おとぎ話④

 王子様の結婚が近づいたある日のことです。人魚姫がぼんやりと海を見ていると、五人のお姉さん達が海の中から現れました。お姉さんの一人が、人魚姫に短刀を渡しながら言いました。


「これを王子の胸に刺しなさい。そうすればあなたは泡になって消えなくてすむのよ」


 人魚姫は震える手で短刀を受け取りました。ギラギラと光る刃は鈍い灰色をしています。

 本当は短刀など受け取りたくはありませんでした。ですが、お姉さん達の剣幕に人魚姫は断ることができなかったのです。


 その晩、人魚姫は王子の寝室に忍び込みました。王子を殺そうと思ったのです。でも、できませんでした。ベッドの上で眠る王子様はとても幸せそうで、人魚姫はその心臓に短刀を突き立てることがどうしてもできませんでした。なぜなら、人魚姫は王子様を深く愛していたからです。


「人魚姫! 早く王子を殺しなさい!」


 お姉さん達の声が聞こえます。震えながら短刀を構えた人魚姫は思わず短刀を床に投げ捨てました。


「いや! 私には王子様を殺すことなんてできないわ!」


 人魚姫の手から落ちた短刀は人魚姫の足の内側を切り裂き、足からは真っ赤な血が流れました。

 人魚姫は走って部屋を出ると、もう一度振り返って王子様の姿を目に焼き付けました。

 そして人魚姫は、海に面したお城の塔から海に飛び込んだのです。


 心の優しい美しい人魚姫は、泡になって消えてしまいました。

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