1-5.ごあいさつもすんだことだし

「だいたいね、姉さんは自分のむだづかいに自覚がないんだよ」

 ジェイデンの傷心をよそに、大魔導士は姉にお説教をはじめていた。


「雑貨なんかをたまに買うのが悪いとは言わないよ? でもね、こういうこまごました出費が積もっていくんだから、ちゃんと考えないと」

 ルルーはテーブルに置かれた買い物品を列挙れっきょしながら、ねちねちと問いつめた。


「飴にクッキー? 姉さんまた寝台ベッドでお菓子食べてないよね? アリが這うベッドで目をさますなんて最悪だよ?」

「そ、そんなことはしてないわ(嘘)」

 スーリはいたずらがばれた猫のように首をすくめて、小声で反論した。


「なんなの、このブサイクな置き物? こんなのる? しかもふたつも?」

「あ、それは猫ちゃんで……」

「趣味の悪いマグカップ。しかもペアでピンクと緑」

「ジェイデンとおそろいにしたらかわいいかなって」

「最悪の発想だよ」


 弟はさらに食卓の上の大量の菓子類を見とがめた。

「それにお菓子! 食事を作るのがめんどうだからって、お菓子ばっかり食べるんだから! 糖尿になっても知らないからね!」


「いや、おれが買ってきたのもあるから……」ジェイデンが助け舟を出す。


「そうよ。ジェイデンが買ってきたのもあるのよ」スーリも乗っかってきた。


「そうやって甘やかすから、いつまでたっても姉が自立できないんですよ」

 ルルーは姉を無視し、ジェイデンをじろっとねめつけた。「二十歳はたちも過ぎようという適齢期の女性が、料理もできない、掃除もしない、小金をもたせればくだらないものに使いつくす」


「ひ、ひどい」


「そんなことでいいのか? って、僕は問いたいわけです」腕を広げ、演説する政治家のようにルルーは訴えた。


「彼女がアムセンに亡命してきて、まだ一年にもならないんだろう?」

 ジェイデンは食卓にあさく腰かけ、腕をくんで、婚約者になる(はずだったところを間一髪で邪魔された)女性をかばった。

「ひとり暮らしははじめてなんだから、生活のことはすこしずつでいいんじゃないかな。おれも手伝うつもりだし」


「王子であるあなたがですか? この先もずっとお手伝いを? 万が一結婚するとして、姉に家の差配さはいができるとお思いですか? それもあなたがやるんですか?」

「結婚は万が一の話ではないけど」

 ジェイデンが口をはさむ。大魔導士は、やれやれというように首をふってみせた。

「あなたをとがめているわけではないんですよ、ジェイデン殿下。僕はただ、将来の王子妃にふさわしい資質についてご忠言申しあげているだけで」


 青年はその後もくどくどと姉のだらしなさを訴えたが、そこは主人公ヒロインの名誉のために割愛かつあいしておこう。とにかく……いきなりあらわれて、その登場方法にはびっくりしたものの、話の内容はごくふつうの家族という感じだったのでジェイデンはほっとした。ただ、プロポーズの最中にあらわれたのはタイミングが悪いとしかいいようがないが……。目の前のお菓子を食べきってしまったら、スーリは求婚の内容を忘れてしまうかもしれない。


 中断されてしまったプロポーズの仕切りなおしについて考えているところで、ひとしきりお説教が終わったらしい。

 ルルーはすすめられた茶をくいっと飲みほしてひと息ついたようだった。


「さて。ごあいさつもすんだことだし」

「ああ」

 ジェイデンもうなずいた。「せっかくだから、夕飯でもいっしょに取ろう。もっと話を聞きたいよ」

 これから家族になるんだし、というふくみを持たせたが、愛する女性の弟はにっこりして首をふった。

「いえ、今日はごあいさつのつもりだったので。今月はいろいろ忙しくて。これで失礼します」

「そうなのか? ……」

「そうなの? ひさしぶりなのに……」

 むだづかいを糾弾きゅうだんされても、やはり弟との再会はうれしいらしかった。ジェイデン同様、スーリも残念そうな顔になった。


「近くまで送らせようか? ええと……どこから来たのかわからないけど」

 ジェイデンが尋ねた。

「この近くから、魔法で転移してきたんですよ」

「いつもそんな方法で他人の家を訪問するのか?」

「まさかぁ。ただ、姉を驚かせようかなーって思って。仕事でこっちに来る用事もあったものですから」


 スーリもまた、買い物の山をごそごそとあさった。

「帰るなら、おみやげに蜂蜜ハチミツを持って行かない? アカシアのみつで、おいしいのよ」


 蜂蜜のかわいらしいビンを手に、弟に声をかける。

「じゃあ、ルルー。……近いうちにまた来てね」


 大魔導士ルラシュクは、笑顔のままビンを受け取った……ように、ジェイデンからは見えた。

 ところが、実際には青年がつかんだのは蜂蜜のビンではなく、姉の腕だった。


「姉さんは僕といっしょに来るんだよ」

 大魔導士は冷たい声で命じた。「仕送りの使いみちについて、くわしく聞かせてもらうからね」

「えっ?」

「それと、結婚についても、まだ認めたわけじゃないから」

「えっ?」


 なにがなんだかわからずに、弟とジェイデンを交互に見るスーリ。ジェイデンは、言葉の不穏さに「待ってくれ、ルラシュク……」

 と言いかけた。


 だが、それは一瞬遅かった。

 オーブが青白く輝いたかと思うと、目も開けていられないほどまばゆくなり、ふたりの姿が煙のようにかき消えたのである。


「スーリ!!」

 床の上をころころと転がる蜂蜜のビンが、彼の足にぶつかって止まった。ジェイデンはふたりがいたはずの場所を手でたぐったが、そこには雲をつかむようなおぼろげな感触がのこるばかりだった。

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