2-3.不本意なる旅の仲間たち

「スーリ殿がルラシュク閣下に……」

 おおまかな現況を聞いたパトリオは、整理するようにつぶやいた。「と、いうか、彼女はあの方のごきょうだいだったんですか。似ているとは思いましたが……」


「ルラシュクのことも知っているんだな」と、ジェイデン。


「<サロワのいかづち>、<トニトルスの魔導士>、<四つがけクアドラプルの魔女>。ええ、業界で知らない人なんかいませんよ。一人別格別次元といわれるほど常人離れした魔法を使う、大陸最強の魔導士です。……彼がスーリ殿のお身内というなら、納得ですね。彼女も異次元の魔女ですから」


「スーリのことはあまり知られていないのか。弟とちがって?」


「噂だけは……噂だと思っていたのですよ。そんな現実ばなれした魔法が存在するはずがないと、たかをくくっていた。死者を使役しえきして軍団を作れる魔女なんて……」

 パトリオは苦い顔になった。この城の洗濯場で、完膚かんぷなきまでにスーリに打ちのめされたことを思いだしたのだろう。

「サロワ王の差配でしょう。双子の魔女を手に入れた。片方は戦時に有利に使い、もう片方は切り札として残しておく。スーリ殿の力を発揮する局面では、弟殿のフリをさせてもいい。もしかしたら、<四つがけクアドラプル>のふたつ名はそのへんから来ているのかもしれませんな」


「『すべての魔女はふたつの魔法を持つ』」

「そう。目的魔法と補助魔法ですね。ルラシュク殿は例外と思われていたが、2かける2の話なら簡単だ」


 ふむ。だが、弟の魔法の秘密は、いまのところ最重要の課題ではない。


「それで、彼の現在地か、目的地の心当たりは? サロワでないとすると、どこだと思う? 挙げてみてくれ」


「目的地……ドーミアですかねぇ」

 パトリオはうーんと首をひねってから答えた。「〈思慮ぶかき光の塔〉の本部は、ドーミア帝国にあるのですよ」

「ドーミアといえば、キリアン殿下が婿入りした?」

 オスカーの問いにジェイデンもうなずく。


 三人には自明の地理だが、読者のためにすこし詳しく説明しよう。スーリやジェイデンたちの立場にもかかわることであるから。


 大陸はほぼ真四角で、西に大国サロワがある。東に大陸最古の帝国ドーミア。現在の女帝の夫が、ジェイデンの二番目の兄キリアンである。

 二大国の真ん中にはさまれる形で、大陸でもっとも歴史の浅いアムセン王国がある。先代のドーミア皇帝に離反したアムセンの大公がおこした国だ。

 〈思慮ぶかき光の塔〉の本部があることからもわかるように、ドーミアは魔法の使用によって栄えてきた国である。先の皇帝の時代、ドーミアの王宮は魔導士たちの思うがままだった。意志薄弱なうえに残虐だった皇帝を見かぎって反旗はんきひるがえしたのが、ジェイデンの父リグヴァルト、そしてオスカーの父フィリップだったのである。


「来月には、ドーミアの首都タリンで塔大会がありますから、魔導士ならそこへ行くのでは?」

 パトリオが言った。「まして、ルラシュク閣下といえば塔の理事ですし」


「ここが候補地1だな」

 ジェイデンは考えるときの癖であごに手をやった。「でも、そんな場所にスーリを連れていくかな? 来月ならまだ先だし」


「ドーミアはサロワから遠いし、安全面を考えたのかもな」と、オスカー。

「だけど、自分が会いに行きづらくもなる」

 と、ジェイデン。「キリアンに聞くところでは、ドーミアはまだ政情不安でもあるらしいし。それと、スーリの同意が得られないだろう」

 もちろん、つい先ほどのように力づくで運んでいく可能性はあるが……ジェイデンはなんとなく、あの弟はスーリに嫌われるようなことはしないような気がした。

 

「じゃあやっぱり、国内のどこかか? だとすると、ふりだしにもどってしまうが」

 オスカーが眉をひそめた。


「いや」

 ジェイデンは思いつきに指をならした。「ルラシュクはしょっちゅう、ドーミアとサロワを行き来しているんだろう? いくら魔法が使えるとしても移動には限度がある。だとしたら、行き来のあいだでよく滞在する町があるんじゃないか?」


「ああ、それは、ありますねぇ」

 パトリオはうなずいた。「魔導士たちの宿場町はだいたい決まっていますよ。魔女や魔法への反発がなく、馬や宿の都合がつきやすい場所」


「海沿いのルートは今回はずすとして……」

 オスカーとジェイデンは彼から聞いたいくつかの候補地を検討した。「ロサヴェレはどうだ? 出入りが多いから目立ちにくいだろう。ここからも遠くないし」

「ありうるな」


「よし。じゃあこれからそこへ向かおう」

 ジェイデンは話の決着がついたことを示すため、軽く手をうった。「オスカー、旅の荷物をまとめてくれるか? おれは看守に話をつけてくる。……さあ、出ろ、パトリオ」


「……え……?」

 パトリオは虫を飲みこめと言われたような顔になった。「え、私が……え?? 殿下たちにおともせよという命令ですか??」


「ああ」

 ジェイデンはすでに看守を手まねきしている。「魔法を使う者でないとわからないことも多いだろう? おまえの使役の、あの犬は探索に役立ちそうだし」


「で、ですが、私はドーミアに戻る予定で……」

 パトリオはあわあわと手ぶりをまじえながら断ろうとする。が、王子は気にするそぶりもない。

「だから、ドーミアの途中まで護送するよ。それなら、おまえたちの団体との約束をたがえたことにもならないだろう」


「まあ二人より三人だよな」オスカーも賛同してぱんと手を打ちあわせた。「よっしゃ行こうぜ! 男三人、遠慮はいらん」

「グァアッ」

「あ、そうか、男四人だな」



「私が??? なぜ???」

 パトリオひとりがいまだ事態が受け入れられず、顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。

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