援軍到着、それは魔法音楽を駆使する軍用列車だった

どこからともなく、飛行兵たちの間で「援軍が来たぞぉ!」との声が上がる。

 都市間急行が停車している反対側の上り路線を、トランペットやホルンといったオーケストラ用楽器の調べを大音量で響き渡らせながら向かってくる列車があった。

 それがアンリの目の前で、派手なブレーキ音を立てながら停車する。

 魔法音楽用の奇妙な楽器をゴテゴテと飾り付け改造し、満載した機関車に対して、急行列車に乗り合わせていた乗客たちの間からも声援が轟く。

それは軍事用車両──高射砲を乗せた台車を最後尾に牽引し、車体から張り出したキューポラからは機関銃の銃口を覗かせる、重武装列車だった。

 力強い魔法旋律の響きを轟かせながら颯爽と現れた援軍に、負傷した航空兵たちは一気に気分を高揚させた。急行列車の乗客たちも皆、帽子を大きく振って、武装列車の到着を喜ぶ。


「魔法音楽」専用楽団車の移動舞台では、負傷した航空兵を勇気づける力強い軍歌が演奏されている。嵐の中に響き渡っているのはテンポのよい行進曲だった。

 それを聴いた途端、兵士だけでなく急行列車の乗客たちも、ピンッと背筋を伸ばし、帽子を胸にやる。

 その曲が、空高く飛ぶ魔女の歌声に対抗するために「魔法旋律」で奏でられているのだと、今更ながらアンリは気付いた。


「撃て撃て! あの魔女を撃ち落してくれ!」


 航空兵たちは口々にそう叫んで、異様な興奮状態に陥る。その声に応じるかのごとく、援軍車両の射手たちは、何十丁という機関銃の引き金を引いた。


(そんな……、あんな華奢な女の人を撃つだなんてっ!)


 無数の弾丸を打ち出す連射音と、猛々しい巨大トランペットの破裂音とが重なる。

 お祭り騒ぎにも似た大歓声が上がる中、アンリひとりだけが、愛国主義者たちの興奮の渦の外に取り残されている。

 怖かった。あの美しい人が、鉛の散弾を浴びたカモのように空から墜ちてきたら、どうしよう──悪夢の中の風景に似た、奇妙な色の空へと撃ち出される弾丸が白く閃光の尾を引く中、アンリは自分でも気付かぬうちに、「銀翼の魔女」と呼ばれる女に魂を奪われていたのだ。

 だがしかし、兵士たちがどれだけ機関銃の弾倉をカラにしようが、相手もやはり「魔女」と呼ばれるだけはある。しまいには高射砲まで放たれたが、一発の弾丸も白い衣を纏った女を傷つけることはできなかった。

 衣の裾を風の中に乱しながら、銀翼の魔女はヒバリのように軽やかに、上天へと舞い上がる。

 そして嵐雲を引き連れて、アンリの魔法仕掛けの眼鏡でも追い駆けられないほど遠くの空へと、去って行ってしまった……。

 騒がしい吹奏楽器の音とは違う、かすかな響きが、アンリの耳の奥に甘く残る。


(やっぱり、唄ってるよ。少なくとも、僕の耳には歌に聴こえる……)


 そういえば世の中には、幼い子供だけにしか聞こえない音域があるという話を、ずっと昔、祖父から聞いたことがあったのをアンリは思い出した。

 もしかしたら自分の耳は、特別にあの美しい魔女の歌声を聞き取りやすい造りになっているのかもしれない。

 一方、軍人たちは、盛大に歓喜の声を上げていた。


「見よ、二十八センチ高射砲の威力を! 恐れをなして、悪名高き『銀翼の魔女』も逃げ出していったぞ!」


 金ピカの勲章をこれ見よがしにぶら下げた士官が、拡声器でがなり立てている。


「『銀翼の魔女』め! 我々の偉大なるゴドフロア総統閣下が開発に尽力された、この重武装列車ローワン号の威力を思い知ったか!」


 停車中だというのに、武装列車からは魔法機関の駆動音があわただしく響く。そして貨車の屋根がふたつに割れると、中から巨大な絵画がせり出してきた。

 それは流血革命の英雄にして、革命政府の終身総統でもあるセザール・ゴドフロアの肖像画だった。


「さぁ、諸君。我々にこの素晴らしい武装列車を与えてくださった総統閣下の、偉大なる業績をともに称えようではないか!」


 ふたたび楽団の演奏が始まる。

「革命の旗よ」という、ルブランス国民なら誰もが知る曲の伴奏が流れ、兵士どころか、特急列車の乗客たちまでもが肖像画の前で脱帽し、ゴドフロア総統への敬意を示す。

 そして、群集は唄いだした。


『おお、我らルブランスの民は、革命の旗の下に集いて……』


 なにをこの非常時に合唱などしているのだろう──アンリは信じられない面持ちで、群集の中でひとり、ただオロオロと左右を見渡すばかりだった。


(まだ、飛行船の火災も鎮火したわけじゃないのに。それになにより、負傷した兵士たちの手当ては?

 早くしなければ、死んでしまう人だっているかもしれないのに!)


 結局、援軍による救出活動が始まったのは、六番まである「革命の旗よ」のフルコーラスすべてを歌い終わってからだった。


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