1-2.『予定なし』は暇って意味じゃないんですよ
スーリのすてきな家は里山のなかにあり、周囲はひらけていて日当たり抜群、近隣の村までは徒歩で買い物に出られる距離とアクセスもよく――つまり、一日に二人の来客も決してありえない話ではなかった。
こんなことならもっと山奥のへんぴな場所に
「来客は一日にひとりまでと決めているの。どこが悪いか知らないけど、またにして」
男に向かって仏頂面でそう告げる。
が、男のほうは断られたとは受け取らなかったようだった。
「とくにどこも悪くしてないよ。『近所まで来たから』って言ったじゃないか」と言った。「あと、芝居に誘ったの、おぼえてる?」
忘れていたわけではなく、無視していたのである。スーリはそのやりとりを思い返すのがイヤすぎて、虫を飲みこんだ犬のような顔になった。
「どうやらおぼえてくれてたみたいだね。ちょっとすごい顔になってるけど」
ジェイデンが首をかしげると、後頭部に流しかけて落ちた髪が目じりにかかった。短髪が無精で中途半端に伸びたのだろうが、腹立たしいほど似合っている。
「あんな約束は無効だわ! 『お城のティーパーティーと観劇、どっちがいい?』なんて。コカトリスの吐しゃ物にまみれるか、トロールの糞のうえで転ぶかのどちらかを選ばされるようなものよ」
だいたい、『どちらかを選ばせる』ことでNOという選択肢を排除する
「芝居がイヤなら、庭で秋咲きの薔薇でも見る? 庭師もよろこぶと思うし」
「そういう問題じゃないの。そもそも家から出るのが無理」
「だけど、きみにだって休みの日くらいあるだろ」
ジェイデンは『よくわからない』という顔つきになった。「休みの日にはどうせ、どこかに遊びに行くだろう? それなら一回くらい、おれと観劇に行ってくれてもいいと思うんだけど」
「あーっ、そういう発想! そこがあいいれない!」
スーリは額に手を当てながら首をふり、おおげさに嘆いた。
「まずわたしのような人間は、休みの日にどこかに遊びに行くという発想をしないものよ」
そして堂々とひきこもりの持論を述べた。「休みの日には予定がない状態を楽しむの。なにか予定を入れてしまったら、そのことが気にかかって休まらないじゃないの」
「そうかなぁ……」
ジェイデンは直線的にととのった眉をしかめ、あごに手を当てて『ますますよくわからない』のポーズをつづけた。「一日を有意義に過ごせて、おれは楽しいけどな」
「だれかと会ったり遊んだりしないと、『休みを無駄に過ごしちゃったな~』って夜、後悔しません?」娘もジェイデンに同意するふうだった。
「ねえ?」
「ですよ~」
娘と王子が理解しあう様子を、スーリは冷たく眺めた。「気が合うようだから、ふたりで行ってきたらいいじゃないの。どれほど世間とずれていようと、わたしはわたしの生き方をつらぬく
「じゃあ、まあ、その話はまた後にしてさ」
ジェイデンが気やすく話を変えた。「娘さんの依頼を聞いたら?」
「あなたが急に来るから、中断されたんじゃないの」スーリは奥歯を噛みしめながら言った。
「おかまいなく。どうぞ続けて」ジェイデンは気にした風もなく、にこにこしている。
「患者にはプライバシーが必要よ」
「あっ、あたしは大丈夫です!!」娘が割って入った。「王子さまに聞いてもらえるなんて、光栄ですぅ~」
スーリが娘をにらみつけたが、時すでに遅し。「ほら、この子もいいって言ってるじゃないか」
それで、スーリに拒否権はなかったのである。
♢♦♢
このすてきな家には、ささやかな応接間もある。といっても、主人のスーリが人嫌いのため、立派な椅子はガチョウの昼寝場所になることのほうが多かったが。診察室を兼ねているので、奥には簡易寝台と
今はその椅子にジェイデンがかけ、もうひとつの椅子にスーリが、予備のスツールに娘が座っていた。腹立たしいが、
いや、今はやめよう。娘の依頼のほうが話が先だ。
娘は村の牛飼いの娘でポリーと名乗った。
「じゃ、患者について聞かせてもらうけど……あなたはどこも悪くなさそうね? 家族のだれかが悪いのかしら?」
スーリが尋ねると、娘は「はい、あの、祖母が……」と答えた。村には牛の病気を見る老医師がおり、人間でもちょっとしたケガなどは対処してくれる。重い病気となれば馬を使って町まで出て、そこの医者にかかる。つまり、開業したての薬草医であるスーリのもとをおとずれる患者は、ごく少なかった。なので、急患ではないと判断したのである。
「患者はおばあさまね」
スーリは確認した。「連れてくることはできない容体なのね? いつごろからお悪いの? 家はどちら?」
「いえ、そうじゃなくて、祖母は家にはいなくて……」娘は歯ぎれわるく答えた。
「家にいない? 病気じゃないの?」スーリは眉をひそめた。
「いえ、行方不明なんです。病気じゃなくて」
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