Ch.2 コミュ強王子、連れ去られた恋人を奪還にむかう

2-1.連れ去られたスーリ



 ジェイデンが食堂に立ちつくしていると、温室がわの扉ががらっと開いた。


「ジェイデン殿! なにか大きな音がしたが……」


 ぺたぺたと足音をさせながら、ガチョウが入ってきた。「いったいなにが?」


「ダンスタン」

 ダンスタンはスーリの飼っているガチョウ。人語をしゃべるのは、読者もごぞんじのとおり。最近ではジェイデンやオスカーの前でもふつうにしゃべるようになっている。


 彼は整理がつかない頭を振った。「スーリが連れ去られたんだ。彼女の弟が急にあらわれて――おれにもいったい、なにがなんだか」


「おい、なんか家が青く光ったぞ? 大丈夫か」


 さらにそこへ、オスカーが入ってきた。ちょうど話が終わるころをみはからって呼んでいたのだ。当地の領主フィリップの息子で、ジェイデンとは旧知きゅうちの仲である。金髪に金茶の目、ジェイデンとは同年代の青年貴族だ。


 部屋のなかに男が三人(うち一人はガチョウの姿)、顔を見合わせる形となった。


 あと一歩早ければ、彼らの助けでスーリをとどめられたかもしれないのに……。ジェイデンは一瞬、そう思いかけたが、やはり難しかったかもしれないと考えなおした。スーリとともにかき消えた手際は、電光石火と言うほかない。さすがにサロワの宮廷魔導士というべきか。


「スーリが連れ去られた」

 ジェイデンはくり返した。「……んだと思う、たぶん」


「たぶん?」と、オスカー。


「ほんとに突然だったんだよ。さっきまでなごやかに話してたはずだったのに」

 ジェイデンは気持ちを落ち着けようと、食卓の上に山と積まれた食料のなかからワイン瓶を見つけてそのままふた口ほど飲んだ。


「とにかく、状況を整理してみよう」


 ♢♦♢


 ジェイデンはふたりに対し、さきほどまでのできごとを説明した。


 スーリと大事な話をしていたところに、とつぜん、ルラシュクがあらわれたこと。たがいに自己紹介し、それなりになごやかに会話していたが、とつぜん彼女をつれて消え去ったこと。スーリの希望でないことは、彼女の驚いた表情から明らかだった。


「あれは、魔法なのか?」

 ジェイデンはダンスタンにむかって尋ねた。彼自身は魔女ではないが、スーリといっしょに暮しているので、多少は魔法にあかるい。


「ルラシュク殿の魔法は、物体の高速移動や転送を可能にするものなのだ」

 ダンスタンは、そう説明した。「その魔法でここにあらわれ、またスーリ殿を連れ去ったのだろう」


 ジェイデンもうなずいた。「おれにもそう見えたよ」


「魔法ってのは、なんでもありの世界なんだな」

 オスカーは食卓に浅く腰かけ、なかば感心し、なかばあきれたような顔でつぶやいた。「そんなもんがあったら、馬はいらないじゃないか」


「そういうものでもないらしいのだがな」と、これはダンスタン。


 オスカーは遠慮なく食卓の上の菓子をほおばった。スーリにプロポーズを承諾させようと用意したとっておきの菓子なのに。だが、そんなことを嘆いている場合ではなさそうだ。


 そして……いま気づいたのだが、メンフクロウの姿がない。

「スーリがいない」

 きょろきょろとあたりを見まわしてつぶやくと、オスカーが哀れむまなざしを向けてきた。

「あのな、恋人がいなくなってショックなのはわかるが」

「いや、フクロウのほうだよ」

「まぎらわしいな」

「たしかにな」


 姿を消す直前を思い返すと、青年はフクロウのいるとまり木に近寄っていた。故意か偶然かはわからないが、いっしょに移動してしまったのだろう。こちらのほうも気にかかる。


「魔法の力で可能だとして、いったいなぜ彼女を連れ去ったんだろう? そして、どこへ?」

 ジェイデンは考えを整理しながらつぶやいた。

「ダンスタン。きみはスーリの使い魔みたいなものじゃないのか? 彼女の居場所を知る方法はないか?」


「使い魔……使役しえきのことだな」

 ダンスタンはため息をついた。「残念ながら、我輩わがはいは使役ではない。たんなる一介の騎士にすぎぬ。当然、スーリ殿となんら魔法的なつながりはなく、居場所もわからない」


