番外編③ 雪の精霊と氷の王(後編)

 静寂に包まれた暗い森も、今夜は軒並み白い衣装を纏っていた。空からチラチラと舞い落ちた雪があたりを真っ白に塗り替えていく光景は、まさに氷の王が愛した雪の精霊達の仕業だろう。

 地面に積もった白い舞台の上で、一人の美しい精霊が優雅に舞っていた。

 青と白を基調にした豪奢な衣装は所々が金糸で縁取られており、キラキラと雪に反射して煌めいている。薄い生地で作られた袖は妖精の羽のように透き通っていて、足首に巻かれた金色のリボンがひらりひらりと宙に舞う様子は、まるで精霊たちが踊っているように美しかった。

 雪の精霊の衣装をまとったエレオノーラがふわりと雪の上に着地し、嬉しそうにこちらを見る。


「見て、ギルバート。私、上手に踊れるようになってきたわ」

「そうだな。だいぶ上手くなってきたが、あまり無理はするなよ。お前はまだ人間の足に慣れていないんだからな」

「あら、そんなことないわ。だってもう難しいステップだってできるようになったんだもの。ほら」

「わっバカ! 足元をよく見ろ!」

「えっ? きゃあ!」


 ぴょんと勢いよく地面を蹴ったエレオノーラの足が凍った霜に着地し、つるりと爪先が弾かれる。だが、大きくバランスを崩した体は地面に激突することなく、逞しい腕の中に収まった。


「だから言っただろう。足元をよく見ろと」

「ごめんなさい、ギル」


 ギルバートの腕に腰を抱きとめられながら、エレオノーラがしょんぼりと肩を落とす。両手で細い腰を支えながら体勢を整え、雪の結晶を模した髪飾りを直してやると、エレオノーラがくすぐったそうにはにかんだ。


「ねぇギル。エスコートして。終幕に出てくる二人が結ばれたシーンの踊りをやりたいの」

「あそこか。あれはもう少し練習を積んでからでないと難しいぞ。また今度にしよう」

「今やりたいの。ダメ?」


 甘えるように見上げてくる彼女に、ギルバートは笑いながらため息をついた。なんだかんだと小言を言いながらも、結局はこの愛らしい雪の精霊の頼み事を断れないのだ。

 エレオノーラを背後から抱きかかえるようにして腰に手を添え、もう一方の手で彼女の右手を取るとくるりと優雅に一回転をさせてやる。エレオノーラの動きに合わせて雪の結晶を模したスカートがふわりと風をはらみ、足首に巻いた金のリボンがくるくると宙に軌跡を残した。

 最後に腰に手を添えて軽やかに持ち上げると、エレオノーラがクスクス笑いながら首に手を回してくる。ギルバートに片腕で抱き抱えられながら、エレオノーラが嬉しそうに周囲を見回した。


「ギル、雪って綺麗ね。海の中で見るのとは全然違うわ」

「そうか。そういえば海が凍っている時、お前達は何をしているんだ?」

「海の底でじっとしているわ。だって凍っていたら海の中から出られないんですもの。だから冬の地上のことはあんまり知らないの。今日ギルと一緒に雪を見られて嬉しいわ。ありがとう、ギル」

「俺もお前には感謝している、エレオノーラ。お前が地上に来てくれたことで、俺もこの世界に美しいものがたくさんあることを知った」


 雪と氷に彩られた世界を目に映しながら言うと、エレオノーラの細い腕が伸びてきてギルバートの顔を包み込む。自分の腕に乗る彼女が身を屈めたと同時に額に柔らかいものが触れた。


「地上は思っていたよりも美しい場所だったけど、それはギルと一緒にいるからなのよ」

 

 見上げると、幼い頃と変わらぬ、いや少しだけ艶やかさを増した彼女がこちらを見ながら優しく笑っていた。誰かを愛する喜びを教えてくれたその笑顔がたまらないほど愛おしい。

 腕を下げて彼女を雪の上におろし、今度は正面から抱き寄せる。そっと顎に手を置くと、少しだけ熱を帯びた青色の目と視線があった。


「こんな所でするの?」

「劇の終幕はこれだと相場が決まっているだろう」

「でも雪の精霊たちが見ているかもしれないわ」

「ならこうすれば問題ない」


 彼女の腰を抱いたまま、青いマントを翻して彼女の体を包み込む。少しだけマントを高く掲げてカーテンのように隠してやると、やっと安心したかのようにエレオノーラが目を伏せた。

 一瞬の触れ合いの後に身を起こすと、エレオノーラが頬を赤らめながらうつむく。そのいじらしい様子もまたたまらなく可愛くて。今しがた口づけたばかりのそこを、指の腹で優しく撫でた。 


「俺もお前に出会ってから、やっと王の気持ちがわかった気がする」

「氷の王様は思っていたよりも情熱的なのね。初めて知ったわ」

「もうすぐ宮廷でお披露目だ。それまではもう少し可愛い精霊を独り占めにしても良いだろう?」

「ふふ、そうしたら私が溶けて消えてしまわないようにずっと見ていてね」


 クスクスと笑いながら、彼女が自分の腕からスルリと抜け出る。雪の中を飛んだり跳ねたりしながら銀世界で自由に踊る彼女の姿が、幼い頃に見た劇の一幕と重なった。

 自分は威厳のある王でも美しい王子でもない。

 それでも誰かを愛し愛される喜びを知った自分は、きっともう観客ではないのだろう。

 胸の内に広がる熱を確かに感じながら、雪の世界で踊る彼女を優しく見つめる。

 

 


 エレオノーラ。俺の人魚姫。

 雪の精霊を愛した氷の王のように


 俺もお前に永遠の愛を誓おう。







※こちらのエピソードのもとになったMACK様のイラストは近況ノートに貼ってあります。美麗な絵とあわせてご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/hana_usagi/news/16817330651127496024

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