妹が可愛すぎるので催眠アプリで自己催眠VR寝取られ体験を満喫しようとしたら妹に催眠をかけてしまったけど実はヤバい願望持ちのヤンデレ属性であることに気付いてしまいフラグ回避を試みたら全力で抵抗してきた件

くろねこどらごん

第1話

「ふたたび さいみんあぷりを てにいれたぞ!」


 オッス、オラ貴幸鳴海たかゆきなるみ

 全力全身全霊で探し出した催眠アプリを破壊されたけど再入手して、イケメンすぎたから女の子にストーカーされた結果、なんやかんやあってそのストーカー女がご主人様となっただけの、どこにでもいるごくごく普通の高校生だ!


 もちろん催眠アプリが再びこの手にある以上、自重するつもりなんぞサラサラない!またまた悪用する気満々です!

 この催眠アプリで寝取られソロプレイをすることを考えただけで、オラすっげぇワクワクしてきたぞ!伊達にあの世は見てねぇぜ!


「うひゃひゃひゃひゃひゃうごっ!ウゲェー!!」


 おっと、つい心のプリティーボイスが漏れちまい、ついでに舌を噛んじまった。

 イケメンフェイスにそぐわない姑息な三下のような声だったが、まぁ仕方ないことだ。俺の偉大な心に免じて許して欲しい。


 なんせ今日まで散々苦労してきたからな。肉体的にも精神的にも。

 俺はつい先日、俺を散々つけ回していたストーカー女と対峙することになり、なんとか催眠アプリを眼前に突きつけ催眠にかけることに成功はしたのだが、頭がおかしいためか、それとも耐性があったのかは知らないが、やつは物理的に抵抗し、催眠アプリの魔の手から逃れることに成功したのだ。


 いや、あの時は心底ビビったね。思い出すことを脳が今も拒否するくらい、鮮烈で劇物な悪夢の光景だった。

 あれはピュアな男子高校生にじゃとても耐えられる光景ではない。R18のスプラッタ映画でもあれよりよほどマシだろう。

心の平穏を保つためにも、心の奥底にあの時の記憶は全て封印することに決めていた。


 催眠アプリを再入手したのもその一環であり、これを自分自身に使用することであの惨劇を脳内CG欄からメモリーズオフして、成人指定から一般向けの思い出回想へと一刻も早くモデルチェンジするためである。

 この俺のイケメンフェイスのように、思い出はいつも綺麗でないといけないからな。

 お腹が空いたとしても悪いことと都合の悪いことはさっさと忘れるに限るってものさ。


「まぁスマホが新型になれたことは、ある意味儲けもんだけどな」


 そう呟きつつ、手に持ったスマホを握り締める。

白いカラーのこのスマホは、先日出たばかりの最新機種だ。

 クラスメイトであり、元ストーカーである真波…いや、ご主人様が俺のスマホをゴリラさながらの握力で破壊した後、これでは毎日電話もできないからと、このスマホをわざわざ買い与えてくれたのである。


 ついでに彼女も俺と同じ機種の赤いカラーのものを購入していたが、それはまあいい。

 お揃いなんてよくあることだからな。

大抵のやつは林檎印の機種を使ってるし、変に気にするやつはいないだろう。

 それにこれまでのやつは中学の頃から愛用してたから、ちょっと古くなってたしな。

機種変できて嬉しい気持ちのほうが正直でかい。


 なにせうちの親はケチだからな。この前も俺の小遣いをいきなり減額しやがった。

 そのことを思い出したらムカついたため、さっきスマホをいじるついでに腹いせで架空請求サイトに親のカードで支払いを行ったところである。

 後でどんな顔をするか考えただけで見ものだぜ。ま、ちょっとした意趣返しってやつだな。

 イケメンな俺は、仕返しのやり方もクールなのであった。



 ん?そんなことしたらまた小遣い減額されないかって?

