3-2.歓待と、不思議な鏡の話

 大魔導士ルラシュクは、商人の家で歓待を受けているところだった。


 家のあるじは町でも指おりの豪商で、毛織物の交易で財を成した。あるじ夫妻の名前はユスフとマイア。ドーミア帝国との行きかいで町をたずねる魔導士たちを家に招くのを、一種のステイタスと考えているようだ。


 ルラシュクは夫妻の会話を笑顔で聞きながら、優雅な手ぶりでさじを口にはこんだ。会話にはチリほどの興味もないが、タダメシはつねに大好きだ。心から笑顔になれる。


(これが、姉さんの苦手な味つけか。フーン。おいしいのにな)


 高価な香辛料スパイスで香りたかく焼かれた羊の串肉は、青年の舌には合った。姉とちがってグルメなのである。もっとも、値段が高いものほど美味に感じる傾向にはあったが。


 家に招かれた礼にと、ルラシュクは夫妻が喜びそうな話題を選んでいくつか披露した。ドーミアの春の大祭では大規模な魔法演習があり、一般にも公開されていること。祭で選ばれる巫女たちははなやかな美しさで、市民たちは人気投票の順位で賭けをするのだとか。沿道できょうされる特産の美食など。


 また、魔法に興味のある夫妻の知人らのために、時間をとってちょっとした余興よきょうをすることも快諾かいだくした。


 なにしろ、愛想さえよくしていれば贅沢な宿泊が無料タダになるのだから、簡単なものだ。


(姉さんもこれくらいの処世術を理解してくれれば……いや、かえって危なっかしいか)


 笑顔の下で、そんなことを考えている。


「魔法とはほんとうにすばらしいものですな」

 食後のデザートが運ばれてくるころには、夫妻はすっかりルルーの話術に酔いしれていた。ユスフは少年のように目を輝かせて、うらやましそうに言う。「国への忠義心は揺るぎませんが、アムセンが魔法を禁じていることだけはおしい」


「だけど、万一にでもサロワと戦争になったらと思いますと、怖いですわね」

 白鳥を模したゼリーにさじをいれながら、夫人が顔をくもらせた。「あなたのような大魔導士がついているのですもの」

 続けて尋ねる。

「火の矢を雨のように降らせることができるとか、腕のひとふりで兵士たちを死体に変えることができるとか?」


「ご心配にはおよびませんよ」

 ルラシュクは人畜無害な笑顔をえらんで顔に貼りつけた。

「大がかりな魔法を使うには、サロワ王ではなく塔の承認をえて封印を解呪しなければいけませんから。私の存在は、武器というより、抑止力なんですよ」

 ローブの袖をまくって、封印用のブレスレットを見せてやる。いつもの説明、いつものデモンストレーション。


「そうだぞ、マイア。閣下の力は平和維持のために使われておるのだ」

 主人が訳知り顔でうなずいてみせた。


(ま、そういう名目はいつでも必要だからね)

 じっさいの彼にどれほどの能力があるのか、サロワ王との権力バランスはどのように保たれているのか――それについての説明は、のちの頁にゆずることにしよう。


 ♢♦♢


 食事が済むと、主人は屋敷内の豪華な調度品を自慢がてら紹介してくれた。満腹の身にはいささかめんどうではあったが、興味がないというわけでもない。センスのいいカップボードがあれば安価で譲ってもらえないかな、くらいの気持ちで、ルラシュクは諾々だくだくとあとをついていった。


 階段の踊り場にさしかかったところで、主人がふと足をとめた。「……そういえば」


 青年のほうをふり返って言う。「この鏡には、妙ないわくがありましてな」


「そうでしたわ。魔法の鏡」

 妻もすぐに賛同した。「閣下に見ていただこうって、先日、夫とも相談したところでしたの。思いだしてよかった」


「この鏡ですか?」


 ルラシュクは踊り場にある大きな鏡を見あげた。歪みのすくない、高価そうな鏡で、周囲を金細工で飾られている。


「いわくとは?」


「この鏡をのぞきこむと、過去や未来が見える、という者たちがいるんですの」

 マイアが説明した。おどろおどろしく、だが興味をひかれる、といった口調で。

「掃除婦のアニーは、昔に亡くなった父親が見えたと申しまして。調理場の若者は、かわいらしい娘が見えたというんです。それで、もしかして未来の花嫁なんじゃないかってはしゃいだりしてね」


「それは興味深い」

 ルラシュクはほとんど反射的に返答した。実際のところ、そういったいわくつきの品物の鑑定を頼まれるのは、はじめてではない。ただ……。


(調べてみると、だいたい根も葉もないうわさなんだよな)


 そういう事情もあり、冷めた目で見ている。が、夫妻の手前、にっこりとうなずいて口をひらいた。

「よろしければ、こちらにお邪魔しているあいだに調べてみましょう。なにかわかれば上々ですし、なにもなければ、それに越したことはないですからね」


 青年は愛想よくけあった。この、ちょっとしたサービス精神が、のちに大きな災厄として彼の姉にふりかかろうとは、想像もしていなかったのである。

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