2-4.追ってくる全身鎧

「よし。これで決まりだな」


 ジェイデンは看守になにごとか命じ、戻ってきた看守の手から紙を受け取ってそこに署名した。魔女パトリオを牢から出すことへの許可証なのだろう。あいかわらず、行動が早い。


「んじゃ、行くか? 昼めしくらい食っていくか?」

 オスカーの問いにジェイデンは即答した。「いいや。いますぐ出発する」


「ロサヴェレまで馬で一日かからないから、さほど準備も要らないだろう。それに、どのみちここには長くいられないしな」


「グアッ?」ダンスタンが疑問の鳴き声をあげた。

「長くいられない? なぜ?」

 パトリオも思わず聞き返した。


「ああ……そういや、の件があるな。忘れてた」

 オスカーはわけ知り顔でうなずいた。「王都からここまでも、かなりギリギリの場面があったよな。あいつ、6.5フィートの全身鎧とは思えない機動力で追ってくるんだから、おそろしいよ」


「全身鎧……? 迫ってくる……?」

 パトリオは一気に不安が増した顔になった。が、ジェイデンは快活に腕を振った。


「その件はまあ、いいんだ。それよりも、まだプロポーズの返事を聞いてないんだ。はやく彼女に会わないと」


「おっ、ついに言ったのか。さすがコミュ強、行動が早いなー」オスカーが冷やかす顔になった。

「グァア……」(「そうだったのか」の意)

「おめでとうございます!! でもそれ、私はなんにも関係ないですよね?!」まきこまれたくない一心で、パトリオは叫んだ。


 ドーミアには帰りたい。が、こんなやんごとなき方々との道中で神経をすりへらすのは性に合わない。あわてて脱出しなくても、いずれは塔の仲間たちが救出にくるのだし。しかも……なに? 全身鎧の追っ手? そんな不穏な言葉がとびかう旅などまっぴらごめんだ。


「なにかわからないですけど、絶対イヤです。イヤな予感しかしない。私が損をこうむる絵しか見えない」パトリオはそう言って後ずさった。


「魔女っていうのは、そういう予知もできるんだな」ジェイデンは感心したような顔つきになった。


「たんなるカンですよ!!」

 パトリオはヤケクソになって叫んだ。じっさい、それは魔法と関係なくたんなるカンだったし、残念ながらそのカンはすぐに的中することになった。



 ドゴォ……ンン。


 やや離れた場所から、地響きのような重い音と衝撃がつたわってきた。ルラシュクがあらわれたときとは重量が違う音だ。破城槌はじょうついが城壁を割るかのような。


「これは、来たんじゃないか?」

 オスカーがつぶやいた。


「そうだな。急ごう」と、ジェイデン。すでにパトリオの腕をつかんで、扉がわに向かっている。


「なんです、いまの音は?!」

 パトリオは引きずられたままパニック状態になった。「爆発音! <軍団レギオン>の魔女では???」

 彼の脳裏に、石をあやつり死者を召喚するおそろしい彼女の姿が立ち現われた。こ、こわい。


「あれはスーリじゃない。だ」

 ジェイデンは片手で剣をかまえた。「オスカー、脱出路はどこを使う?!」


「厨房の横から食糧庫に出る道がいいだろう。あそこなら、目くらましに使えそうなものもあるし」


「よし。行くぞ、パトリオ! けがをしないようについてこい」


 三人は側防塔そくぼうとうを出て、裏道を通って走りだした。目の前にはオスカーの言う厨房が見えていたし、はるか先ではあったが通用門も確認できた。


 だが……。


 ブォンッ!


 重々しく風を切って、なにかが飛んできてパトリオの耳をかすった。


「ビャアアアア! なにか飛んできたああぁ」


 飛んできたのは戦斧で、三人の行く手にある大木に刺さってようやく動きをとめた。

 魔女は半狂乱で王子に頼んだ。「は、はやく魔法の解除を」

「ン? おれで解除できるのかな?」

 王子はさっそうと走りながら思いだした。『脱走を防ぐため、魔法の使用を制限する術具をつけています。魔法を使わせるときには解呪の手続きを取ってください』と、看守が言っていたっけ。

「たしか王太子あにが管理者で……えーと、管理者の変更が先か。名前を入力っと」

「お願いしますよぉ!」

「兄さんのフルネーム忘れた」

「はやくうぅぅぅ」

「右に三回、左に五回……あ、まちがった」

「なんか飛んでくるうぅ!」

 信じがたいことに、一度投擲とうてきされて木にささった斧が、まるで逆戻りするようにブォンブォンと後方に飛んで行った。かならず持ち主のもとに戻る魔法の武器なのだ。

 また飛んでくる斧。長兄の長ったらしい名前すべてを入力すべく奮闘するジェイデン。

 パトリオの阿鼻叫喚あびきょうかんのなか、術具をぽちぽちとひねる音が、ようやくかちっとさだまった。

「戻った!」

 パトリオは使役の名を叫んだ。「ウィートン! ダップル!」

 虚空から二頭の犬がおどり出て、主人を守るように背後に吠えかかる。斧の持ち主が背後にいるのだ。


「あいつ、壁を破壊して俺たちをおびきだしたんだ!」走りながらオスカーが叫んだ。「最初から壁の外にいたんだ」


「ふりむくな! 走れ!」


「私なんにも関係ないのに追われるんですか???」

「いま置いていってもどうせ死ぬ! もはや一蓮托生いちれんたくしょうだ」


「イヤァァァッァ」

 魔女パトリオは絹が裂かれたような悲鳴をあげながら、貴公子ふたりに抱えられ、不本意きわまりない形でイドニ城を脱出したのだった。



 ♢♦♢


 その背後にて。


 ガションガションと鎧の音を立てて、巨大な男は走っていた。オスカーの評どおり、6.5フィートの全身鎧とは思えないすばやさで疾走しっそうしていたのだが、急に立ち止まる。

「……ヌ」

 馬に乗って逃げた三人を追うために馬房に入るも、彼の愛馬の姿がなかったのだ。どうやら、勝手に乗っていかれたらしい。


 ビョンビョンとうなりながら戻ってくる斧をつかむ。

「コラールの姫ぎみを妃にむかえ、父君の治世ちせい盤石ばんじゃくとすべきおん方が……。いつまでも稚気ちきが抜けぬのは、いかがすべきか」

 巨体に似合わぬ繊細なため息をついたが、すぐに鋭い目つきに戻った。懐から小さな球体を取り出す。といっても、球はルラシュクのオーブとおなじくらいの大きさがあった。男の手のひらがおおきすぎるのである。

 オーブは魔法の輝きのもと、つい先ほどまでの牢でのできごとを映し出していた。ジェイデンの口の動きをじっと読む。


「やはり、くだんの魔女がからんでおったか」

 鎧にこもっていてもわかるほど、男の声にはうれいがあった。彼の脳裏のうりにある魔女はもちろんパトリオではなく、色素の薄い美しい女性。「森の白魔女」と近隣で評される、魔女スーリだった。


「だが、すぐに追いつく。王子をまどわす魔女をほろぼし、このディディエが、かならず王都へとお連れしますぞ。ジェイデン殿下」

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