 ははっ、心配ご無用。それに関してはちゃんと対策があるのさ。



 どうやら真波の家は結構な金持ちであるらしく、娘に個人で使える魔法のカードを与えるくらい甘やかしているのだそうだ。

 しかも限度無制限のブラックカードだ。

真波自身は俺以外に対する執着は薄いようで、欲しいモノがあるなら言ってくれたら買ってあげるよという、素晴らしい提案を飼い犬である俺になさって下さったのである。



 いやぁ、あの時はストーカー女が女神に見えたね。

 神々しいとはあのことだ。背後に後光まで差してたぜ。

 直接言及しなかったものの、実質ヒモになってもいいよと言外に宣言してくれたわけだからな。

 男の理想のひとつであるその提案を喜んで受け入れ、俺は今後働かないことを心に誓った。


 同時に、思わず反射的に地面へと這いつくばり、「僕はご主人様の犬です。わんわん」宣言をして彼女の靴を舐めてしまうのも、無理からぬことだろう。


 真波も興奮したのかハァハァと息を荒げて俺を見下していたし、俺もそれに興奮した。

 視線を交わした俺たちは、互いに理想的なカップルになれるのではと、未来へのロードを夢見て直感にも似た確信を抱いていたのである。




 おっと、話が長くなったな。ついノロケちまった。

 他人の金は蜜の味。いくら遣っても俺の懐が痛むことがないなんて、なんて素晴らしいことなのだろう。

 青春真っ只中の高校生としては、やりたいことはたくさんある。

とりあえず親の名前で大量のえっちなDVDを購入して家に届けてもらおうと、固く心に誓っていた。




 まぁそんなわけで俺の人生は多少波乱こそあったものの、今後は間違いなく順風満帆にいくことだろう。

 禍福糾える縄のごとしだったかな?昔の人も上手いこと言ったもんだぜ。

 あんなことがあったなら、これからはオレのターンに決まってらぁな!

 敷かれたレールを歩くのが嫌だという反骨精神溢れた者もいるのだろうが、俺はこのレールに沿って歩くことを決めている。


 なんせ今後人生が終わるまでは好きに遊んで適当に寝ているだけでいいんだからな。

 誰だって新幹線に乗ってたらウトウトすることくらいあるだろう?

 つい寝てしまっても、自動的に金持ちというゴールにたどり着けるなら、これに乗らない選択肢はない。



 ぶっちゃけもっともっともーっと、というか、一生遊んで暮らしたいからね!

 真波は顔もいいし、俺のドM性癖をある程度は満たしてくれそうなこともわかった。

 さらに俺を好きすぎて頭もおかしいとくれば、もはや結婚相手としては役満といってもいいだろう。

 ストーカー女だからこそ、向こうから俺から離れるという選択肢はないはずである。


 要するに浮気以外はなんでも許して貰えるってことだからなぁっ!

 金持ってるストーカー最高ぅっ!一生養ってもらうぜぇっ!!


 肝心のドM欲求に関しては最悪催眠アプリでどうとでもなるし、もはや迷う必要などどこにもない。

 俺は一生真波家に寄生して生きる覚悟を決めた!やったねお義父さんお義母さん、家族が増えるよ!




 …………えっ、そんなのクズの発想だって?


 催眠アプリ以上に外道の考え?真っ当に働いてちゃんと生きろ?



ふむふむ、なるほどねー。

 まぁ普通の人はそう考えるよね。当たり前だよね。

 それが正しいって散々刷り込まれているし。女の子に養ってもらおうなんて、まぁ考えないか。


 うん、男の子だもん、わかるわ。



「ハハッ!ワロスwwww」


 おっと失敬、つい失笑が漏れちまった。

 いや、別に否定するつもりはないんだが、あまりに凡人の考えだなと思ってな。


 実際俺もちょこっとだけ悩んだし、ヒモになって養われるとか、いくらイケメンでもまずくないカナーくらいは思ったさ。


 だけど、俺はある時気付いてしまったんだ。

 既存の考えに囚われてはいけない。固定観念に縛られてはいけないのだと。

 あ、縛られプレイは大歓迎だけどね?




 閑話休題



 要は発想を逆転させればいいのだ。

 そう、イケメンだからこそ、俺には養われる価値があるのだと。

 ご主人様のヒモとなって生きることは、俺があまりにイケメンすぎるからこそ、神が課した試練なのだ。


 この困難を乗り越え、試練を達成した暁には、良くやった、もういいからこれからの人生は自由気ままにフリーダムに生きろという、神からのメッセージに違いない!

