⑧寝台のなかのふたり、あるいはジェイデンの中長期計画
♢♦♢ ――ジェイデン――
燭台の明かりのなか、スーリがおずおずと
彼女がこういうことを怖がるのは知っていたから、ジェイデンはなるべく彼女を注視しないように、平静な態度をたもつようにつとめながら空間をあけた。
男のそんな思惑もしらず、スーリは薄いリネンの寝巻でもぐりこんでくる。髪の甘い匂いがして、毛先がやわらかくジェイデンの腕をくすぐった。思わず指をうずめたくなるようなすてきな髪だ。やわらかな髪の、その感触を楽しみながら顔をすくいあげてキスしたい。そのあとは……。
(だ……だめだだめだ、こんな欲求がもれていたらスーリに怖がられてしまう)
空想のなかで思いっきり首をふる。しょっぱなから欲望の勢いがすごい。
(馬を……馬を馴れさせるように……)
コミュ力の鬼であるジェイデンにとって、生き物をおびえさせない手管などお手のもののはずだ。軍馬の調教にも向いていると、城の
(そういえば、彼女はちょっと馬に似てるな)
ジェイデンは遠のきつつある理性をわが手に取り戻そうとして、そう考えた。美しくて、力があって、怖がりで。馬と違うのは、彼女がきわめて魅力的な女性で、ジェイデンの身体にいろいろな反応を起こさせることだった。スーリとひとつの寝台に入って、平静でいるのは難しい。
男のそんな葛藤もしらず、スーリは暖を求めてすり寄ってきた。闇のなかの顔は新鮮なクリームのように白くなめらかに輝いている。魂が抜けるほどきれいだ。たまらなくなって手を伸ばそうとすると、すねのあたりにひやっとするものが触れた。
「前は大麦の袋を使ってたけど、こっちのほうがずっと温かいわ」
冷えた足を押しつけながら、スーリがうっとりとつぶやいた。やれやれ、自分はカイロの代わりらしい。それでも、こうやって自分の存在に馴らしていくのが大事だと、ほとんど執念に似た思いで毎晩、がまんし続けているのである。そしてジェイデンは、長期戦にはことさら強い自負があった。
恋愛や恋人という言葉をひどく苦手にしているスーリは、正攻法でくどいても絶対にこちらを向いてはくれない。だが友人には無限の信頼を置いており、友情の範囲にあるたいていのことは許してくれる。
一度は
この冬、ジェイデンはまるで木の枝を一本ずつ積みあげるようにして彼女の信頼を積みかさね、「とても仲のいい友情の
今のジェイデンは、もはやスーリの恋人の座など視野になかった。「きわめて仲のよい特別な友人」の次のステップは結婚である。そちらのほうはいま、外堀を埋めにかかっているところで
その恐怖をじょじょにとりのぞき、来るべき初夜の晩には万全の状態で彼女に幸福を感じてほしい。これがジェイデンの中長期計画だった。
(馬だ。馬のことを考えよう)
ジェイデンは
(レッドメインは寂しがり屋……ムーンダンスはすぐ人の髪を噛む……リトルヴァレーはカーブが苦手……カーブと言えば)
(弱ったな)
馬のことを考えて理性を取りもどすつもりが、すっかり逆効果になってしまった。気まずい生理現象を隠すため、ジェイデンはもぞもぞと身じろぎした。
ふぁ、とかわいらしい息がもれて、スーリがあくびをしたらしいことがわかった。宵っ張りなほうだと聞いていたが、いっしょに寝台に入るようになってからのスーリはいつもすぐに眠ってしまう。燭台の明かりで数ページ本を読んだかと思うと、すぐにうつらうつらしはじめる。そういうところも、たまらなくかわいい。きっといつもは、手足が冷えて眠りづらいのだろう。これからも毎晩、永遠に手足を温めつづけてあげたい。
ジェイデンの重めの愛を知らず、スーリはすこやかに眠っていた。彼女の寝顔を見ながら欲望と忍耐のはざまを反復横跳びしていたジェイデンも、しだいに眠りの世界に入っていった。
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