1-3.流される薬草医と押すコミュ強、出会いのきっかけ
ぽかんとしているスーリに、娘は話をつづけた。
「ばあちゃんがいなくなっちゃったんです。二日前、ペカンナッツを拾いに行ってくるって言ったまま、戻らなくて。最近ちょっとボケはじめてたから、お父ちゃんも心配してて。それで、魔法で探してもらおうと思って……うわさの白魔女に……」また怒られると思ったのか、娘の語気が尻すぼみになる。
またそれか。スーリはいいかげんに忍耐がつきかけてきた。
「わたしは魔女じゃなくて薬草医だと、なんど言ったらわかるの?!」
「す、すみません! すみません!」
「人探しなんて、薬草医の仕事じゃないわ。とっととここを出て、役所にでも頼みにいくのね」
スーリは立ち上がり、娘を追い出しにかかった。「……まったく、そんなことでわずらわされるなんて。さ、早く出ていかないとわたしが魔女に頼んであなたを呪うわよ」
「ヒイィ、すみません、呪わないで~」まじないをかけられると思ったのか、娘は頭をかばった。
「人探しね。気になるじゃないか」
隣で聞いていた王子が、笑顔のまま声をかけた。目のつんだ高価な布や、糖蜜パイを思わせる声だ。女がみなうっとりと耳をかたむけるような。
「彼女じゃなくても、もしかしたらおれが力になれるかもしれないよ。くわしく話してごらん」
「きゃっ、本当ですか?!」娘の顔が現金な喜びにかがやいた。「ご連絡さきも聞いていいですか!?!?」
「勝手なことを」スーリは男をにらむ。「ここはわたしの家で、この娘はわたしの依頼人よ。口を出さないで」
「だけどきみは、彼女を追いだそうとしてるじゃないか」
この男と不本意ながら知り合ってすこし経つが、ジェイデンはじつにさまざまな笑顔のバリエーションを持っていた。今日も、「悪意のなさを証明します」と言わんばかりの笑顔を向けてくる。
「きみの役に立ちたいんだよ、かわいい白魔女さん」
「ゲロが出そう」スーリは真顔で言った。
「ここに出していいよ」男は手のひらを受け皿の形にした。
「最悪……」
ペースが乱されるのは大嫌いだ。だから人とかかわりたくないのにとスーリは思った。仕事などはじめなければ、こんな男にわずらわされずにすんだのに。働いて自活しようなんて、そもそも考えなければよかった。減る一方の貯金を見つめながら楽しくひきこもっておけばよかった。
「あのう、魔女さま……?」
「薬草医!」
「や、薬草医さま」
ポリーがおそるおそる切り出した。
「とにかく、お話してもいいですか? おばあちゃんがいなくなっちゃったときのこと」
♢♦♢
♢♦♢
娘が話し終わると、スーリは手を打った。
「考えてみるまでもなく、人探しは薬草医の仕事じゃないわ」
そもそも論である。「行政、つまりあなたの仕事では、ジェイデン王子?」
なぜそこにすぐ思い至らなかったのだろう。スーリはとても賢い娘なのだが、押しに弱い。この娘やジェイデンのようなぐいぐい来るタイプには腰がひけてしまうのである。
「おれは領主じゃないし、裁判権も初夜権もない、ただの王の三男なんだけどな」
ジェイデンは軽く嘆息した。「でも、こうして話を聞いてしまったからね。なにか力になってあげたいと思うよ」
スーリはうんうんとうなずいた。「よい心がけだわ。じゃあ、彼女の依頼をお願いね。わたしはこの後の予定がありますから」
立ち上がって『このお話はおしまい』のポーズをとるスーリに、ジェイデンが疑わしいまなざしを向けた。
「ローズヒップの茶を飲みクッキーをかじりつつ本を読む予定? その後はガチョウと近所を散歩する?」
「なぜあなたが、わたしの予定を知っているの?」
「先日、それで買い物のつきあいを断ったじゃないか」
「……」
ふたりは顔を見合わせ、しばし沈黙が流れた。
沈黙を先に破ったのはジェイデンだった。
「じゃ、こうしよう。おれは彼女の人探しを手伝う。きみはおれを手伝う。それで、芝居の約束は今回はなしということで。全員にとって悪くない話だろ?」
「うーん……」
そうだろうか? 芝居に行かなくていいというのは、ありがたいけど。
「でも、人探しって疲れそう……どっちにしても外だし……」
迷うスーリに、娘がたたみかけた。
「元気だして。あたしもクッキー焼いて持ってきますから、魔女さま」
「うーん……」
「バターと卵と、あとお砂糖もいっぱい入れて」
「そうねぇ……」
♢♦♢
うまく丸めこまれた、とスーリが気づいたのは、それからすぐのことだった。なにも、王子の提案にしたがう義理などなかったのである。それを言えば、観劇だの買い物だのにつきあう理由だってひとつもない。本人の言うとおり、ジェイデンは裁判権も初夜権もない、ただの王の三男なのだから。『AとBどっちがいい?』みたいな初歩的な交渉術でなしくずしにOKしてしまったスーリがまぬけだったのだ。「姉さんは頭がいいわりにチョロい」と弟から言われていたことを思いだす。かつての上司もそれを利用して――いや、やめよう。思い返したくない過去だ。
ぽくぽくとのどかな足音がして、スーリは馬上に揺られている。王子は一度城にもどり、領主のフィリップ伯に報告したのち、男手を集めて戻ってきた。行き違わないよう、娘は家で待つことになっている。村で合流したスーリと捜索団は、打ち合わせを終えると森に入った。
目の前に広がるのはホップの収穫も終わり、すっかり見通しがよくなった森。秋が深まるにつれ、豊かないろどりを見せている。カエデの黄色に、ニシキギの赤、カルーナの紫……。
「馬を見ると、きみとの出会いを思いだすね」
ジェイデンが快活に言った。馬をスーリに貸したので、彼のほうは徒歩である。「あれは先月のことだったか。狩りに出かける途中で、落馬したおれをきみが手当てしてくれて」
この森は国境沿いにあるフィリップ伯の領地のなかにある。王の所有であるため、『ご禁制の森』と俗に呼ばれていた。村民たちの立ち入りは制限されており、貴族たちが遊興目的でおこなう狩猟のため、動物の捕獲は罰せられる。木一本さえ、許可なく切ることはできない。とはいえ村民たちにとって悪いことばかりでもなく、森の保全という名目で働き口があるし、狩猟シーズンには貴族たちの世話で日銭を稼ぐこともできる。
ジェイデンも狩猟目的でやってきた者のひとりだった。そしてスーリは、許可証を持って薬草摘みに出かけ、落馬した王子にそこで出くわしてしまったのである。
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