 少なくとも俺はそう受け取った。



 これに気付いた時は、全身に衝撃が走ったね。

 自分はこの世で唯一無二の存在だと確信したし、ついでにエネルギー波が撃てないか気合を入れてみたけど無駄だった。

 もう思い出したくもない黒歴史である。一刻も早く忘れようと心に誓った。



「いやー、早くも人生勝ち組になっちゃったなー。勝ち抜けしてごめんな、世の男子諸君。メンゴメンゴwww」


 ちなみに現在俺がいるのは家の自室だ。自分だけの孤独なプライベートルームで、さっきから独り言をブツブツと呟いていたわけだが、それも俺なら許されることである。


 そう、イケメンならね。


「やっぱイケメンって得だわ。イケメン最強!」


 勝利の雄叫びを上げ、自分の価値に酔っていると、不意に自室のドアがノックされる音が僅かに響いた。


「お兄ちゃん、入るよ」


 そう声がした次の瞬間には、ガチャリとドアが開け放たれる。

 無遠慮なものであったが、それについて文句を言うつもりはない。

 部屋に入ってきた相手。その人物は俺にとってもっとも近しく、心許せる人間であったからだった。


 催眠アプリの入ったスマホを机の上に置き、その相手―――イケメンたるこの俺、貴幸鳴海と血を分けた唯一の妹である貴幸美月たかゆきみつきへと向き直った。


「美月か。どうしたんだ?」


 俺の妹だけあって、美月の顔もまた美少女と呼ぶに相応しいものだ。

 栗色のセミロングの髪を両脇でリング状に結った髪型は、少しだけ幼く見える。

 そんなところがまた愛らしいのだが、今の美月は少し困ったような顔をしていた。


「いや、どうしたっていうか、お兄ちゃんの独り言うるさかったから一応注意しとこうかなって。いつものこととは言え、さすがにご近所迷惑だし。この前も苦情がきたんだよ?」


 ふむ。どうやら少しばかりテンションが上がっていたためか、思ったより声を張り上げてしまっていたらしい。

 うちの妹はとても優しい性格をしているため、滅多に怒ることがないのだが、そのためか今の美月は俺に対し、幾分か申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「あー、悪いな。気付かなかったわ。これからは気を付けるから」


 それを見るとさすがに心が痛む。

 俺はドMではあるが、同時にシスコンでもあったからだ。

 マイプリティーシスターが悲しむ姿を好き好んでみるほどのSっ気は欠片もない。

 むしろ俺を悲しませて欲しいし、思い切り蔑んで欲しいと切に願った。


「ほんとに?この前もそんなことを言いながら土下座してきたよね?」


「マジマジ。なんなら今すぐ美月の足を舐めて踏んでもらいたいくらいに俺はマジだ」


「それ、お兄ちゃんがただ得をするだけじゃない…」


 美月は呆れた目で俺を見る。ちょっとだけゾクリとするのはドM故のご愛嬌ってやつだ。

 生まれたときから共に長い歳月を過ごしてきた妹は、当然俺の性癖も熟知している。

 一般的には屈辱的な反省のポーズであっても、俺にとってはご褒美プレイであることも分かっているのが美月の欠点とも言えるだろう。

 これでも誠心誠意、明日には記憶の彼方にロケットですっ飛んでるくらいには、心から反省しているつもりなのだが、上手く受け取ってはくれないらしい。


「しょうがないなぁ…私が謝っておくから、とりあえずお兄ちゃんはできるだけ自重はしてよね。あと、今日はお父さんもお母さんも泊まりだって。ご飯は私が作るから、お兄ちゃんは後で降りてきてね」


「お、そうか。いつもすまないねぇ、みつきっち」


 できた妹の心遣いに、思わず感謝の言葉を述べる。

俺達の親はたまにこうして泊まりがけになり、帰ってこないことがあったりするのだ。

 そのおかげで色々好き勝手やれたりするのだが、料理が作れないうえに金のない俺にとって、妹の作るご飯はまさに生命線である。

 家事もこなす完璧すぎる妹に対し、内心深い畏敬の念を抱いていた。


「いいってことよ、おとっつぁん…ねぇ、これネタ古くない?分かる人いるの?」


「こまけぇことはいいんだよ」


 そこに突っ込むとは、なんて野暮な妹だ。

 先ほど抱いた想いを撤回しようかと思案してると、美月はくるりと身体を反転し、ドアの方へと背を向ける。

 夕飯を作りに向かうのだろうが、それは兄に対しあまりに無防備すぎるんじゃないかなぁ?


