⑦そういう理屈がとおるの??
食後、スーリがダンスタンとボードゲームをはじめると、食卓には男ふたりになった。
「今のうちに聞いておくが、イドニ城はどうなるんだ? フィリップの家は?」
ザカリーは報告書を埋めるためにそう尋ねた。「いちおう言っとくが、この情報はサロワの王に報告するわけじゃない。あくまであいつの身の安全のために、弟閣下が知りたいという趣旨だ」
「たとえ王に報告するにしても、そう言うほかはないだろう」
ジェイデンは嘆息したが、迷う様子はなくすぐに答えてくれた。ザカリーが来た時点で推測はしていたのだろう。
「家のことは、王に報告してからの
「つうか、あんたはなんで王都に戻らないんだよ? 取り調べとかいろいろあるだろ?」ザカリーが尋ねた。
「一度戻ったら、しばらくここには来れなくなる」
「あいつを連れて行く地固めか?」
「そう取ってもらってかまわない」
「閣下がどうでるか、見ものだな」
「サロワの宮廷魔術師……か。たしかに、手ごわそうだ」
「愛想がよくてにこにこしてるが、腹黒さは王のお墨付きだぞ。おまけにシスコンの自覚がない」
ザカリーが肩をすくめる。
その「閣下」についてジェイデンが探りをいれ、ザカリーは答えられる範囲で答えた。どのみち、彼が知っている程度の情報はスーリからでも聞けるのだ。
ワインを飲みつつ、ジェイデンが続ける。「アガサ妃は修道院へ。息子のパルシヴァルとオスカーは当面、王都に足どめ。フィリップのやったことを考えると、家を存続させるより、しかるべき姫君に縁づけて、養子に入ってもらうほうがいいかもしれない。イドニ城はしばらくのあいだ、おれと騎士団が管理する」
ザカリーは松葉の熱い茶をひと口飲むあいだ、王子の言葉について考えてから言った。
「そして、あんたはダルクールを領地にもつ大公閣下になる」
「可能性はある」
ジェイデンは杯をおいた。「そうすれば、スーリは誓約を破ることなくおれと結婚できる。兄の即位を待たずに」
「『他国の王族の妻とはならない』か」
ザカリーは茶をすすった。「魔女の誓約は行動を縛る、文字どおりの鎖だ。だが、誓約は文言を完璧に果たさなければ作動しない。ふつうの人間のくせに、魔女の文法をよくわかってるらしいな」
「ひとりで考えたんじゃない」
ジェイデンはザカリーをしっかりと見つめてから言った。「スーリとふたりで決めたことだ」
「じゃあなんで、あんたらは友人づきあいなんて
ザカリーは心底けげんそうな顔をした。「あんだけベタベタ、いちゃいちゃしておいてお友だちなんて、だまされるのはレギオンだけだろ」
「それはこっちの事情だ」ジェイデンは顔をしかめた。「理由は黙秘する」
♢♦♢
夕食をとってしばらく、ザカリーは書き物机を借りて報告書を作成した。秘匿の魔法を文字にも作用させられるので、通常のルートで送ることができる。だが、報告書にはあえて秘密にするほどでもない情報ばかりが並んでいる。あいかわらずのぼやけた生活ぶりに、寄ってくる男たち。ジェイデン王子に利用価値があるとすれば、スーリに近づく虫をはらってくれることだろう。王子本人がとてつもなく大きな毒虫であるという事実は曲げようもないが。
(ま、僕には関係ないけどな)
簡易寝台をととのえていると、寝巻に着替えたスーリが声をかけてきた。
「そこで眠れそう? 寒いかしら」
「いや、寝袋もあるしな。いけるだろ」
ザカリーは荷物袋から枕を出し、ふと居間の奥に目をむけた。「そういえば、書斎のとこ模様替えしたのか? 見てもいい?」
「ええ」
報告書に書くために部屋をのぞく。スーリの書斎兼寝室は、すっかり雰囲気を変えていた。
床に積まれていた本のために新しい本棚が作られ、日当たりのよさそうな窓際には小さな果樹の鉢植えがあった。机のうえには書類や羽ペン、インク壺だけではなく、カゴに盛られたみずみずしい果物。
そして、書斎の奥にあった寝室は窓際までスペースを広げ、寝具も新しく快適そうにととのえられていた。いちおう、生活上の良い変化の
だが、そこにはあきらかに男の――ジェイデンの手がくわえられていた。そのことを報告書に入れるかどうか考え、ザカリーはまた頭が痛くなった。入れないわけにはいかないだろうが、上司の血管がぶち切れるのはまちがいない。
そんなザカリーの心痛もしらず、スーリはのんきに夜のあいさつをした。
「じゃあ、わたしたちもう寝るわね。おやすみ」
隣には上着を脱いでチュニック姿のジェイデンが、当然という顔をして立っている。
「いやいやいや」
ザカリーはつっこんだ。「おまえたち、いっしょに寝るの? そうならそういう雰囲気もっと出しててほしかったんだけど」
「?」
スーリはよくわからない顔になった。「べつになにもしないわよ、いっしょの寝台を使ってるだけで」
「そうだよ。これも友情の範囲内だ」
ジェイデンのほうはあきらかに確信犯の顔だ。誤用のほうじゃなくて、ほんらいの意味の。つまり、自分は正しいことをしていると信じきっている、矯正の余地のない犯人の顔。
「そういう理屈がとおるの?? おまえらのあいだでは??」
ザカリーはあきれて、そうとしか言えずにすごすごと簡易寝台にもぐりこむしかなかった。
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