ」


 そう。細い路地は、足の速さというジェイデンの武器を殺すことにもなる場所だ。四方八方から飛んでくる縄を避けるだけの空間もない。


「せまい場所だから選んだんじゃない」

 ジェイデンはにやりと笑った。「選んだんだ」


「うおおおぉぉっ」空中から、とつぜんの雄たけび。

 

「なんとっ?!」

 ディディエは頭上をあおいだ。青空がさっとかげり、彼の頭部をくろぐろと染めた。


 路地の塀を足場にして高く跳躍ちょうやくしたダイアウルフ(と、その背のオスカー)が、頭上から彼めがけて降ってきたのだ。


 ディディエよりもさらに巨体をほこる犬は、その柱のような脚で鎧の男をおさえこんだ。ズウゥゥン、と低い地響きの音。さすがの巨漢も、ダイアウルフの下で静かになったか。


「よしっ……!」オスカーがガッツポーズをした。「うまくいった……な……」

 が、勝利宣言は途中で尻すぼみになる。


「……フンヌァァァッッ!!!」


 地響きのようなかけ声とともにダイアウルフが持ちあがった。ディディエが上半身にぐぐっと力をこめると、犬は背後に投げとばされた。


「わーっっ」空中に投げだされたオスカー、恐怖の叫び。


「ほかの生物にも移動魔法がかけられるのか」ジェイデンは畏敬いけいをこめてつぶやいた。

 おそらくあの巨大犬の全体重を移動させられたわけではないのだろうが、魔法の補助にくわえてディディエ本人の怪力で投げとばしたのだろう。


 ダイアウルフは背中から着地し、おどろいたように四つ脚をひらめかせていたが、すぐに起き上がってオスカーに駆け寄った。本人は受け身をとってごろごろと転げてから止まった。犬は尻尾を振りながら彼の顔を舐めまわしている。


「なんて怪力だ! おさえこみは失敗したか」

 オスカーは失望に顔をゆがめたものの、すぐに気持ちを切り替えた。「デカ犬! 連携プレー自体は成功だ! もう一回さっきのやるぞ!」

「ウォンッ、ウォンッ」

 巨大犬はうれしげに尻尾をふり、後ろ足で地面をかいた。

 が……、投げとばされたことでおかしなスイッチが入ってしまった。どうやら、「遊んでもらえる」とかんちがいしてしまったらしい。興奮してぴょんぴょんと跳ねまわり、待ちきれないように周囲をぐるぐるとまわりはじめた。


「あっ、待て、そっちじゃない! こっちに来い、犬!」

 オスカーの必死の声かけ届かず。「わーっ、その巨体で飛びつくな! 顔がびしょびしょ」


 でかい犬が嫌いな男がいないように、遊んでくれるでかい男が嫌いな犬はいない。馬よりも巨大なダイアウルフは、食卓ほどもある舌でオスカーを舐め、どすどす、ハッハッと期待に満ちた音を立てていた。


「……たしかに、猟犬向きの顔じゃなかったものな」

 ジェイデンは失望と納得のいりまじった表情を浮かべた。


「なんと巨大な犬……使役か」

 ディディエはダイアウルフに目をはしらせ、オスカーに危険がないことを確認してからジェイデンに向きなおった。

「作戦1は失敗のようですな、殿下」

 鎧騎士はそう言った。


「作戦は3まであるよ」

 と、ジェイデンはうそぶく。もっとも、作戦2(ダイアウルフと自分、オスカーとでディディエを挟み撃ちにする)は期待薄だなと思いはじめていた。そうすると、もっとも成功の確率が低い作戦3をためすしかなくなるが――


 ジェイデンが落ちついた顔の裏で思いをめぐらせていたそのとき、「待たれよ」と声がかかった。


 騎士ディディエは首をめぐらしたが、すぐには声の主を見つけることができなかった――あまりにも低い位置から、声は発せられていた。ダンスタンだ。白い首をすっと伸ばし、凛々しく立っている。


「しゃべるガチョウとは、奇怪きっかいな」

 ディディエはつぶやいた。「退くがよい。私は料理女ではない。家禽かきんに向ける刃はもっておらぬ」


「ダンスタン……」

 ジェイデンは平静をよそおいながらも、ひそかに友人の身を案じていた。ダンスタンは誇り高く勇敢な男だが、ディディエを挑発するようなことをして危険な目に遭わないといいのだが。


「アムセンの騎士、サー・ディディエ。我輩わがはいはサロワ王国エトリの騎士、サー・ダンスタン・フロリバン・ド・ロサである」ダンスタンは名乗りを上げた。


「わが目にはガチョウに見えるが」と、ディディエ。


「おのが荘園もつかえる主君もすでになく、身体は家禽かきんとなりもうしたが、騎士であることは剥奪はくだつされておらぬ」


「騎士の魂がガチョウのなかに」

 ディディエは一考してから尋ねた。「サロワ王の魔術か?」

いな

「では、あの白魔女のしわざなのか?」

「そうだ」


「まがまがしい」

 ディディエは顔をゆがめた。「やはり、そのような異形の女を、王子に近づけるわけにはいかぬな」



「だとすれば、まず我輩を倒してから行くことだ」騎士ダンスタンはそう言った。

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