3-4.あじわいプレミアム♡

「散歩?」

 オスカーが眉をひそめる。「犬なんて、そのへんに放っておきゃいいだろ。行程中にてきとうに走らせるとか……。こっちは、行動計画があるんだぞ」


「そういうわけにもいかないんですよ! これだからペットを飼ったことのない人は」

 パトリオは大げさに首をふった。

「いたずらに人間に従属じゅうぞくさせ、われわれの生活規範せいかつきはんを押しつける。そういう飼い主がいかに多いことか。われわれ飼い主に必要なのは知識と想像力なんです! 

 犬たちの野生の本能を満たし、コミュニケーションに時間をき、健康状態に気をくばる。もちろん、いかに忙しくとも散歩をかかすなどもってのほか。犬を飼うっていうのは、そういうことなんですよ!!!」

 選挙演説の政治家か前線の指揮官かというほど熱弁をふるう中年男に、男三人はなまぬるい視線を向けた。



「うーん、ディディエに追いつかれないうちに早く出立したいんだけどな。しかたないか」

 ジェイデンは思案げになったが、犬たちの力は追跡に必要だと思い、結局は許可してやった。「たしか市庁舎の裏手に公園があったから、四半刻くらい走らせてくるといい」


 そういうわけで、四人は市庁舎のほうへ向かった。


 公園は緑にあふれ、気持ちの良い空気が感じられた。

 裕福な商家の妻たちが、毛並みのいい犬たちを連れて集まっていた。柵のなかでは、自由に犬を走らせてやることができるらしい。今風にいえばドッグランというやつである。


 犬たちはたがいにじゃれあったり、ボールやフリスビーを投げてもらったり、あるいは単に駆けまわったり、思い思いに春の一日を楽しんでいた。


 パトリオは慣れない愛想笑いを浮かべ、おずおずとセレブ妻たちの集まるエリアに入っていく。あいさつし、犬たちを紹介し、古参者たちの許可を得てから犬を放すのがルールであるらしい。


 その一連の流れを男ふたりは遠目に眺めた。ダンスタンは犬が苦手なため、柵の外で待つ。


「おー、走ってるな」

 目のうえにひさしを作って、オスカーがつぶやいた。「芝生しばふが気持ちよさそう」


「そうだな」

 ジェイデンも駆けまわる犬を目で追った。「そういえば……今朝は鍛錬たんれんの時間が取れなかったな」

「剣の稽古けいこもな」

 思いだしたように顔を見合わせるふたり。


 柵の外から彼らを眺めるダンスタンは、男ふたりの会話になんとなく、イヤな予感がした。


 貴公子たちは目を輝かせ、息の合った間合いでうなずきあった。

「いくら移動中でも、運動不足はよくないよな」

「ああ。身体がなまる。……おれたちもちょっと走るか」

「おう。じゃ、あの奥の木まで競争するか? いま、ブチのデカい犬がいるあたり」

「了解」


 ダンスタンの予感当たる。


 ジェイデンとオスカーは適当な号令をかけて走りだした。犬を追いかけ、芝生の上を勢いよく駆けていく。ふたりともふだんから鍛えているだけあって、驚くほど速い。あの速さなら、たしかに、チーズ転がし祭で優勝してもおかしくはない。というか、猟犬のかわりに四つ脚で走っていないのが不思議なくらいだ。


 男たちのあとを、犬たちが喜んで追いかけ、追いこしていく。負けじとスピードをあげる男たち。


 セレブ妻たちは、犬とともに駆けまわる成人男性ふたりを驚きとともに見まもった。


「おろかな……」

 ダンスタンはそうつぶやかずにはいられなかった。健康な若い男というのは図体のでかい犬の一種なのかもしれない。芝生に興奮し、仲間とあつまることによろこび、あとさき考えず無限の体力で駆けまわる……。ここにスーリがいれば、彼の意見におおいに賛同してくれたにちがいない。


 ジェイデンとオスカーは勢いを落とさぬまま、ゴールにと決めた大木をめがけて疾走していた。


「ハッハァ! どうやら俺の勝ちみたいだ……な……」


 大樹の幹をタッチしようとしたオスカーが、一瞬、口ごもった。伸ばした手が宙をさまよったかと思うと、なにかにぎゅっとつかまれる。ギチリと鳴る金属製の籠手こて。ぬっと現れる巨大な影。


「ギャアアアア! 出たアァァァ!!」オスカーは悲鳴をあげた。


「ド・ノストラの若ぎみ」

 よく響く重い声がオスカーを呼んだ。「ご学友として殿下をいさめるべき立場のかたが、このような幼稚ようちなふるまいをともになされようとは。ディディエは悲しゅうございます」


「に、逃げろー! ディディエだ!」さっとふり返って危機を告げるオスカー。


 言われるまでもなく、ジェイデンは急旋回してさっさと逃げていた。どちらかがつかまった場合は即座に逃亡し、チャンスをうかがい救出をねらう――そうたがいに取り決めていたものの、心がいたむ。


 自慢の脚力で公園出口のほうへと走っていく。さっと目を走らせると、パトリオの犬たちがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。――もしかしたら、うまいこと足止めしてくれるかも。


 犬たちは彼の横を通りすぎ、鎧の巨漢に向かっていっせいに飛びかかった!


 犬たちにまとわりつかれて鎧が見えなくなり、男との距離がひらく。ジェイデンはようやくふり向いて、友人にびた。

「すまない、オスカー。……いま、やつにつかまるわけにはいかないんだ。あとでかならず助けるから」


 が……。

 

「甘い、甘すぎる」

 嵐のうなりのような声が、すぐ近くで聞こえた。「その判断――『あじわいプレミアム♡春らんまんパンナコッタ 三種のベリーソースつき』よりも、甘い」


 ぱらぱらと振り落とされる犬たち。目の前には俊足の全身鎧。


「ディディエ……おまえもいたのか、さっきのスイーツショップに」

 ジェイデンは感嘆と戦慄せんりつのまじったまなざしを男に向けた。


 今日は全身鎧のうち、兜を脱いでいたので、男の顔が見えた。黒い肌にぶあつい唇、なかば白の混じった頭髪を五分刈りにした獰猛どうもうな印象の顔だちである。


「都会の菓子は美味うもうございますな」

 全身鎧の騎士、ディディエは、にやりと笑った。


「ジェイデン殿下。いざ、お覚悟」

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