2-2.<犬《カニス》>の魔女ふたたび

 ジェイデンはオスカーとダンスタンを連れ、イドニ城へ戻った。オスカーの父フィリップが、領主としてこの地方をおさめていたころの居城である。そしてそのフィリップが、自身の息子と信じるジョスラン王太子のためにジェイデンを暗殺しようとした場所でもあった。


 側防塔そくぼうとうの一部が簡易的な牢獄となっていることは、フィリップの件で知っていた。足を踏みいれたのはひさしぶりだ。


「あいつ、王都に連行されてなかったんだな」

 後ろをついてきていたオスカーがつぶやいた。彼もまたジェイデンと同行して王都での取り調べを受けていたので、気づかなかったのだろう。

「護送させるつもりだったけど、途中で横やりが入ったんだ。あの団体名に聞き覚えがあったけど、このときに聞いたんだな」

「団体名って、さっきの……」

 オスカーが確認しようとするが、ジェイデンは看守に話をつけているところだった。

 城の管理は、一族由来の財産をのぞいてはジェイデンのあずかりになっている。(正確には王太子の管轄だが、兄はジェイデンに管理を丸投げしていた)

 王子は牢の鍵をあけさせて中をのぞいた。


「いるか? 魔女パトリオ」


 部屋はごく一般的な造りで、カビくさいことと窓がないことをのぞけば、城内のほかの部屋と変わらなく見えた。すくなくとも、牢獄と聞いて思い浮かべるような陰うつな部屋ではない。寝台に寝そべっていた中年男は、呼びかけにのそりと顔をあげた。


「ジェイデン王子。オスカーどの」


 ひょろりとした貧相な体躯を、だぶついたシャツとズボンがおおう。黒髪黒目、会ったその日に忘れ去られるような地味な容貌。最初にこの城にあらわれたとき、男の役職は王太子ジョスランの家庭教師だった。その実は、フィリップの息がかかった魔女だったわけだ。


「<カニス>の魔女パトリオ。犬を使役する力をもつ」

 ジェイデンは確認をこめてつぶやいた。「〈思慮ぶかき光の塔〉の構成員でもある。そうだな? パトリオ」


「いったいなんなんです、急にやってきて?」

 パトリオはうさんくさそうな顔で男たちを見やった。「……塔からのお迎えはまだですかねぇ?」


「連絡は送ってある。迎えにこないのはむこうの都合だろう」と、ジェイデン。


「ま、そうでしょうな」

 パトリオは肩をすくめた。「私ごとき末端の魔女など、わざわざ助けに来るまでもないということか」


「金に目がくらんでフィリップの飼い犬になったのがばれてるんじゃないか?」

 

「もとはといえばそれも、塔の要請なんですけどね」パトリオがぼやく。「塔はアムセンの要人とのコネが欲しかった。フィリップ閣下は魔女の間諜スパイが欲しかった」

 もちろん、最初からこんなふうにべらべらしゃべっていたわけではない。フィリップの件で、かなり厳格な取り調べを受けており、これらの情報はすでにジェイデンの知るところだった。


 パトリオはうさんくさそうに男ふたりを眺めまわしたが、横に並んでいるダンスタンに目をとめた。

「……なんでガチョウちゃんがこんなところに? あなたのペットですか?」


「彼のことは気にするな」

「グワッ」ガチョウも重々しくひと声鳴いた。

 魔女は承諾をしめすためあいまいにうなずいたが、目は興味ぶかそうにガチョウのほうにとどまっていた。道ばたの猫をって歩きそうな小悪党じみた容貌をしているが、このパトリオ、動物好きなのである。


「〈思慮ぶかき光の塔〉について聞きたい」

 ジェイデンは単刀直入に尋ねた。「大魔導士ルラシュクが、スーリを連れ去ったんだ。ゆくえをさがしている」


「閣下が? <軍団レギオンの魔女>を??」

 パトリオは文字どおり『なにがなんだかわからない』の顔になった。「その……なんですか、それ?」


「おい! こいつに聞くのか?」

 ようやく気づいたオスカーが、おどろいて声をかけた。「こいつは魔女なんだろ?」


「スーリも魔女だよ」ジェイデンは肩をすくめる。「それに、魔女はともかく魔導士となると、パトリオ以外に知り合いはいない」


「こいつは……スーリ殿をさらった弟の身内なんだろ?」

 オスカーがあいかわらず、解像度の低い質問を投げかけた。ジェイデンは、「おなじ組合の所属の、階級は従魔導士だな」と訂正した。


 そう、魔女パトリオは魔導士でもあったのだ。職位はあまり高くないとは、報告書にあったが。


「ごぞんじのように、私はサロワの出身で」

 パトリオはしぶしぶといったように説明した。

「塔に入ったのが一年前でしてね。残念ながら下っぱですよ。あなたがたが欲しい情報を持っているとは思えませんねぇ」


「塔の構成員は、八割がドーミア人だと報告書にある。……サロワ出身の魔女が、一年で従魔導士に昇格したなら、それなりに実力を認められてはいるんだろう」


「さあて」

 パトリオはつまらなさそうな顔をした。囚人の身で自分の価値を吹聴するのは得策ではないと思っているのだろう。だが、ジェイデンのもとに上がってきた報告書には、魔女たちの大部分が精神操作系で、使役系の魔女は希少だとの記載がある。ということは、パトリオにはそれなりの期待がかけられていたのではないかとジェイデンは考えていた。それはつまり、スーリの能力をさらに希少なものとせしめることでもあるが……。


「さっき尋ねたとおりだ。パトリオ、大魔導士ルラシュクの行き先に心当たりはないか?」


 魔女パトリオは片方の眉をあげてなんらかの気づきをしめした。


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