Ch.1 ひきこもり薬草医、プロポーズされる

プロローグ 姉からの手紙

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 手紙が遅くなってごめんなさい。


 啓蟄けいちつをむかえたけれど、そちらは変わりないかしら? サロワは海も山もあるから寒いのよね。アムセンに引っ越してほんとによかった。こちらは暖かいわよ、あなたもたまには来たらどう?


 このごろは、こちらの庭でもいろんな虫を見かけるようになったわ。春よね。土から虫が出てくるのを見るのはおもしろいわよね。あなたもそう思わない?


 青虫を2、3匹飼っているんだけど、そろそろ蝶になるかと楽しみにしているの。だけど、ジェイデンがフクロウの子どもを飼っているので、油断できないわ。フクロウの話はしたかしら? 縦割りにしたりんごみたいな顔で、すごくかわいいんだけど、あの子、虫を食べるのよ。それにあいかわらず、わたしには触らせてくれないし……。動物には嫌われるし、ほんとうに、のせいで苦労しているわ。死者を召喚しょうかんしてあやつれる能力なんて、戦争以外にいったいなんの役に立つのかしらね? 

 わたしもジェイデンみたいに、フクロウのふわふわした羽毛を触りたいのに……。しかたがないから、ダンスタンでがまんしているわ。彼の羽もなかなかのものよ。ただ、迷惑そうな顔をするのはやめてほしいけど。


 ところで、冬ごもりにずいぶんお金がかかってしまったみたい。手もとにぜんぜんお金がないの。月頭に届く予定の医学書代が足りないので、送ってもらえないかしら? それと、月なかばには家賃もあるから、それもお願い。


追伸:青虫のスケッチを何枚か描いたから、送るわね。虫によってけっこう個性があって、かわいいわ。


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 署名のない短い手紙を読み終えもしないうちから、大魔導士ルラシュクはぷるぷると手を震わせていた。


 室内は昼でもうす暗く、書見台しょけんだいの近くにある燭台しょくだいが唯一の明かりだった――いや、ちがう。もうひとつ、青く人工的な光が輝いている。青年自身がもつ王笏おうしゃくのような長い杖に巨大な球がついている。それはまぎれもなく、魔法の輝きだった。


 大国サロワの筆頭宮廷魔導士にして、大陸の魔術師たちの職能しょくのう団体〈思慮ぶかき光の塔〉の常任理事でもある青年。その職位にふさわしく、彼の研究部屋は豪華な調度品でととのえられている。半円状に配置された書架に、大陸じゅうでもっとも充実した魔法書のコレクションがならぶ。それ自体が魔法にみちた装飾をほどこされた書見台には、鎖でしばられた魔法書がひらかれている。


 そのうす暗い室内には、ルラシュクと小姓の少年がひとり、いるだけだった。利発だがやや口の軽い少年が、本のホコリをはらう手を止めて彼に話しかけてきた。


「あっ、お姉さんからの手紙ですか? よかったですね、最近お返事が遅いってお嘆きでしたもんね~」


「……」


「例の彼氏とはうまくいってるんですかね? 閣下のお姉さん、美人だけど男運がなさそうで心配ですよね~」


「……」


「あっ、またスケッチ送ってこられたんですか? あはは、お姉さん、個性的な絵を描かれますよね……」


 そこで、小姓はようやく、青年のぶきみな沈黙に気がついた。「……閣下?」


 小姓は「ひっ」と声をあげ、ハタキを手にあとずさった。大魔導士の怒りにみちたオーラに気づいたのである。


 青白い光に下から照らされた不気味な角度でさえ、大魔導士ルラシュクは美しい青年だった。姉とおなじ綿花めんかの白をした髪はすっきりと切りそろえ、象牙のごとき肌色を引き立てている。目の色は、これもおそろいの薄墨うすずみ色。本人の色の薄さをおぎなうように、服飾は色どりに満ちていた。グレーとトルコ石色を基調としたケープ、雷をモチーフにした幾何学的なイヤリング。男性としてはやや小柄だが、いかにも人々が思いえがく大魔導士らしい威厳をかねそなえている。


 美しく、知性と威厳にみち、煮えたぎる油のように怒り狂っていた。


「お金が、ないって、どういうこと? ……姉さん?」


 怒りのあまり、一語一語が短く区切られた。その声は、太文字表記ができないのが残念なほど、あたかも地獄からの呼び声のごとく、部屋にひびきわたったのであった。



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