⑥手つきがエロいんだよ
それから半刻ほど、ザカリーは付近をぶらついたり、ダンスタンやスーリ(フクロウのほう)と遊んでから家に戻ってきた。すでにメルやノブの姿はなく、家のなかにはスーリ(人間のほう)とジェイデンのふたりきりだった。
「牧草地と森以外、なんもないとこだな。景色はまあいいけど」
ひとりごちながら扉近くで雪を払いおとし、濡れたマントを釘に掛ける。居間のほうからは食事の匂いがしていた。
「ノクス? あなた肉はダメだったわよね?」
パントリーのほうから声がした。スーリが、自分が食べられる食材を探してくれているらしい。「チーズは大丈夫?」
「ああ。卵もやめてくれな」
居間に入ると、暖炉の前にジェイデンが座っていた。
「僧侶なのか?」
鍋の前でチーズを削りながら、ジェイデンが尋ねた。ザカリーは適当な椅子を引っぱってきて座った。
「違うが、
「ふーん。魔女もいろいろなんだな」
小鍋のなかではチーズがやわらかく溶け、食欲をそそる香りがたちこめていた。
鍋をかきまわし、味見をする手つきは慣れたもので、とても一国の王子とは思えない。おかしな男だ、とザカリーは思う。まあ、僕には関係ないけど。
「言っておくが、<
親切心から忠告してやった。「あいつの魔法にくらべると、ほとんどの魔女たちの力は冗談みたいなもんだ」
「……そうだろうな」
炎の照り返しを受けて、王子の顔にはかすかな憂いが見えた。いったい、なにを思っているのやら。
スーリが食材を腕に居間に入ってきて、夕食がはじまった。
チーズ鍋以外にも、
チーズ鍋はスーリの好物らしく、溶けたチーズにパンやイモを絡めてはうれしそうにしている。
「変わった料理だな。アムセンはこういうもんを食うのか」と、ザカリー。
「サロワにはないわよね」
言いながら、スーリは金串に刺さった具材をほおばって声をあげた。「あつっ」
「あーあ、しゃべりながら食うから」
こいつにはこういう抜けたところがあるよなとザカリーがあきれていると、ジェイデンがぱっと調理具を置いた。
「口のなかをやけどした?」
中腰になり、スーリのあごに手をかけて口を確認している。「ワインをゆっくり飲んで」
肩に手をまわし、冷たい白ワインを流しこむ。かいがいしいしぐさだが、妙に張りきっているようにザカリーには見えた。くったりと身をあずけ、唇をワインでしめすスーリの姿はなんだか
「あまりじろじろ見ないように」
しかもザカリーをにらみ、視聴制限までつけてくる。
「おまえ、わかってやってるだろ」
「なんのことかわからない」
「手つきがエロいんだよ、手つきが」
「言いがかりだな」
妙に居心地悪そうにしている男ふたりはいざしらず、冷たい飲み物でひとごこちついたスーリが「ふう」と息を吐いた。
「おいしいけど、いつも舌をやけどしちゃうのよね」
赤い舌をちろりと出して言う。「でも、ジェイデンがいるときじゃないと食べれないし」
「村の特製レシピだからね」と、ジェイデン。
サロワでは魔女のみならず悪女だ淫婦だと、陰口をたたかれることの多かったスーリだが、本人にも責任の一端はあるよなとザカリーは冷静に分析していた。なんというか、もう、全体的に
世間にはそういう女を見ると
そのことを上司に報告しなければいけないと思うと、ザカリーは憂うつになった。実の姉がまたしても、猟師に追われる雌ジカになっているなどと聞きたい男がどこにいるだろうか?
しかも上司もまた、よく気がついて、世話やきで、女にマメで、モテるタイプの、姉への愛が重い男なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます