3-6.ダンスタンの楽しいジェスチャーゲーム
あかあかと燃える火の輪の鎖は、窓の外からでも目視できるほどだった。
帰りたくても引きとめられて帰れずにいるスーリの様子を、薄汚れた窓からのぞきこむ小さな影があった。
「なんと」
男性の声は深い憂慮をにじませていた。「こうなるかもしれぬと思って注意をしたのだが……。やはり、わが友には助けが必要なようだ」
女性たちは全部で8名ほどもいた。しかも、話の流れから考えるにみな魔女である。魔女バーバヤガのときとはちがい、自分のくちばしひとつで助けだすのは至難の業だろう。彼はすばやく頭をめぐらせた――ふわふわの白い羽毛につつまれた脳はごく小さいが、彼の思索は魂の深みからのぼってくるのである。
「やむを得ぬ。やつの助けを借りるしかない」
騎士ダンスタンは足台にしていたバケツから飛び降り、急いで来た道を引き返しはじめる。勢いよくゆれる尻が、すぐに山道へと消えていった。
♢♦♢
一方、そのころのジェイデンは、
かたわらにはほかにも本が積んである。やはり子ども用の
「とはいえ、ヒマなのはどうしようもないな」
ふあぁ、と大あくびをする。ほんとうならいまごろはここで、チーズ転がし祭の武勇伝を聞かせつつ、賞品の特産チーズで一品ふるまうつもりだったのに。「かんじんの彼女がいなくちゃ、ここで静養してても退屈で」
ちょうど体調も快復してきたころあいである。そろそろ病衣から普段着に着替えてもよさそうだと思い、寝台から起き上がった。チュニックを羽織り、ズボンに足を通しているところで、温室横の裏口が開いた音がして――
「ゴワワワワッ ア゙ア゙ァァァーッッ」
けたたましい鳴き声とともに、真っ白なガチョウが姿をあらわした。あいかわらず、地獄の使者のトランペットのような鳴き声である。
「どうしたんだい、ダンスタン?」
ベルトを締めて結びながら、王子が尋ねる。「エサの時間かな」
「ア゙ア゙ッ」ガチョウは憤慨したように羽を広げ、ジェイデンを威嚇する。
「ちがうのか……」ジェイデンは首をかしげた。「トイレ……は庭に済ますだろうし。身体でも掻いてほしいのか?」
「ヴァア゙ア゙ア゙ア゙ッ」
ガチョウが怒って彼をつつく真似をするので、あわてて後ろに下がった。やはり、ちがうらしい。……と、急におかしな動きをはじめた。上下にぴょんぴょんと跳びはねて羽を広げている。
「虫さされかな?」
「ア゙ア゙ッ」
「ちがうのか……」
ダンスタンの動きが激しさをました。ジャンプと羽根の動きで、しきりになにかを表現しようとしているらしい。その動作は、まるでジェスチャーゲームのようにも見え……。
「まさか、そんなはずないよな?」
跳びはねては、ぴたっととまり、じっとジェイデンのほうをうかがってくる。その目には、たしかにスーリの言う「深い知性」が感じとれる気がしてきた。
「そもそも、きみはしゃべれるんじゃないのか? スーリはそう言ってたけど。冗談かな?」
「……」
ガチョウは青いガラス質の目でジェイデンをななめ見た。「我輩が急にしゃべったら、おまえは泡を吹いて倒れるだろうが」みたいな顔である。まあ、たしかにね。
「……ジェスチャーゲーム? ほんとうに?」
「ゴワッ」
「そうなのか?」
疑いながらも、当てにいってみることにした。なにしろダンスタンはスーリの信頼する友人だし、ゲームで仲を深めて悪いことはなかろう。将を射んとする者はまず馬を射よというし。それに、まあ、ヒマだしな。
「わかった。やってくれ、ダンスタン」
宣言すると、ガチョウはぴりりとした緊張感をみなぎらせ、ふたたび動きをはじめた。ジェイデンは寝台に腰をおろし、あごに手をあててじっくりと観察する。
バサバサッ。ゴワワッ。ピョン、ピョン、バササッ。
「うーん、なんだろう……」
首をひねり、目の前の動きからみちびきだされる正答はなにか考えこむ。
「怒ったインコ? ウサギ? 水泳? 狂ったガチョウ? ちがうか。……あー、大きい? 大きいんだな? ってことは……人間?」
正解! と言うふうにガチョウが「クワッ」と鳴いた。そのまま円を描くようにくるくるとうろつき、もっと詳細を表現しようと新しい動きをはじめる。本棚に近づいたり、編みカゴの毛糸をつついたり。
「えーと。本。本を読む……読んで? ちがう? 毛糸。毛糸を……あ! その色はスーリの髪の色か。スーリ!」
「クワッ」正解!
さらに続けて、首が締まるような苦しげな動き。
「スーリが……きゅっと締められる……ちがう? そうだよな、わっ! つつくなよ! ……」
今度はなかなか正解にたどり着かず、あせったダンスタンにつつかれはじめる。こんなにつっつかれては、さすがのジェイデンも身の危険を……
「ああ! 危険!」
ジェイデンは合点がいって膝を打った。「スーリが危険。そう言いたいのか、ダンスタン?」
「ゴワッ!」そのとおり!
「なんてことだ、スーリが危険なのか。……敵は? 何人いるんだ?!」
「ガッ」
ダンスタンは台所まで走っていき、じゃがいもをくわえてきてひとつふたつと床に落とした。
「ひとり、ふたり……そうか、八人か……! これは、おれときみでは危ないかもしれないな」
「ゴワッ」
「よし。ともかく、知らせてくれてありがとう、ダンスタン。あとのことは行きながら考えよう」
ジェイデンは剣帯をしっかりと締め、武器を忘れていないか再度確認した。ひざを曲げ、柔軟性がうしなわれていないかをチェックし、肩と腕をまわした。いきおいよく扉をあけてダンスタンを招く。
「おいで。とらわれの姫君を助けに行く騎士ふたりの図だ」
「ガッ」
男ふたりの後ろ姿が、陽光ふりそそぐ山中へと消えて行った。
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