⑤なんで張り合うの?


「魔女先生」

 粉屋のノブがやってきたのは、それからすぐあとのことだった。ちょうど、年内最後の小麦粉を配達してまわっていたのである。


「こんちは」

 ノブはくしゃくしゃの金髪から雪を払いおとしながらあいさつした。「粉ぁ置いてくよ。いつもの食糧庫パントリーでいいですか」

「ええ、ありがとう」

 男はのしのしと足音をさせながらパントリーに向かっていく。身長はメルよりもさらに高く、6.5フィート(198cm)はあるだろう。花を摘むやさしい巨人のような印象の男である。


「お茶を飲んでいかない? まだ配達中でしょう?」

 戻ってきた男に金をわたしたあと、そう声をかけた。ふだんはこういうことはしないが、なにしろ雪の日のことである。それに、どうせ、四人分も五人分も変わらないし。

「ありがてぇ、じゃ、ごちそうになります」

 ノブはぺこりと頭を下げた。

「ワインに入れるスパイスを調合したから、持って帰って新年に飲んでね」

「いいんですか? 高価なものなのに。おっぁもよろこぶ」

「じゃ、あっちに座っていてちょうだい」


 ♢♦♢


「はい……」

 ノブは、うなずいて応接間のほうに入った。なんだかいつもとちがうな、と思ったのは、部屋に三人もの男がすでにいたせいだった。女性のひとり暮らしには広すぎるほどの一軒家だが、四人の体格の良い男たちには、いささかせまいように思われた。しかも、まるで見知らぬ犬の縄張りに入ってしまった雄犬のような緊張感が全員にみなぎっている。


 応接間の奥、食卓に、男が二人。ひとりはノブの見知った顔で、トムリン集落のメルという子どもだった。もう一人はダークブロンドの見知らぬ男。ふたりから離れて居間のほう、暖炉の前に、もう一人男がいる。こちらはフードをかぶった猫背の男。もしこの光景を見ていたのが若い娘なら、三者三様の美男子におおいによろこんだかもしれない。だがノブは男だったので、ただ四人もいると部屋が狭いなというほどの感想しかもたなかった。


 椅子にかけようとしたノブは、ぎょっと動きをとめた。ダークブロンドの男が、目の前でじろじろとこちらを観察していることに気がついたからである。


「あの……なんすか」

 身なりの良い、このあたりでは見たことのない美男子に、ノブは目をぱちぱちさせた。魔女先生の患者だろうか?

「いや、べつに」男はぷいと顔をそらした。よく見ると、手もとには帳面がある。ということは、スーリに字を教わっている生徒だろうとノブは思った。

 

 メルが、隣で一生けんめい書き取りに励んでいる。自分もあれくらいの年齢のころから、すでに村いちばんの長身だったから、ノブはメルを見かけると自分の子ども時代を思いだしてほほえましくなる。


先生せんせんとこで、字ぃ教わってんのかい」

 ノブが尋ねると、メルは帳面から目をあげずにうなずいた。「……ん」

「魔女先生、美人だもんな」

 おれも習ってみたいなあ、とノブは思ったが、恥ずかしいので口には出さなかった。スーリなら、きっと無学な自分でも馬鹿にしないで教えてくれるだろう。ひじがふれるほど近くに座って、例文を読みあげる彼女の声を聞きながら文字を書く自分を想像する。まちがえたらきっと、彼女はいたずらっぽく笑って訂正してくれて……。


 楽しい空想はスーリ本人の声で破られた。

「わたしは魔女じゃなくて薬草医だと、前にも言ったでしょ」

 そう言いながら、居間に入ってくる。「はい、お茶。こっちがスパイスよ」

 さざなみのようなきれいな金髪を、今日はめずらしくひとつにまとめていた。白いうなじが見えて、ノブはどぎまぎする。スーリは彼の知るかぎり、いちばんきれいな女性だった。白くてほっそりして、曇り空色の大きな瞳をしていて。

「あんがとございます」

 なぜだか直視できず、ノブはぼそぼそと礼を述べた。


「それ。やめてくれないか」

 それまでむっつりと黙りこんでいた男が、陰うつな顔でスーリに言った。「その、『魔女じゃなくて薬草医』ってやつ」


「どうして?」

「おれにだけ言ってほしいんだ。ほかの男にじゃなく」

「はぁ?」

 スーリは男のほうをふり向いた。「だってジェイデン、あなた、ふつうに名前で呼ぶじゃないの」


「でも、イヤなんだ」男はふてくされている。


 おやまあ、こいつも先生のことが好きなんだべな、とノブは得心した。こんなにきれいで学もある女性だから、惚れるのも無理はない。慣れるまでは冷たい感じがしたが、じっさいは病者や弱者には親切だし、あまり生活力がなさそうなのも逆に世話を焼きたくなるし。


「先生! 16ページまで終わった!」メルが勢いよく手をあげた。おやおや、先生の気をひきたいんだべな、とさらにノブはうなずいた。


「おれは20ページまで終わったぞ」隣の男も帳面を差し出す。おやおや。


「なんで張り合うの???」

 スーリは顔いっぱいに疑問を浮かべた。


「そりゃあ、まあ、みんな先生せんせのことが好きなんだべな」

 ノブは正直な感想をのべ、スーリは人間に構われすぎたときの猫のような顔になった。心からの不快感と軽蔑をないまぜにしたような。


「保育園かよ。やってらんねぇ」

 ひとり離れて暖炉の前に座っていた男がそう言うと、フードを深く下ろして出て行った。ノブは知らない男だったが、かれが<ノクス>であった。

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