番外編2:結菜視点SS「セフレ、スーパーハッカーになる1」

■本編「7-1 海の日。ドライブ。夕焼けの手つなぎ。」(https://kakuyomu.jp/works/16816700428652777862/episodes/16816700429381565499)の前日譚です。主人公木戸が菜々美ちゃんグループに飲み会で諭吉扱いされていたちょうどそのとき(6-1~6-3)、自宅でひとり結菜がなにをしていたのか。結菜視点のショートストーリーになってます。






「さて……」


 ライティングデスクに陣取ると、あたしはお兄のノートパソコンのディスプレイを開いた。


「お腹もいっぱいになったし、今晩こそ、例の作戦、実行しなくちゃ」


 今日はお兄、飲み会があるとかで遅くなる。絶好のチャンスだ。


 独りっきりの寂しい晩ご飯を終え、洗い物もお風呂も済ませてある。お兄が帰ってくるのが夜の十時とすれば、あと三時間はある。余裕っしょ。


 というのも、お兄、海の日絡みで休みを取って、あたしを伊豆旅行に連れてってくれるんだって。二泊三日。ゴールデンウイークの箱根以来、久しぶりの「お泊まりデート」だ。今度こそ、お兄にエッチなことをしてもらわないと……。


「なんたって箱根では酔っちゃって、用意したゴム、無駄にしただけだったもんねー」


 駅前のドラッグストア「ココカラH」で、恥かきながらやっと買ったゴムだったのに。箱根で晩ご飯食べてるとき、「いよいよこれからエッチだ」と思ったら恥ずかしくて、お兄がトイレに立ったとき、お酒、ごくごく飲んじゃった。


 緊張を解こうと思ったんだけど、想像以上にふらふらになった。いつもお兄が飲んでる缶チューハイじゃなくて、日本酒だったからかな。日本酒、ヤバいっしょ。


 隠してたゴムの箱取り出したまでは覚えてるんだけど、後はぼんやりしか思い出せない。


 あたし、酔っ払ってゴム引き出して膨らませたりして遊んだみたい。呆れたお兄に、全部捨てられちゃった。


 それにあたしも、エッチどころか、記憶すら曖昧。浴衣はだけて裸同然のあたしをお兄が介抱してたり、抱っこされてお布団に運ばれたり……なんかぼんやりとは覚えてるんだけどさ。


「とにかく、あの失敗はもう繰り返さないわ」


 敗因は、ゴムに頼ったことよ。エッチする雰囲気出すのに小道具に頼るとか、考えたら姑息な手段だよね。もうゴムは懲りたわ。結局まだお兄のサイズMかLかわからないし。……もしかしたらSかもしれないけどさ。


 だから今回は道具は使わず、物理的にくっつく攻撃で行くわ。お兄、ツインで予約してたから、それダブルの部屋に変えちゃえばいいよね。ホテルでダブルベッドって、これもう恋人確定っしょ。


「夜、雰囲気が盛り上がってダブルベッドに入ったら、お兄、なんて言うかな……」


 結菜、愛してる……とか。ダメだよお兄それ言っちゃ、あたし、恋人じゃなくてセフレだもん。好きなんだ、ほら例のLサイズのゴム出せ、俺はSじゃないぞ。ごめんお兄、あれMだしもうないよ、またココカラHで買わないと。ならちょうどいい……ふたりで子づくりしよう結菜。ダメだよお兄、あたしまだ高校生だし、制服姿で母子手帳もらいに行くの恥ずかしい。いいだろロリ妻になれよ俺の。あっ、あたしの手をそんな……そうかあ、今度こそこれがLサイズなのかあふむふむ……勉強になるし、ミコっちに大きさ教えてあげようっと――。


「キャーッ恥づい。恥ずかしすぎるわ、これ」


 握り締めたマウスをぶんぶん振り回すあたしを、ライティングデスクに置かれたクマさんが、呆れたように見てるわ。ほっとけっての。あんたフィギュアでしょ。


「と、とにかく始めるか」


 いつまでもここでキャーキャー言ってても仕方ないもんね。さて、パソコンの電源を入れて……と。


「あれ……」


 パスワード入力画面が出たわ。そりゃそうか。


 うーん……。なんて入れればいいんだろ。


 そうだ。こういうときは、ミコっちに相談だよね。旭川の。スマホのアプリを起動してメッセを……と。




「ヘルプヘルプ」


「なに、どした」


 良かった。今晩もミコっち、オンラインだわ。今頃晩ご飯終わって、動画観ながらスマホいじってるんだろうし、当然か。


「お兄のパソコンをハッキングするんだけど、パスワードがわからん」


 しばらく返事がなかった。


「ハッキング?」

「🤔」


「なんでもいいから、ヒントちょうだい」


「よせばいいのにレベルでベタだと」

「1234とか0000、誕生日」


「やってみる」


 ポチポチポチ……と。どれもハネられるなあ……。


「😟」


「あんたのいとこ、理系の人だもんね」

「そこまでバカじゃないか」

「ならねえ……」


 また返事が止まった。なんか考えてくれてるな、ミコっち。


「よくあるのは」

「恋人の名前」


「✨」

「それだ!」


 えーと……。「YUNA」っと……。違うかー。小文字でも頭だけ大文字でも無理……と。


 なら「YUNALOVE」はどうよ……。


「ミコっち」

「YUNALOVEでもダメだった」

「LOVEYUNAも」


「😆」

「そんな恥づいパスワードにするかっての」


「💢」

「もういい」

「自分で考える」


「😅」

「頑張れ」

「応援してる」

「👍」


「😘」




 さて、あとなにが考えられるかな。たとえば誕生日を逆にとか……。


「あっ通った」


 お兄……。理系院卒なのに、意外にセキュリティー甘いわ。やっぱあたしがついてあげないと人生ダメね、これ。


「よし。さすがはスーパーハッカー結菜様だ」


 次にホテルの予約サイトを出して……と。


「いや待てよ」


 せっかくお兄のパソコン覗いてるんだもんね。中見るっしょ。


「あたしのこと大好きとか恋人にしたいとか、どこかに日記書いてないかな」


 文字列でざっくり検索してみたけど、ないわ。


「と、とりあえず落ち着こう」


 なんか悪いことしてる気がして、ドキドキしてきた。お兄のチューハイ、飲んじゃおうかな。……見つかったら怒られるよね。それに酔っちゃったらパソコンも失敗しそうだし、お茶でいいか。そもそもあたし未成年だし。


 お茶を淹れてゆっくり飲んでから、またパソコンに向き合った。


「男の人だもんね。きっとエッチな画像とか隠してあるよ」


 あたしは「ピクチャ」フォルダを覗いてみた。すると……。

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