3-6.ダンスタンの楽しいジェスチャーゲーム

 あかあかと燃える火の輪の鎖は、窓の外からでも目視できるほどだった。


 帰りたくても引きとめられて帰れずにいるスーリの様子を、薄汚れた窓からのぞきこむ小さな影があった。


「なんと」

 男性の声は深い憂慮をにじませていた。「こうなるかもしれぬと思って注意をしたのだが……。やはり、わが友には助けが必要なようだ」


 女性たちは全部で8名ほどもいた。しかも、話の流れから考えるにみな魔女である。魔女バーバヤガのときとはちがい、自分のくちばしひとつで助けだすのは至難の業だろう。彼はすばやく頭をめぐらせた――ふわふわの白い羽毛につつまれた脳はごく小さいが、彼の思索は魂の深みからのぼってくるのである。


「やむを得ぬ。やつの助けを借りるしかない」

 騎士ダンスタンは足台にしていたバケツから飛び降り、急いで来た道を引き返しはじめる。勢いよくゆれる尻が、すぐに山道へと消えていった。


  ♢♦♢


 一方、そのころのジェイデンは、寝台ベッド上に半身を起こして本を読んでいるところだった。手にしているのはスーリが選んで置いていった『図かい 5さいからわかる らくのうのしごととちーずづくり』である。絵がついている本なら読みやすかろうという彼女のやさしさを、彼はどう受けとめればいいのかわからなかった。べつに字が読めないわけではなく、じっと座って本を読むのが苦手なだけなのにな。


 かたわらにはほかにも本が積んである。やはり子ども用の問答書クイズブックとか、詩集とか、ハーブの育て方についての本だ。選書が適切かどうかはともかくとして、スーリが自分のために選んでくれたという点は、すなおに嬉しいと思った。こみあげるいとおしさで風邪が全快したのではないかというくらいだ。


「とはいえ、ヒマなのはどうしようもないな」

 ふあぁ、と大あくびをする。ほんとうならいまごろはここで、チーズ転がし祭の武勇伝を聞かせつつ、賞品の特産チーズで一品ふるまうつもりだったのに。「かんじんの彼女がいなくちゃ、ここで静養してても退屈で」


 ちょうど体調も快復してきたころあいである。そろそろ病衣から普段着に着替えてもよさそうだと思い、寝台から起き上がった。チュニックを羽織り、ズボンに足を通しているところで、温室横の裏口が開いた音がして――


「ゴワワワワッ ア゙ア゙ァァァーッッ」

 けたたましい鳴き声とともに、真っ白なガチョウが姿をあらわした。あいかわらず、地獄の使者のトランペットのような鳴き声である。


「どうしたんだい、ダンスタン?」

 ベルトを締めて結びながら、王子が尋ねる。「エサの時間かな」


「ア゙ア゙ッ」ガチョウは憤慨したように羽を広げ、ジェイデンを威嚇する。


「ちがうのか……」ジェイデンは首をかしげた。「トイレ……は庭に済ますだろうし。身体でも掻いてほしいのか?」


「ヴァア゙ア゙ア゙ア゙ッ」

 ガチョウが怒って彼をつつく真似をするので、あわてて後ろに下がった。やはり、ちがうらしい。……と、急におかしな動きをはじめた。上下にぴょんぴょんと跳びはねて羽を広げている。


「虫さされかな?」

「ア゙ア゙ッ」

「ちがうのか……」


 ダンスタンの動きが激しさをました。ジャンプと羽根の動きで、しきりになにかを表現しようとしているらしい。その動作は、まるでジェスチャーゲームのようにも見え……。


「まさか、そんなはずないよな?」

 跳びはねては、ぴたっととまり、じっとジェイデンのほうをうかがってくる。その目には、たしかにスーリの言う「深い知性」が感じとれる気がしてきた。


「そもそも、きみはしゃべれるんじゃないのか? スーリはそう言ってたけど。冗談かな?」

「……」

 ガチョウは青いガラス質の目でジェイデンをななめ見た。「我輩が急にしゃべったら、おまえは泡を吹いて倒れるだろうが」みたいな顔である。まあ、たしかにね。

 

「……ジェスチャーゲーム? ほんとうに?」

「ゴワッ」

「そうなのか?」

 疑いながらも、当てにいってみることにした。なにしろダンスタンはスーリの信頼する友人だし、ゲームで仲を深めて悪いことはなかろう。将を射んとする者はまず馬を射よというし。それに、まあ、ヒマだしな。


「わかった。やってくれ、ダンスタン」

 宣言すると、ガチョウはぴりりとした緊張感をみなぎらせ、ふたたび動きをはじめた。ジェイデンは寝台に腰をおろし、あごに手をあててじっくりと観察する。


 バサバサッ。ゴワワッ。ピョン、ピョン、バササッ。擬音ぎおんにするとこんな感じの動きであった。(「ゴワワッ」は鳴き声)


「うーん、なんだろう……」

 首をひねり、目の前の動きからみちびきだされる正答はなにか考えこむ。

「怒ったインコ? ウサギ? 水泳? 狂ったガチョウ? ちがうか。……あー、大きい? 大きいんだな? ってことは……人間?」


 正解! と言うふうにガチョウが「クワッ」と鳴いた。そのまま円を描くようにくるくるとうろつき、もっと詳細を表現しようと新しい動きをはじめる。本棚に近づいたり、編みカゴの毛糸をつついたり。


「えーと。本。本を読む……読んで? ちがう? 毛糸。毛糸を……あ! その色はスーリの髪の色か。スーリ!」


「クワッ」正解!

 さらに続けて、首が締まるような苦しげな動き。


「スーリが……きゅっと締められる……ちがう? そうだよな、わっ! つつくなよ! ……」

 今度はなかなか正解にたどり着かず、あせったダンスタンにつつかれはじめる。こんなにつっつかれては、さすがのジェイデンも身の危険を……


「ああ! 危険!」

 ジェイデンは合点がいって膝を打った。「スーリが危険。そう言いたいのか、ダンスタン?」


「ゴワッ!」そのとおり!


「なんてことだ、スーリが危険なのか。……敵は? 何人いるんだ?!」


「ガッ」

 ダンスタンは台所まで走っていき、じゃがいもをくわえてきてひとつふたつと床に落とした。

「ひとり、ふたり……そうか、八人か……! これは、おれときみでは危ないかもしれないな」


「ゴワッ」


「よし。ともかく、知らせてくれてありがとう、ダンスタン。あとのことは行きながら考えよう」

 ジェイデンは剣帯をしっかりと締め、武器を忘れていないか再度確認した。ひざを曲げ、柔軟性がうしなわれていないかをチェックし、肩と腕をまわした。いきおいよく扉をあけてダンスタンを招く。


「おいで。とらわれの姫君を助けに行く騎士ふたりの図だ」

「ガッ」


 男ふたりの後ろ姿が、陽光ふりそそぐ山中へと消えて行った。

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