(へへへ、じゃあさっそく催眠アプリで楽しませてもらうとしますかねぇ)


 俺はその背中を見ながらひどく下衆な笑みを浮かべつつ、再びスマホへと手を伸ばす。

 無論このチャンスを最大限活かし、活用するためである。


 そして、当然のように画面を自分に向けて催眠アプリをタップした―――






 …………え?妹に使うつもりじゃないのかって?


 いや、全然そんなつもりないっすよ。

 自分で自己催眠にかかってVR寝取られ体験をするだけですが、それがなにか?



 は?期待してた展開と違う?


 おいおい、なんで妹に手を出さなきゃいけねーんだよ。


 エロゲじゃねぇんだぞ。どんな鬼畜だ。そもそもここはカクヨムだっつーの。


 セフレはセーフかもしれんが、実妹はアウトだろアウト。

てかそもそも、この話は健全なんだよ、そこんとこよろしくなっ!



 ……ゴホン。悪い、ちょっとメタな話をしちまったな。


 話を戻すが、実行するなら催眠ハーレムよりも自己催眠多人数寝取られ屈辱敗北者プレイというのが俺の座右の銘である。


 そういう意味ではいざとなったら妹をイケメンにあてがうのもありかもしれないな。

 美月も大概ブラコン気味だし、そのほうがより深い絶望と屈辱を味わえることだろう。考えるだけで滾ってくるぜ。


(はぁ~!やっぱ寝取られは最高だな!)


 このアプリを使えばいくらでも寝取られ放題だ。脳内に存在しない記憶を植え付けてしまえば、俺は新世界の神になれる。


 一刻も早く理想郷にたどり着くため、起動ボタンを押そうとしたのだが―――


「あ、そうだお兄ちゃん。なにか食べたいものあったりする?」


 部屋から出かけていた美月が、突然こちらを振り返った。


「えっ…い、いや…別に…」


「あれ、もしかしてスマホ変えたの?」


 いきなりのことに慌てる俺だったが、美月はそんなことに構うことなく、むしろ手に持ったスマホのほうに興味が移ったようだ。

 足を止めただけでなく、こちらに向かって再度歩いてくる。


「み、美月!ちょっ、ストップ!」


「ええー、いいじゃん。それ新しいやつでしょ?私もほしいと思ってたやつだから、ちょっと見せてよー」


 俺としては妹の行動は最悪と言ってもいい。なんせアプリ画面をまだ消していないのだ。

 それに気付いて慌てて画面を切り替えようとしたのだが、それも遅かった。

 美月は既にひょっこりとスマホを覗き込んでいたのだから。


「ん?なにこれ…?催眠アプ…」


「ええい、ままよ!」


 見られたからにはこのまま帰すわけにはいかねぇ!

即座に起動ボタンをタッチし、俺は催眠アプリを発動させた。


「え、あ…」


 画面を直視していた美月は、あっさりと催眠にかかったようだ。

 目もあの時のご主人様のようにトロリとしてるし、催眠アプリは効力を発揮してくれたに違いない。


「ふぅ、危なかった…」


 思わず額の汗を拭う。咄嗟のことではあったが、どうやら上手くいったらしい。


「美月、俺の声が聞こえるか?」


「うん、聞こえるよ…」


 これもご主人様と同じ反応だ。

俺の問いにオウム返しのように返答してくる。

 今美月の意識は完全に俺の手中にあると言っていいだろう。


(よし…後はこのままアプリを見た記憶を消せば…)


 記憶を消去した美月を部屋から出してしまえばそれで終わり。

 催眠アプリの存在を知られるわけにはいかないし、そうすることがベストな選択であるに違いない。


「……だけど、ちょっとくらいはいいよな」


 だけど、ここでちょっと魔が差してしまった。

 ぼんやりと立ったまま俺の命令を待つ妹を見て、ふと思うことがあったのだ。




 いや、言っとくけどえっちなことなんてしないよ?

