白魔女スーリとコミュ強王子

西フロイデ

Book Ⅰ 新米薬草医の迷惑な依頼人たち

第一話 ひきこもり薬草医、人探しを依頼されて困惑する(「老女と薔薇」)

1-1.わたしは薬草医で、魔女じゃないんだけど

 薬草医スーリは、「いつもとおなじ」が好きだ。


 森のなかの、ひっそりしたすてきな一軒家を思い浮かべてもらいたい。スーリはそこに住んでいる。お気に入りのベッドで昼ちかくに目をさまし(宵っぱりなのだ)、大事なハーブ園を手入れし、質素な食事をすませる。長いつきあいのガチョウと付近を散策さんさくし、仕事についてのひらめきを得る。夜は書きものや調べものをし、好きな時間にベッドに入る。およそこういう生活を送っており、それに心から満足している。もちろん医者だから、患者をる時間もあるが、その頻度ひんどは少ないほうがよい、とスーリは思っていた。できるかぎり働きたくないでござる。


 もよりの村までは、焼きたてのパンがほどよく冷めるくらいの距離がある。患者やその家族が彼女を訪ねてくるのと、スーリ自身が食料や日用品を買いに行くのをのぞけば、村とのはほとんどない。だから彼女の日常は、望みどおりの平穏につつまれていた。ついさっきまでは。


 ついさっきまでは……。スーリは顔をしかめて来訪者を出迎えた。


「す、すみません、とつぜんお邪魔して……あたし、どうしてもお願いしたくて……」


 若い娘が、おどおどと頭を下げている。鼻の頭にそばかすの浮いた、素朴そぼくな田舎娘だ。対するスーリは毛織ウールの作業着姿。目の前の娘とさほど年齢は変わらないが、冷ややかな落ち着きは彼女をいくらか年長に見せている。娘の目には、近隣で「白魔女」とあだ名されるスーリの容姿がよく見えていることだろう。雪のように白い肌、綿花の髪色、ごく薄い灰色の目。

 決して魔女じみた不気味な容貌ではない。むしろ美女といっていいのだが、雪山がとつじょ人格を持って里へ下りてきたみたいな見た目のせいで、奇妙なあだ名をつけられているのである。


「今日は『地衣類大全』の第5章を読みすすむつもりだったのに、お客なんて……」

 スーリの口からもれたひとりごとに、娘は首をすくませた。「すみません、すみません」

「あなたは気にしないで。来客がすごく嫌いなだけだから」

 スーリの返答を聞いて、娘はこわごわとうなずいた。

「やはり、魔女のかたというのは性格がねじれておられるんですね……」

「魔女?!」

「『森の白魔女』って……」

「や・く・そ・う・い!」

 スーリはと目を見ひらいて叫んだ。「わたしは魔女じゃなくて薬草医! 復唱しなさい!」


 コンコン。


「イヤーッ、呪い殺さないで!」娘は風に揺れるポプラのように震えた。


 コンコン。


「だから、わたしは魔女じゃないと……」

 言いかけたスーリは、ふたたびのノックの音に首をめぐらせた。「なに?」


 つい今しがた、娘が入ってきたばかりのオーク材の扉から、今度は若い男が顔をのぞかせた。天気がいいのだろう、男が入ってくるとぱっと光が差し、扉が閉まるとともにほこりに反射してきらきらと光った。娘が身体をどけると、男はにこっと笑いかけてやる。


 入ってくると、イヤでも目につく容姿である。

 室内では濃灰色がかって見えるダークブロンドに均整の取れた身体つき。背は高いが、粉屋のノブのように桟に頭をぶつけるほどではない。服は上等だが、目立ちすぎるほどではない。美男子だが、女性に警戒心をいだかせるほどではない――スーリ以外には。

 スーリは靴下の匂いをいだ猫のような顔になった。


「やあ、スーリ」

 男はほがらかに声をかけた。「近所まで来たから、寄ってみたんだけど。元気かな? 靴下の匂いをいだ猫みたいな顔だね」


 スーリは口もきかなかった。男の顔を見るのがイヤすぎたのである。


「きゃあ」隣から黄色い声がした。

「あ、あの、もしかして、そこにいらっしゃるのはジェイデン王子では?」


 いつのまにか隣にきていた娘が、スーリの脇腹をつついてささやいた。顔を赤くして、目を輝かせている。スーリは娘の手をはたいた。「知らない男よ」


 が、娘はあきらめない。

「でっでも、お城に王子さまが滞在なさってるって、洗濯娘たちが噂してたんです。ご禁制の森で領主さまと狩りをなさるんで、この秋はずっといらっしゃるんですって。濃い髪色に優しそうな茶色の目で、うなるほどお金を持ってるとか」

 そう言うと、指でわっかを作って「お金」をしめした。スーリは眉をしかめたままだ。


「興味がないわ」

「そんなこと言って~! 魔女さま、魅惑の魔法チャームとかで王子さまをここまでおびき寄せたんでしょ?! すっごい手わざ! さすが白魔女さま!」

「だからわたしは魔女じゃないと、なんど言えば……」

 本当に、このやりとりがもううんざりするほどくり返されているんである。


 生活のためにしかたなくはじめた仕事だが、やはりやめておくべきだったとスーリは歯がみしている。はじめるにしたって、もうすこし様子を見たってよかった。落ち着くために二、三か月待って、冬は開業にはむかないからさらに四か月待って、そのあいだ快適な家のなかで思うぞんぶんひきこもるべきだった。一日に二組の来客など、スーリの精神的な許容範囲を超えている。まったく、なんという一日のはじまりだろう。


「お客さん? 繁盛してるみたいで、よかったね」

 女性ふたりのずれた会話(というか、一方的に盛りあがっている娘の声)を、二人目の来客――ジェイデンは笑顔で聞いていた。扉横の壁に背をもたせて、リラックスした体勢で。「なにしろおれも、君に助けられた一人だ」


「放っておくべきだったわ、今となっては」

 スーリは男をにらんだ。なぜ一日に二人もの客を相手しなければいけないのか。本当なら、今ごろは光あふれる書斎で『地衣類大全』を読み進めているはずだったのに。ジャムののったクッキーとローズヒップのお茶。室内を歩きまわってはキャベツをつつくガチョウ。ああ、心から渇望してやまない平穏な日常がおびやかされようとしている。娘は客だからとにかく、この男は今すぐにでも追い出したい。


 それには理由があった。男が形のいい唇をひらく。


「おれと芝居を見に行ってくれるという話は、どうなったかなと思って」


 これである。

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