③<夜>きたる


「なんでこんなに雪が降るんだ?! 信じられない田舎だな」


 雪のなかから助けだされ、暖炉の前で毛布にくるまれた状態での、男の第一声である。


 フードを脱ぐと、溶け残った雪で濡れたのか、巻き毛の金髪がきらきらした。瞳はヤグルマソウの青、背丈も身体つきも申し分なく、王宮の近衛兵にでもいそうなきれいな若者だ。ただ、服装はいただけなかった。年寄りの聖職者が着るような、ずるずると長いフードつきコートに、その下もだぶついたチュニックと皺のよったズボン。ジェイデンには男の職業が読めないでいる。


「<ノクス>」

 スーリは男のものらしい名を呼んだ。「なんであなたがここに?」


「なんでって、僕がいちばんここに近いからだろ」

 男は馬鹿にしたような声で答えた。「閣下かっかのご命令で、あんたの生活を確認しに来たんだよ、<軍団レギオン>。男を連れこんでるって?」


「やめてちょうだい、そういう言い方は……」

 スーリはげんなりと首を振った。「ジェイデンはただの友だちよ。家のことを手伝ってくれてるだけ」


「友だちい?」

 男はうさんくさそうにジェイデンを見た。「こいつだろ、例の王子さまは」

「なぜきみがそれを?」

 ジェイデンもまた、歓迎しかねる顔で男を見ている。「どうも、このあたりの人間じゃなさそうだな」


 スーリはしかたなしに、男をジェイデンに紹介した。

「ジェイデン、彼はザカリー。<ノクス>というのは……あだ名みたいなものよ」

「あだ名」ザカリーが鼻で笑った。


「きみとスーリの関係は?」ジェイデンは腕組みしたまま尋ねた。ふだんの温厚さはなりをひそめ、まるで尋問じんもんする軍人のようだ。


「関係?」

 ザカリーは片方の眉を器用にあげてみせた。「僕と<軍団レギオン>の? なんだ、そりゃ?」

 わけがわからないという顔でスーリを見る。スーリは説明に乗り気ではなく、ごにょごにょとささやくように言う。

「知りあいというか、もと同僚というか……」


「それを言うならお世話役だろ」

 ザカリーが言う。「こいつの痕跡こんせきを隠すのに、僕がどれほど働かされたか。そのあいだはほとんど野宿だぞ。ほんとうに腹が立つ」


 <夜>にカバーを頼んでいる、という、例の手紙の文章をジェイデンは思いだした。

「きみが魔法で彼女の気配を消しているんだな。だから、サロワからの追っ手につかまらずにすんでいる」

「そうだよ」

 ザカリーは首肯した。「こいつのひとり暮らしとやらに、どれほどのコストがかかっているか、知ってほしいね」


「それを言われると弱いわね」

 弟からの手紙を火にくべながら、スーリはため息をついた。

「弟には、あなたから説明しておいて。とにかく、心配するようなことはないからって」

「まあ、僕だってあんたの男になんか興味ないけどな」

 ザカリーはうっとうしそうに言った。「命令だからしかたない。二、三日はここに泊まらせてもらうぞ。仕事はほかにもあるし、報告書も書かなきゃならないし」


「ここに?」スーリは驚いて聞き返した。「寝台はわたしのぶんしかないのよ、ノクス」

「そこに患者用のがあるじゃん」

「だから患者用なのよ」


「この家の収容人数は二名なんだ」

 突然、ジェイデンの声が割って入った。にこやかに、だがはっきりと続ける。

「悪いけど、村にでも行って宿をあたってくれ」


「ハァ? なに言ってんだよ」

 と、ザカリー。「あんな村に、宿なんてないだろ」

「村長に言えば泊めてくれるよ。みな親切だ」

「アホか、僕の仕事をなんだと思ってるんだ? 不特定多数に顔を見られるわけにはいかないんだよ」

「じゃあ野宿か……。あ、急ごしらえだけど馬小屋があるよ」

「死ね。二名なら、あんたが出てけばいいだろ。イドニ城に戻れよ」

「いいや、戻らない。すくなくとも、きみがここにいるあいだはな」

 

 男同士のぎすぎすしたやりとりに、スーリは目をぱちぱちさせた。

「ジェイデン……。あなた急に、どうしたの? そんなふうにノクスをじゃけんにするなんて」

 もちろん客に泊まってほしくなどないが、ジェイデンが以前と違うことも気にかかったのだ。

「前は、依頼人は連れてくるわ、友だちは連れてくるわ、連れこみ放題だったじゃないの。客人が来てうれしいんじゃないの?」


「いいや、ちっとも」

 ジェイデンは笑みを深めた。「どうやら、女主人の人嫌いがうつったのかもね」


「<ノクス>も。なぜそうイヤそうな顔なの? おなじくらいの年齢じゃないの」

「子犬の群れじゃあるまいし、歳が近いくらいで男同士がベタベタできるもんか」


 男たちときたら。

 なぜそんなにもぴりぴりしているのかわからず、スーリは首をかしげた。<ノクス>は自分とおなじ、ひきこもりタイプのひと嫌いだからまだわかるが、ジェイデンの無限のコミュ力はどこに行ってしまったのか? 祭で競いあった牛飼いの若者とさえ意気投合いきとうごうするくらいだったのに。


 ジェイデンの変化について考えこんでいると、ノックの音がした。

「また客かしら。今日はずいぶん多いわね」


 めずらしいことに、スーリは自分で来客を迎えに出た。男二人の奇妙な空気に耐えられなかったせいもあるかもしれない。


「スーリ先生」

 ひんやりした空気とともに入ってきた少年が、ぱっと顔を輝かせた。大量の食料品が入った袋を肩に担いでいる。

「これ、先週たのまれたぶんだよ。それと……ぼく……」

 頬をそめながらもじもじと続けた。「ぼく、書き取りを持ってきた。先生、見てくれる?」


「まあ、メル」

 スーリは顔をほころばせながら上を向いた。「もちろんよ。上がっていらっしゃい。へんな男たちがいるけど、気にしないでね」

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