4-2.ディディエVSジェイデン一行

 ふたたび、ジェイデンたち一行へ筆を戻す。


 イモムシ状にぐるぐる巻きにされていたオスカーは焦っていた。

「早く追いつかないと、ジェイデンがやばいぞ」

 自分が行って駆けつけねば、親友の身が危ない。ケガをさせられることはないだろうが、今の自分のように簀巻すまきにされてそのまま王都に連行されてしまう。

 その先に待つのはまぬ結婚だ。

 正直に言えば、親友の結婚相手としてのスーリを、オスカーはあまり好ましく思っていなかった。領主貴族の妻には、美貌や学問の才よりも、やはりそれなりの身分が必要だと考えている。隣国の姫なら文句のつけようがないのに、なぜ断ってしまったのか。

 だがそれはオスカーの考えで、ジェイデン本人が彼女を望むなら、それは彼がとやかく口をはさむことではない。最大限になんでも協力してやるのが、男同士の友情というものだ。


 早く行って駆けつけてやらねば。でもどうやって……。

 考えをめぐらしているところに、「キャンキャンッ」と虚空から声が降ってきた。顔をあげてそちらを見ると、くるりと身をひるがえしながら犬が現れるところだった。パトリオの使役しえきたちだ。

「おおっ、助かるぞ」


 身体を拘束こうそくしている縄を犬が噛みきってくれて、ようやくオスカーは自由の身になった。

 とはいえ、もたもたしているあいだにディディエの背中ははるかに遠ざかっている。ジェイデンたちはさらにその先だ。どうしたものか。


 そのときのこと。

「ウォフッ……」

 重量感のある鳴き声がして、オスカーの首すじに冷たいものが触れた。「わっ」と驚きの声をあげてふり返ると、馬ほどもあろうかという白い巨大犬の姿が。首にふれたのは犬の濡れた鼻だった。ふんふんという鼻息がそれにつづく。

 オスカーは知らないことであったが、犬の名前はダイアウルフ。パトリオの使役する、もっともおおきな犬であった。


「わー! でかい犬」

 この世にでかい犬の嫌いな男などいようか? いるかもしれないが、オスカーのまわりにはいない。彼もジェイデンも犬は大好きだ。巨大な頭部を手ではさみ、わしわしと撫でてやると、犬は身をかがめてなにかをうながした。


「ん? 乗れっていうことか?」

 オスカーは目を輝かせた。でかい犬に乗ってみたいと思わない男などいようか? いるかもしれないが、オスカーのまわりにはいない。それに、もちろん、緊急時だし。彼は喜んで犬に身をまたがらせた。


 ♢♦♢


「作戦はこうだ。聞いてくれ、パトリオ、ダンスタン」

 ジェイデンはなおも走りながら、後続のふたりにむかって説明した。逃げ続けてすでに公園を出て、馬と荷物のある宿のほうをめざしている。

「このまま逃げきることはできない。ディディエと対決し、足止めするしかない」


「あの巨体を足止めですか?!」パトリオが息をあらげながら反論した。「しかも、魔法まで使うのに?!! 無理だ」


「中距離で逃げるほうが無謀だよ。あっちには火の玉があり、こっちにはふせぐすべがない」


 もちろん、ディディエが本気を出せば、距離など関係なく一行はすでにちりになっている。火の玉は攻撃ではなく、こちらに反撃させないためのたんなるおどしだ。

 ディディエはリグヴァルト王の忠実な家臣で、またジェイデンの家庭教師でもある。ゆえに、ジェイデンを傷つけるような攻撃はできないのである。(パトリオの安全についてはそのかぎりではないが)


 そして、こちらにはパトリオの魔法がある。犬たちをけしかけるだけでは足止めにはいたらないとはいえ、剣だけを武器に相対あいたいするよりはマシなはずだ。


「もうすこし宿まで近づいて、オスカーがこっちに追いついたら、おれと彼で足止めする。そのすきに、パトリオは馬と荷物を取ってきてくれ。その前に、おまえの犬にも作戦を伝えて」

「はぁはぁ、……そんな、うまくいきますかね」

 パトリオはまったく気乗りがしない様子ではあったが、逃げ続ける体力も残っていないとみえ、ジェイデンの言うとおりにした。二手にわかれ、魔女は町中のほうへ走っていく。


我輩わがはいはいかにしよう?」

 ガチョウの脚でみごとな疾走ぶりをみせていたダンスタンが、そう尋ねた。ジェイデンはちらりと彼に目をやってから答える。

「ダンスタンは離れたところから助言をたのむ」

「あいわかった」

 彼になにかあればスーリが悲しむ。安全な場所にいてほしいというのがジェイデンの意図だった。

 それに、ガチョウの姿とはいえ、ダンスタンは聡明な男である。魔法のことも多少は知っている。戦闘になればジェイデンもオスカーも余裕がなくなるだろうが、ダンスタンがなにかヒントを見つけてくれるかも、というくらいの淡い期待もあった。


「捕まりさえしなければ、なんとか互角ごかくに持ちこめるかもしれない。オスカーとはさみ撃ちにして……」

 ただ、その「捕まらないようにする」のが難しいことはジェイデンにもわかっていた。そもそも、戦闘の経験でも剣術や体術でも圧倒的な差がある。おまけに、さきほどのオスカーをとらえたときの動きはまさに電光石火で、魔法のようだった。あんな技を出されては、こちらが動きをとめたとたんに捕まってしまうだろう。


 ウォンッ、と彼の意識を引っぱる声がして、ジェイデンは自分の足もと近くまで寄ってきた猟犬を見た。


〔言い忘れてました〕犬がパトリオの声で言った。使役しえきなので、こういうことができる。


〔彼の目的魔法は高速移動の一種です〕

 声は続ける。〔補助魔法で炎を作って、移動魔法で飛ばしているのでしょう。魔法の本質は、「炎」ではなく「移動」です〕


「……」

 なるほど。それが彼の能力なら、いろいろなことに説明がつく。重い鎧を着こんで軽快に動くこともできるし、イドニ城で投げた斧が自動的に戻っていったのもそうだ。それから、おどろくほどすばやく動く縄も。

 だが、それがわかったからといって、対処はすぐには思いつかなかった。炎だけよりも、なおたちが悪い。



 ♢♦♢



 鎧の音を規則的に響かせ、騎士ディディエは主君の息子を追っていた。できれば公園を出る前に捕縛ほばくしたかったのだが、思ったよりも時間がかかってしまっている。思うとおりにことが運ばないことでいらだつような短慮たんりょはディディエにはない。むしろ、彼の手をわずらわせる教え子がほほえましいくらいである。機敏きびんに動く黒い目に、路地に駆けこむ姿が飛びこんできた。


「剣を抜かず、縄が使いづらい隘路あいろを選ばれましたか。……ウム、賢明な判断です」

 ディディエは教師の顔になって笑みをみせた。「さて、どうお捕まえ申しあげたものか」

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