失われた記憶を求めて

広畝 K

失われている記憶

 目を覚まして起き上がると、そこは見覚えのない部屋だった。


 壁は煉瓦、床は板敷き、天井は高いが二階は無い。


 ベッドもソファもリビングもキッチンも玄関も纏まっている、かなり広めのワンルームだ。


 暖炉には火が点いており、薪も幾つか重ねられていて暫くは放っといても消えそうにない。


 テーブルの上には走り書きのメモが置いてあり、「ここにあるのは自由に使って」と書かれている。


 書かれている言語は見たことのない形をしており、少なくとも日本語ではない。


 にも関わらず、それを見た瞬間に理解できるのはどういうことなのか。


 少なくとも、私は日本語以外に浮気することなく生きてきた筈なのだが。


 ――いや、もしかして。


 そう思ってトイレであろう扉を開け、洗面所に入って驚いた。


 洗面所に驚いたわけではない。洗面所の鏡に映った自身の姿に驚いたのだ。


 日本人としての造形ではなく、どちらかと言えば西洋系の造形が映っている。


 しかも碧眼美白の美少女だ。


 背は低くないが、然程に高いこともない。


 肩まで掛かった金髪は重さを感じず、手で梳いてみれば指に引っかかることもなくさらりと流れる。


 目つきは少々鋭いが、美貌を損なう程でもない。


 ……あ、催してきた。用を足そう。



 ***



 用を足した後に気付いたのだが、身体の動きに戸惑うことが無かった。


 日本人としての意識は男性なのだが、美少女になっても少しの違和感もないのである。


 少しの違和感も無いことに、逆に戸惑いを覚えるほどだ。


 というかよくよく考えれば、日本人であるというこの認識は感覚によるものであって、記憶に基づくものではない。


「そもそも、記憶が無いんだが……」


 以前の名前も現在の名前も少しも思い出せない。


 この場所がどこであるかも分からない。


 基本的な計算や単語の記憶はあるが、生活に必要な記憶もあるが、人名や地名や通貨の単位などといった重要そうな記憶は一切抜け落ちている。


「こりゃちょっと、家から出られんぞ……」


 まずは情報収集をしないと始まらない。


 少なくとも、この世界の基本知識を知らないと動くに動けない。


 幸い、ワンルームにある本棚にはぎっしりと本が詰まっている。


 そこから何かしらの情報を得られることを期待したいところだ。


 が、それはまた次の機会としておこう。


 眠くなってきたので、寝ることにする。


 扉の鍵は三つ掛かっているし、窓も天井付近にあるだけなので、それほど心配は無い。


 ということでおやすみ。

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失われた記憶を求めて 広畝 K @vonnzinn

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