3-3.男四人の旅と春限定スイーツと

 さて、そのころのジェイデンたちの様子に筆をうつすとしよう。時間はスーリ誘拐の夜までいったん巻き戻る。


 ジェイデンとオスカー、案内役として連れてこられた魔女パトリオ、ガチョウの姿をした騎士ダンスタンの四人は、イドニ城をでてからダルクール地方を北東に向かって進んでいた。


 昨晩はちょうど街道に行きあたり、ひと晩の宿を無事確保することができた。すごろくで言えばロサヴェレのふたつ手前といった地理の町だ。さいわい、追っ手のディディエはまだ彼らの行き先をつかんでいないようで、追いつかれることはなかった。時刻はすでに就寝時で、あちらが情報を得ようにも明日の朝を待たねばならないだろう。

 食堂で食事を出せる時刻は過ぎていたので、男たちはディディエの馬の鞍袋に入っていた二度焼きパンとチーズ、酸っぱいワインで簡素な夕食を取った。パトリオは腰が痛いと泣き言をいい、食事もほどほどにすぐに眠ってしまった。

 

 そして、翌朝。さんさんと光ふりそそぐ気持ちのいい陽気だ。宿の前に男たちが集まって、本日の行動計画を確認した。


「さて。今日は午前中、この町で情報収集をしよう」

 ジェイデンは指揮官らしくはきはきと計画を述べた。

「有力な手がかりがあればそちらへ。なければロサヴェレに向かう。期限は午前中いっぱいとする」


「すぐに移動しなくて大丈夫なのか?」と、オスカーが尋ねる。

 

「スーリ殿は朝が遅い。弟殿も、無理にこの時間から行動させようとはしないのではないか」

 と、ふたりをよく知るダンスタンが推測した。ジェイデンもうなずく。「そうだな。昨日もきっと眠れなかったにちがいない」


「弟にとはいえ、急に連れ去られたらびっくりするよな」と、オスカー。

「うん。それにいつもの寝巻もないし、寝る前には特製ホットミルクが要るし、足をマッサージしてから枕をはたいてやらないと眠れないんだよ」

「おまえたち毎晩そんなことしてんの?」オスカーは心の距離が一気にひらいたという顔つきになった。


「あの鎧は大丈夫なんですか?」

 パトリオはよほどディディエが怖かったらしく、朝からきょろきょろと周囲をうかがっている。


「いや。大丈夫じゃない」

 ジェイデンはあっさりと首を振った。「捕まったら最後、おれとオスカーは王都に連れ戻され、おまえはたぶん撲殺される」


「ヒイィィ。なぜなんですか。私がなにをしたっていうんですか」パトリオはふるえあがった。


「とくになにもしてないけど、ディディエは魔女が嫌いなんだ」

「そうそう。だから無事ロサヴェレにたどりつけるよう、おまえも協力してくれよな」

 貴公子たちはそれぞれに勝手なことを言った。


「パトリオは、可能なら使役を使ってふきんの町を探ってくれ」

「アアー……」

 魔女パトリオはなおも恐怖に引きつっていたが、結局、抵抗をあきらめた顔で返答した。「ハイハイ」


「ブリンドル。アプリコット」

 魔法を発動させるのに、呪文ではなく名前を呼ぶのが、使役系の魔女の特徴である。パトリオの呼びかけにこたえて、二頭の犬が出現した。名前どおりの虎毛ブリンドルあんず色アプリコットの被毛をした細身の猟犬で、主人の呼びだしをよろこび尻尾をふっている。


「よく見ると、犬、かわいいな」

 オスカーが言った。


「フフン。愛情かけて育ててますからね」

 パトリオはしゃがみこんで、自慢げに犬をなでた。ほかにも2、3頭の犬をんで命令をつたえ、周囲に向かって放った。犬たちはおどるように駆けていくが、数歩さきでふっと姿を消す。魔法の領域に入ったのだろう。


 それから男たちは、手分けして情報収集にはげんだ。ジェイデンとパトリオ、オスカーとダンスタンが、それぞれ町の東と西で聞きこみをおこなう。相手は町であきなう魔女や魔術師たちだ。


 おなじ力をもつ者にとって、魔女や魔導士は光る石のようなものだという。背後にある悪魔の気配が、たがいの存在をしらしめるのだ。大魔導士ともなれば、かなり大きな気配を持っているにちがいない。


 ふた組の男たちはパトリオの犬を使って連絡を取りあい、調査から一刻(二時間)ほどで調査を切りあげることにした。宿から荷物を引きあげ、カフェにて情報交換とする。


「この町に、昨日入ったよそ者の魔導士はいないみたいだな」

 ジェイデンはそう言うと、しゃれたマグに入った茶を飲んだ。「あちらが動きだす前に、ロサヴェレに移動しよう」

「だな。ちょっと水分補給させてくれ」

「ああ」

 三人と一羽はテーブルに着いた。美男子がふたりに中年男、ガチョウという謎の組み合わせは周囲の目をぞんぶんに引いていた。

「最近はおしゃれな店が増えましたねぇ」

 パトリオは熱心にメニューを注視している。「この『春を感じるイチゴのスフレパンケーキ♪ ふわふわクリーム添え』っていうの、頼んでいいですか?」


「どうぞ」ジェイデンの許可。「おれもそれにしよう。……ダンスタン用にオレンジでもわけてもらえるか、聞いてみるか」

「俺はこの『アーモンドクリームたっぷり♡春のフランボワーズタルト』にするか」

「グワッ」


 そして男たちの前に、注文のスイーツがならんだ。チェリーピンクにイチゴの赤、クリームの白と目にもかわいらしい品々だ。


「おー、うまい。春だな」

 さっそく食べはじめ、ばくぜんとした感想をのべたのはオスカーである。

 網目状にパイ生地がかかったタルトを、パトリオがものほしそうに見やった。

「タルトも悩んだんですよねぇ。でも、イチゴって書いてあるとつい選んでしまう」

「わかる。なんかそういう策略だよな、店の」

「でもパンケーキふわふわでおいしいですね。都会のやつは、こう、ふわっとしてますよね」

「クリームも重すぎなくていける」

「ゴッゴッ」(←ダンスタンがオレンジをつつく音)


 わいわい、もぐもぐ。

 男たちはキャッキャッと楽しみながらスイーツを味わった。



「よし。じゃあ予定どおりロサヴェレに向かおう」

 男たちのスイーツタイムは早い。がつがつと、しかし貴公子らしく行儀よくたいらげてぐいっと茶を飲みほし、ものの五分ほどで飲茶休憩は終了した。勢いよく立ち上がるジェイデンたち。


「ちょっと待ってください」

 立ち上がってもタルトをまだほおばりながら、パトリオが口をはさんだ。「犬たちを散歩させないと」


「は?」

 オスカーが聞きとがめた。「今なんつった? 散歩?」

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