②ほんとに、友情の範疇(はんちゅう)なの?


「スーリ」

 すっかり聞きなれた声に、彼女はふり向いた。


 ジェイデンは背後から彼女の身体にストールを巻きつけ、ごく自然な流れで抱擁ほうようした。

「コートも着ずに庭に出ちゃだめだよ」


「ジェイデン……」

 男にハグされながら、スーリはもぞもぞと身じろぎした。「いつも聞くけど。これって、ほんとに、友情の範疇はんちゅうなの?」


「もちろん」

 人好きのするいつもの笑みを浮かべているのだろう、軽い笑い声が聞こえた。「仲のいい友情のなかにふくまれる」強調するときに、男の息が耳に触れてくすぐったかった。


 友情について、スーリが知っていることはごく少ない。なにしろダンスタンが唯一の友人なのだ。そしてたしかに、スーリはよく彼とハグしている。胴に腕をまわすと、長く優美な首を彼女の肩にもたせかけてくれるのだ。だが……人間同士でもそうするとは知らなかった。

「じゃあ、あなたは、その……オスカーとも、こういうことを……?」

 おそるおそる尋ねる。

「そりゃあね。友人だから」

 オスカー本人が聞いたら憤死ふんししそうな誤解を、王子は平然と肯定した。もちろん、真っ赤な嘘である。


「そんなことより、なにか知らせが?」

 後ろから抱きしめたまま、そう聞いてくる。ほんとうにこんな体勢でいいのかという疑問と、それを黙認しているうしろめたさ、そして温かな人肌の心地よさがスーリのなかでないまぜになった。男性はもちはこべる暖炉といえるほどに温かいことを、つい最近知ったばかりである。

 ため息をついて、紙片のひとつを読みあげた。


「……困ったことになったわ」

 手紙の内容を簡単に説明する。「弟は、あなたがここにいるのをよく思ってないの。男を連れこんでるって言ってきて……」


「それはひどい」ジェイデンは間を置かずに言った。


「そうよね? わたしだって、冬がこんなにものいりだって知らなかったもの。まきを割ったり、灰かきもしなきゃいけないし、お湯を沸かすのもひと苦労なのよ。わたしは生活魔法が使えないから」


「そのとおりだね」

 ジェイデンは頭をすこし下げ、彼女の耳の後ろに鼻先をくっつけた。「弟くんは、ひどいかん違いをしている」

「そうよね? 弟っていつもそうなの。わたしが不器用で不用心で、なんにもできないって思ってるのよ」

「そんなことないよ。きみはよくやってる」

 スーリの耳の、冷たくやわらかい感触を楽しんでから、ジェイデンは甘くささやいた。「おれは友情から手伝ってるだけだよ」


「釈明させるために、だれか人を送ると言っていたわ」

「人を送る?」

 ジェイデンは問い返した。「きみの弟って、サロワの宮廷魔術師だね」


「そう」

 スーリはうなずいた。

「だから部下の誰かじゃないかしら。わたしのことを知っていて、王には内密にしてくれる魔女となると、そうたくさんはいないわ」


「ふーん……」

 ジェイデンは考えるような間をおいた。「そういえば、さっき、雪のなかに埋もれている男がいたよ」


「えっ、いまどこにいるの?」

 スーリは思わずふり向いた。

「まだ雪のなかだと思うけど」ジェイデンは平然と返す。


 スーリは目をむいた。「助けてあげなかったの?!」


「きみの様子を監視にきたやつかもしれないと思ったし……」

 ジェイデンは彼女に腕をまわしたまま、器用に肩をすくめてみせた。

「誰か気づいて掘りだしてやれるよう、上の雪はよけておいたよ」


「あなた、そんな感じだったかしら?」

 スーリはおそるおそる尋ねた。「もうちょっと他人に親切な感じだったじゃない、前は?」


「残念だけど、最近は心がせまくなったんだ。どこかのきれいな魔女のせいでね」ジェイデンは悪びれる様子もなかった。


 

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