3-7.イサック村チーズ転がし祭の王者

 そのころのスーリは、まだ魔女たちの家にとらわれたままだった。〈ヒーラーズ・ネットワーク〉についての、うんざりするほど長い勧誘文句を聞かされつつ(「あやしい組織じゃないのよ。うわさを信じないでほしいの」「ほんとにいい鍋だから、あなたに使ってほしくて」「ここにふたつの洗剤がありまーす。ひとつが市販のもので、こっちがのね。汚れたお皿に、ほら、こうやって垂らすと……ねっ!! すごい違いでしょ?!」)、そのあいまに魔法を見せろとおどされていた。うわさに聞く魔女狩りはこれよりおそろしいかもしれないが、うっとうしさと疲労困憊の度合いでは、こちらのほうが勝っているのではと思うほどだ。


「ね? 不安になることなんかないのよ。あなたの魔法を見せてちょうだい」

 魔女オルフェアが言う。その眼前には、鎖のような火の輪がおどる。ゆらゆら、ゆったりと動き、じっと見つめたくなるような力があった。


「だから、わたしは魔女じゃないと言ってるでしょう」

 スーリは窓際まで追いつめられていた。前には魔女たち、後ろは窓。だが、スーリの身体能力で窓から逃げるのは至難のわざと思われた。

「早くここから帰すほうが、あなたたちの身のためよ」


「あら。やはり仲間がいるのかしら?」

 オルフェアは興味をそそられた顔つきになった。「友だちのひとりもいなさそうなそぶりだったけど」

「ひとりでじゅうぶんだわ、こんな茶番。徒党ととうを組まないと勧誘もできないの?」


 スーリの挑発に、魔女の唇がひきつった。

「あまり強情だと、心のなかに入らせてもらうことになる。それは魔女どうしでもマナー違反だし、あなたもイヤでしょう?」

「わたしの心をのぞく? ……そんなことをすれば、後悔するのはあなたのほうよ」


 スーリのセリフを、魔女はこけおどしだと受け取ったらしかった。「あらまあ」と、馬鹿にしたような酷薄な笑みを浮かべる。

 爪の長い細い指が、焦点を結ぶように動いた。ぼんやりと青白い光がそこに出現する。

「そんなにいうのなら、心をのぞいてみないといけないかしら」


 スーリは魔女をねめつけた。「……警告はしたわよ」


「興味をそそられるわね。あなたのような強情な魔女の心というのは」

 指先が動き、ほとんどスーリの胸に触れそうだった。青白い光が不気味に明滅し、身体のなかに入って行こうとして……。


――ドンドンッ。


 光は音に驚いたようにかき消えた。

 重いノックの音に、魔女たちもと背後をふり返った。鍋をかかえた魔女がおろおろと言う。

「オルフェア先生……どうしましょう……」


「落ち着きなさい!」

 オルフェアはと魔女たちをにらみつけた。

「大の男が三人がかりでも、開けられるはずないわ。メラニーの魔法で、かんぬきをかけてあるんだもの。……そうよね、メラニー?」

 メラニーと呼ばれた魔女が、あわててうなずく。


「いったいだれが……」

「集落から村に連絡が行ったのかも。それで巡察隊が……」

「そんなに時間は経ってないわ。きっと集落の連中よ」洗剤、タッパー、浄水器をそれぞれ持った女たちがささやきあう。


――ドンドンッ。


 音は激しさを増すが、あいかわらず扉はびくともしない。オルフェアが勝ちほこった。

「ほーら、やっぱり開かないじゃないの。おろかな男たちね」


 だが、続いた音はこれまでと違ったものだった。

――ドン、ゴン、バキ、バキィッ! ブモモッ!

 擬音であらわすとこのようになるだろうか(「ブモモッ」は鳴き声)。


「……え?」

 固い木の扉が破壊されるけたたましい音に、オルフェアはあっけにとられたように固まった。黒い目が驚きに見ひらかれている。「なに……?」


「開けられなくても、壊すことはできるみたいね」スーリがつぶやく。


 まさかドアを開けずに破壊されるとは思っていなかったのだろう。その場にいたほかの魔女たちも同様である。


「だから、早く帰してって言ったのに。もう遅いわ」


 スーリだけは、なんとはなしにイヤな予感がしていた。家を出るときの、あの男のしょんぼりした顔。いさんで散歩に出ようとしたら雨が降っていたときの犬のような顔だった。あの男と犬との共通点は、人間とのふれあいと外出が三度の食事より大好きだということ。そして違うところは、あの男の行動に人間の帯同つきそいが必要ないということだ。だが……。

 

 破壊された扉からは陽光がさしこみ、気性のあらそうな牛と、数名の男たちを逆光でふちどっていた。牛はまだ暴れたりないというように地面をひっかき、男たちの手には武器……ではなく、農具がしっかりと握りしめられている。


「そこまでだ! 彼女を解放しろ!」

 牛の鼻息を背景に、ひとりの男が声高らかに宣告した。男たちのなかで唯一、帯刀しており、芥子色のキルティングジャケットと細身のパンツ、ブーツが、すらりとした長身をつつんでいた。


 オルフェアが男をきっとにらんだ。

「何者なの?!」


「尋ねるならばしいて名乗ろう」

 聞きおぼえがある声が、ろうろうと口上を述べた。鼻から下を派手なスカーフで覆っているが、だれなのかは一目瞭然だった。すくなくともスーリには。


「聞いておのが不遜ふそんを恥じるがいい。――おれは……、イサック村チーズころがし祭の、今年の王者だ!」


「は?」オルフェアの疑問の声はもっともなものであった。が、あまりに小さすぎて流れ去ってしまった。


 男たちのむさくるしい声があとに続いた。

「おなじく、今年の準王者! トムリン集落のダグ!」

「去年の王者もいるぞ! ボールト集落のワッツ!」

「家族で殿堂入りの絶対王者、イサック村ホヴィッツ兄妹の兄ブーリー・ブルシット……」

 その誇らしげな名乗りは、あたかも騎士の名乗りのごとくである。

「なんの、五十年前の王者もいるぞい」

「あたしはホヴィッツ兄妹の妹、皆殺しのリジーさ!」

「俺はいつも参加賞だけど来た!」

「ブモオオッッ」


「なっ……なに?! なんなの、この男たち??!」

 魔女たちはざわめき、安全な場所を求めて後ずさった――自然と、スーリを取り囲む形になる。



「外出は医師わたしの許可が出てから、と言ったのに」スーリはひえびえとした目線を男へ送った。

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