3-5.スーリ、魔女集団の勧誘を受ける

「たくさんお金をかせいで、やりたいことを自由にやれたら素敵じゃない? もっと広い作業場を借りたり、術道具も最新のものを買えるし、服や食べ物だって……」と、オルフェアが手をもみながら尋ねた。


「いまでもじゅうぶん、やりたいことをやって生活しているわ。寝たい時間に寝て、起きたい時間に起きて、好きな本を読んで」

 スーリは答えた。この場にジェイデンがいれば、「そうだね、きみはやりたいようにやってるよね」と賛同してくれたにちがいない。


「ふう」

 オルフェアは悩ましげなため息をついた。「こんなことを言っておせっかいかもしれないけど、あなたのためになると思って言うのよ。……つまり……私たちの会に入らない? みんなでいっしょに、たがいの技量を高めあっていけたらなと思うの」


「さっきからの話だと……それって互助会みたいなもの?」

「ええ。そんな感じよ」

 オルフェアの笑みにようやく自信が戻った。「人の輪がひろがるのって素敵でしょ? 私はいつも出会いに感謝しているの。こうやって、いろんな人に会って人脈を作ることで、お客さんにもばんばん情報が届くわけよ」


「悪いけど、べつに患者を増やしたいと思ってないの。ひとりでも持てあますのに……」

 スーリは肩をすくめた。「遠慮するわ」


 女性はまだあきらめるつもりはないらしい。あの手この手で誘ってくる。「現状を維持するだけではだめよ。開業するなら、目標は高くもたないと」

「……」スーリは黙ってパイを口に運んだ。

「あなたもね、心のどこかではわかっていると思うの。知性のある女は、自然と高みを目指すものだから……」

「……」

「心のなかに問いかけてみて。あなたのほんとうの気持ちを……。あるでしょう? ほんとうはこうなりたいっていう、あなたの理想の姿が」


 スーリはカトラリーを置き、ようやくオルフェアのほうを向いた。

「むかし、そんな理想を思い描いていたわ」

 そういうと淡々と続ける。「そしていま、その理想のなかで暮らしている。自分の家と仕事と、信頼できる友人と。ほかに望むものはないわ」


「……個性的な考えね」

 この女たちの集団においてオルフェアがリーダーのようだったが、スーリの勧誘がなかなかうまくいかないことにいらだちを見せはじめた。とりまきたちはその様子をこわごわと見守っている。


「もっと身近なお話のほうが、興味がおありかもしれないわね。生活の役にたつような……」

 隣の女性がとりなすように話しかけた。「ところでスーリさんは、なんの魔法をお使いになるの? 私は治癒が専門なんだけれど」


「魔法? いったい、なんの話?」

 スーリは眉をひそめた。「わたしは薬草医で、魔女じゃないんだけど。あなたたちはちがうの?」


 その場にかすかなざわめきと困惑の気配が広がった。

「魔女じゃない?」

「魔法はお使いにならないということ? 治癒魔法も、ほかの魔法も?」

「まさか」

「じゃあ、〈ネットワーク〉にも……」


「なにかおおきな行き違いがあるみたいね」

 スーリは立ち上がった。ほんとうに、よくよく魔女にからまれることが多い。あのバーバヤガといい、今回の女たちといい……。

「あなたたち、魔女仲間を勧誘してるつもりだったの? それなら、わたしとは職業がちがうわ。人ちがいっていうことでいい? これで帰らせてもらうけど」


「でっ、でも、オルフェア先生が……」

 ロザムンデはふたりのあいだでおろおろと視線をさまよわせた。「このあたりにいる仲間を遠視なさったんですよね? それで先生があなたを連れてくるようにと……」


「インチキなんじゃない?」スーリはあっさりと言う。

「魔女なら村のはずれにもう一人、性格の悪いのがいるわよ。名前はオリガっていうらしいわ。彼女を勧誘するといいわよ」

 それが魔女バーバヤガの本名なのである。

 なぜ知っているかといえば、ジェイデンから聞いた。魔女を連行した彼はフィリップに報告だけしたものの、調査ののち村の住処すみかに戻してやったのである。村人たちの話ではまじないで迷子の牛を呼び戻したり、効きもしない媚薬を売ったりして日銭を稼ぐ無害な老女とのことだった。

 もちろん、そうでないことはスーリだけが知っているが、かといって十字架にかけて火あぶりにされてほしいとまでは思っていない。なのでジェイデンの語るてんまつを黙って聞いていたのだった。

(それにしても、わたしには名前を言わなかったくせに、王子にはあっさり教えるんだから。現金なババアよね)

 それとも、ジェイデンのコミュ力がそれほど発達しているのだろうか。


「魔女じゃない……」

 オルフェアはつぶやいた。「ほんとうに? あなたの背後に、大きな力を感じるわ。あれが契約者なら、そうとうの……」


「ちがうと言ってるでしょ」

 冷たく返す。「じゃ、失礼」


「お待ちなさい」

 オルフェアが指を伸ばしてスーリのほうへ向けた。と、腕輪くらいのサイズの、燃えるなにかが飛んできた。


「きゃっ」

 スーリは思わず悲鳴をあげ、とっさにかがみこむ。ぼぼっという音とともに、火の輪が頭上をかすめていった。

「ちょっと! なにするのよ!!」


「火を消せない……」

 オルフェアは手を口もとにあてて考える風情になった。「火と水の魔法は、どんな魔女でもほぼ、基本として持っているものだけど……」

「だから、魔女じゃないと言ってるじゃないの」

 スーリはいらいらと言った。「もう帰りたいんだけど。へんなことをするのはやめてちょうだい」


「オルフェア先生……」

「ほんとうに、彼女は違うんですの?」

 女性たちの困惑するような視線に、オルフェアも顔をこわばらせた。このままスーリを帰すと、自分の千里眼が疑われるとでも思っているのかもしれない。


「女性がひとりで暮らしていると、どうしても用心深くなるものよね。……でも、心配しなくていいのよ。ここにいるのはみな、あなたとおなじ能力をもつ女たちなんだから」

 猫なで声で聞いてくるが気持ち悪い。「不安がらずに、どんな魔法を使うのか教えてちょうだい」


「だから、なんど言えばわかるの? わたしは――」


 言いかけたスーリの目の前で、火の輪がおどった。


「きっと魔法を使いたくなるはずよ。これを見ればね。……時間はゆっくりあるわ」


 火の輪が鎖のようにつながり、彼女の行く手をはばんでいた。


「スーリさんもきっと、この出会いに感謝してくれるはず」

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