1-4.大魔導士ルラシュク


「いま、いったいどこから現れたんだ? それに……」


――「姉さん」?


 ジェイデンが疑問を口にするより早く、青年はふたつめのセリフを発した。地の底から響くような、やけに重々しい声で。


「お金がないって、どういうことなの、姉さん?」


「ん?」

「えっ」

 ジェイデンとスーリのきょとんとした声にかぶせるように、青年はひと息にまくしたてた。

「冬の前に仕送しおくり、送ったばっかりだよね? しかも、そのあとも追加でザカリーに持たせたよね? なんでもう、なんてことになるの? それとあの絵なに? 僕、虫だいっきらいなんだけど? それも前に言ったよね? あとそもそも、姉さん、絵めっちゃ下手だから!」


「そ、そんな、ひどいわ、ルルー」

 スーリは青年の剣幕けんまくにあとずさりしながら、よろめいた。「あのスケッチは自信作だったのに」


 ジェイデンもまたあっけにとられていたが、ふたりの顔立ちをまじまじと見つめて、すぐにぴんときた。

「スーリ、きみの……弟?」


「あ、はじめまして、殿下。ジェイデン殿下ですよね?」


 ルルーと呼ばれた青年は、ジェイデンのほうにふり返った。姉へのものと態度を一変させ、別人のようににこやかにあいさつする。


「どうも、おうわさはかねがね。愚姉あねがいつもお世話になってます~」


 近づいてきて握手をもとめられ、ジェイデンは目をぱちぱちさせながらもとめに応じた。青年はスーリよりは背が高いものの、ジェイデンよりは頭半分ほど小柄だった。男性としては華奢きゃしゃな体格といえるだろう。

「ええと?」


「あっ、ごあいさつが遅れちゃって、失礼を」

 青年は笑顔のままローブのかくしに手をいれ、薄い紙片しへんを取りだした。「弟のルラシュクと申します。若輩じゃくはいですが、サロワの筆頭宮廷魔導士を拝領はいりょうしていまして」


 とてもスーリの弟とは思えない、世慣よなれた印象の青年である。だが、たしかに顔はそっくりだった。スーリが男になったらこうだろう、という顔だちである。

「それはすごい」

 ジェイデンは渡された名刺をじっと眺めた。なにか……蛍光キノコのようにぼんやりと青く光っているが、触っても大丈夫なのだろうか? 


「いえいえ、そんなぁ。殿下こそ」

 青年は世辞せじのまじった笑みを浮かべた。


「ジェイデン殿下。アムセン王リグヴァルト陛下の三番目のご子息でいらっしゃる。容姿端麗、文武両道、国内の有力貴族たちからの信頼はあつく、病弱な皇太子殿下を補佐して国政にもたずさわっておられるとか?」


 すらすらと並びたてられた美辞麗句に、ジェイデンはあいづちも打てないでいる。ルルーはさらに続けた。

「適齢期の姫君たちからも熱い視線をむけられ、王都瓦版おうとかわらばんの『編集部が選ぶ♡リッチでホット♡セレブな独身イケメンランキング』では三年連続の一位を獲得」


「そんなのがあるのねえ」

「いや、おれは知らないけど……なに? ランキング?」

 のんきにつぶやくスーリにかぶせて、ジェイデンはとまどいの声をあげた。その……なに?


「ほら、これですよ」

 ルルーは片手にもった王笏おうしゃくのような杖を軽くかかげた。なんと表現すればいいか、とにかく、世の人が「魔法使い」と聞いて想像するそのままの、ぎょうぎょうしい魔法の杖だ。先端のオーブ状のものが青く輝き、そこから新聞が出てきた。タイトルには『王都瓦版』とある。


「ルルーの魔法は便利よね。わたしも、そっちのほうがよかった」

 スーリが手もとをのぞきこもうとして「まあ」と顔を赤らめた。

 それもそのはず……。


「なんか……おれの半裸みたいな絵があるんだけど……」

 ジェイデンの困惑のとおり、表紙をかざるのは、女性を誘惑するようなポーズをとった彼の絵姿だった。なぜかシャツすら着ておらず、鍛えられながらもすらりとした上半身を見せつけている。浅い下履きからは、筋肉との境目に女性が舌なめずりしそうなVラインがのぞく。


「ほんと。女性向けっていっても、けっこうきわどいですよねぇ。男性向けのピンナップとたいして変わらないっていうか」

 と、ルラシュクがひとごとのような感想をのべた(ひとごとである)。


「都会では、こういう絵でお金がもらえるの? わたしも絵を投稿してみようかしら?」と、スーリ。

「姉さんほんとにセンスないから、やめたほうがいいよ」

 似かよった顔の背後から、フクロウが小さな顔をのぞかせた。髪も肌も白い姉弟きょうだいとおそろいのように見える、白いメンフクロウの子どもである。止まり木から双子をのぞきこみ、ハート形の顔を90度にひねって興味深そうにしていた。


「知らないあいだに、こんな絵が描かれてるなんて……」

 ジェイデンはちょっぴりショックで、ふだんのコミュ強ぶりもすぐには発揮はっきできなかった。女性にモテるほうだとは思っていたが、あくまで王子という立場に付随ふずいするものだと気楽に考えていたのだ。もちろん、その立場を利用して女性と遊びまわったりもしていない。

 浮ついた行動を取ったこともないのに、こんなふうに婦女子に狙いさだめられているなんて。まるで、メスライオンの群れに襲いかかられるインパラの気分だ。



 大魔導士ルラシュクはもちろん、ジェイデンの心痛など気にしてはいなかった。


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