「使い魔じゃないなら、どうして人間の言葉がしゃべれるんだよ?」

 オスカーがたずねた。


「説明してもよいが、この話は長くなる」

 ダンスタンが言う。「さきにスーリ殿を助ける作戦を練るべきではないか?」


「うん。彼女がどこに連れ去られたのかが知りたい」

 『なぜ』はあとから尋ねればいい。問題は場所だ。ジェイデンはふたりの男に着想をもとめた。


「弟はサロワの宮廷魔導士なんだろ? 王のもとに彼女を連れて行くつもりなんじゃないのか?」と、オスカー。


「それはない」ジェイデンが答える。

「彼はスーリの庇護ひご者だ。手紙をやりとりして、金銭的にも援助していた。彼女がサロワの者たちに見つからないように、べつの魔女を送って結界をほどこさせていたくらいだし」


「うむ。ルルー殿がスーリ殿に危害をくわえることはまずないと、そこは我輩も信じられる。ふたりきりの姉弟きょうだいだからな」と、ダンスタン。


「うん。サロワに連れ去ったとは考えにくい。いくら秘匿ひとくの魔法があるにせよ、サロワ王に見つかるリスクは避けるだろう」

 ジェイデンは、この点にはかなりの確信を持っていた。スーリの庇護ひご者としてのルラシュクの言動は一貫している。


「じゃあ、どこへ? そもそも、魔法の効力範囲はどの程度あるんだ?」

「たしか、一回の移動で1.5マイルほどは可能だったかと」

「とすれば、やはり、サロワから直接来たわけじゃないんだろうな」

 オスカーとダンスタンがたがいに確認した。


「ひとまずこの付近で探せばいいんだな?」

 ジェイデンが確認し、ダンスタンは思案した。

「転移を重ねることもできると聞くが、ある程度の制限はあるはずだ。そうでないなら、弟どのはもっとひんぱんにこちらを訪ねておられようから。おそらく、ここからそう遠くない場所に拠点があるのだろう」


「なるほど。では、かりに10マイル圏内だとして、場所は?」


 ダンスタンは難しい顔になった(ガチョウにできる範囲で)。

「ルルー殿は職業がら、外国にも顔が利くからな……。なかなか、候補地をしぼるのは難しい」


「ちょっと角度を変えてみるか」

 まずは情報の穴を埋めるのが先だろうと思い、ジェイデンはルラシュクについて尋ねた。

「スーリの弟は魔法使い……ええと、魔導士と言ってたかな? 魔女とは呼ばれていなかった。この両者はちがうんだな」


「うむ」

 と、ダンスタン。「我輩わがはいが聞くかぎり、魔導士と魔女ウィッチは、騎士と剣士のような関係だと思う。騎士は叙任じょにんされるものだが、剣士はたんなる職業だ。騎士は剣士でもあるが、逆はかならずしもなりたたない。このように、魔導士の多くは魔女であるが、スーリ殿は魔導士ではない」


 さらにまとめた。「魔導士とは、魔女たちのうち高度な職業訓練を受けた専門職のようなものであろう」


「そういえば」

 ジェイデンは名刺を取り出した。「〈思慮ぶかき光の塔〉常任理事と書いてあるな」


「おそらくそれが、彼らの騎士団のようなものではないか?」と、ダンスタン。


「その線から、スーリが隠されている場所をたどれないかな」

 ジェイデンはあごに手をあて、思案する表情になった。「魔女でなく、魔導士のコネがあれば、なにかわかりそうな気がする」


「そんなこと言ったって、うちの国アムセンは表向き、魔法と断絶してるだろ? 魔導士にコネなんて、いくらおまえでも厳しいだろ」


 魔導士にコネ……。オスカーの言葉に、ジェイデンは顔をあげた。

「いや、ひとりいるな。魔導士のことを知っていそうな人物が」








 

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