 さっきも言ったがこれは健全なお話である。

そもそも俺は実妹に手を出す趣味はない。

ドMでこそあるが、それ以外はいたってノーマルな性癖なのだ。

 妹だろうと人外だろうと平気で手を出すエロゲ主人公とは違うのである。


(だけど、やっぱ美月に彼氏いたりするかは気になるんよな…)


 俺が気になったのはズバリ妹の異性事情だ。

 美月は可愛い。そりゃもう本当に可愛い。

 お兄ちゃん想いの大変いい子に育ってくれた。


 そんな可愛い可愛い妹がゲスなクソ野郎の魔の手にかかっていたらと思うと…正直すごく興奮しちゃう…


 VR寝取られもいいが、現実でも寝取られいたとしたら一粒で二度美味しい。

 普段はなかなかこういうことに踏み込めないしいい機会だ。妹の性事情を丸裸にしてやるぜ!

 俺はひとつ咳払いをしてから、改めて妹へと向き直った。


「美月。これから俺が質問する内容について、正直に答えてほしい。」


「…うん。わかったよお兄ちゃん…」


 コクリと頷く美月。我が妹ながらさすがの従順っぷりだ。

 俺はその様子に満足しながら、早速聞いてみることにした。


「……あ、あのさ…美月って、好きな人、いるのぉ?」


 あ、やべ。声が上ずっちった。


 リテイクを要求しようとしたのだが、その前に美月が口を開いた。



「いるよ」



「いるのぉっ!?」



 え!?マジで!!??


 いちゃうの!?ほんまに!!??



「うん…」


「マ、マジかー。美月もお年頃だもんなー。そっかー」


 やべー、いるんだ…いや、そりゃいてもおかしくないけど。


 実際に口に出されると、なんつーか興奮の度合いが違うな…胸がすごくドキドキしちゃう…


「じゃ、じゃあさ。その相手って、俺の知ってる人だったりする?」


 まるで興奮が冷めやらぬ中、熱に浮かされたように俺は矢継ぎ早に質問を投げかけていく。

 本来ならさっさと相手の名前を聞けばいいのだろうけど、こういうふうに回りくどく聞いていくことでさらに興奮を高めることができるのだ。

 顔見知りに好きな人がいるとわかれば、それだけ心に負うダメージはより深いものになるだろう。ここ、テストに出るからね?



「うん」


「おぅっふ!」


 ヒャッホウ!マジっすか!!


 最高の答えをありがとうございます!美月さん!


「そ、そうなんだぁ…へへへ…そいつぁなんとも…お兄ちゃんうれしいよ…ちなみに年上だったりする?」


「うん」


「イェアッ!!」


 思わずガッツポーズが飛び出てしまう。

 これはあれですかい?俺の友達の誰かが濃厚なのかな?

だとしたら素晴らしい。あいつらは揃いも揃ってクズばかりだ。

 寝取られの対象としてこれ以上の適任はいないだろう。

今後はより一層妄想が捗るに違いない。



 その後も何度か質問を繰り返したが、それら全てが俺の望む答えばかり。

 興奮は天井知らずに高まっていき、最後にはもう鼻血を垂れ流して小躍りしてしまっていたのも、仕方ないといえるだろう。


「YES!YES!じゃあ最後の質問だ!ズバリ、そいつは誰!?名前をハッキリ俺に教えてくれ!!」


 最高にハイになった俺は、この時テンション爆上がり状態だった。

 催眠アプリに心から感謝し、この世に生まれた幸福を噛み締めながら最後の質問をしたのだ。

 その答えも、間違いなく俺の望むものであると確信しながら。



 だが―――




「お兄ちゃん…」



「……………ふぇ?」



「私の好きな人は、お兄ちゃんだよ」



 返ってきた最後の答えは、思ってたものとなんか違った。


 いや、違うっつーか…えーと…


「パードゥン?」


 え、マジで?それなんてエロゲ?


 い、いや。落ち着け俺!ほらあれだ!妹は天然なところがあるから、きっと家族愛と勘違いしたんだ。そうに違いない!!


「……like?love?」


「love。めっちゃガチのloveだよ、お兄ちゃん」


 ガチっすかー。ガチloveっすかー。


 それならしょうがないっすね、あはははー。




「え、ええええええええええええええええええええええええええええ!?」



 え、ちょっ!?本気で!?マジで!?


 そんなんあるの!?これ現実だよ!!??



 正直言ってガチでビビった。妹にそんな目で見られていたなんて、露ほども思っていなかったからだ。


 いや、確かに思い返してみればたまにパンツなくなってたり、部屋の中で私物がなくなってたり、今でもよく一緒に寝てたりはしたけど、まさか美月がそんな…



「そう、私はお兄ちゃんが好き…お兄ちゃんが大好き…」



「…美月?」



 実妹からまさかの告白を受け、思いがけないシリアス時空に突入しようとしてた、その矢先。

美月の様子が、なんかおかし…


「お兄ちゃんが好きすきすき大好き…本当に大好き。愛してる…だからいつまでも一緒にいるの。そう、永遠に…」


「え、あの、美月さん?」


…どうしよう、妹がなんかすごく怖い。

なんでいきなりこの子、ひとりでブツブツ呟き始めてるの?

お兄ちゃん、ちょっと背筋に鳥肌たってるんですががが。



「寝ているお兄ちゃんが好き。だるそうにしているお兄ちゃんも好き。自分をイケメンだと思い込んでるお兄ちゃんの普通な顔も大好き…誰にも渡さない。いつまでも私の、私だけの…」



 え、えーとさ。俺、なにも質問してないよ?

 なんでハイライト消えかけてるの?催眠状態だから元々なかった光が漆黒に染まろうとしてるんですけど?脳内クエスチョンが止まらねーよ!


「み、美月さん。わ、渡さないとかさぁ、ちょっと無理があるんじゃないかなって…ほら、美月って俺の妹だし?それにもしかしたら俺だって、実は彼女いたりするかもしれないし…」


 気付けば俺はそんなことを言い訳するかのように、何故か口走ってしまっていた。

 実際自分にはご主人様という彼女がいるし、なにより美月は妹だ。

 だからこれは間違いなく正論なんだ。そうなんだ。

決して急変した妹があまりにも怖すぎて、ビビったわけでは断じてない。


「彼女…?」


 俺の言葉を受け、美月はピタリと動きを止めた。


「そ、そう!ほら、彼女がいたら、やっぱ諦めないとダメじゃないかなって…」


「関係ないよ。そのときは監禁するだけだし。両手と手足をへし折って、一生私だけのものにするもん」




 …………Why?




「そうだよ。むしろ最初からそうするべきだったんだ。そうすればお兄ちゃんは私だけのものになる。私だけしか見なくなる。ああ、それがいいよ。私が一生お兄ちゃんの世話をしてあげるんだぁ。手足が治るたびに、またハンマーで砕いてあげる。そしてまた最初から看病をしてあげるの。その時のお兄ちゃんって、きっと可愛いんだろうなぁ。ねぇ、覚えてる?子供の頃、お兄ちゃん熱で寝込んだことあったじゃない?あの時は、仕事でお母さん達がいなかったから私が看病してあげたんだけど、その時のお兄ちゃんは私をずっと頼ってくれて、それがすごく嬉しかったんだぁ。あれから気付いたらずっとお兄ちゃんのことを考えるようになっちゃって、頭の中にずっとお兄ちゃんがいるの。寝る前に目を閉じるたびに、熱で苦しんでるお兄ちゃんの顔を思い出すんだよ。知ってる?骨折すると、人間熱が出るんだって。そうなると、身動きだって辛いよね。ただでさえ骨が折れてるんだもの。そうなったらもう私に頼るしかなくなるよね。私は全然平気だよ。お兄ちゃんのお世話をするのが大好きだもん。それは私がお兄ちゃんの妹で、ずっとずっと一緒だったからなんだよ?ポット出の彼女ごときが甲斐甲斐しく世話なんて焼いてくれないよ、私だからできるの。お兄ちゃんの妹だから。だから早くお兄ちゃんも気付こうよ、私がいればそれでお兄ちゃんは幸せなんだよ?私もお兄ちゃんがいればそれで幸せなの。ああ、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」




 あ、こいつヤンデレだわ。


 俺の妹、やべーやつだ。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 だから絶叫しちゃうのも、まぁ仕方ないよね。

 だってとっても怖いんだもん。

そのまま催眠アプリを妹に向けちゃうのも、これまた仕方ないんだよ。

だってめっちゃ怖いんだもん。


いやいや、普通にリアルヤンデレはやべぇって!身の危険度合いが半端ねぇ!


「み、美月!これを見ろ!」


 キィィィィンと金属が擦れるような不快音が部屋中に響く。

 だけどこの音は俺にとってはむしろこの恐怖から開放してくれる福音にすら思える。


「っつ…お、にい…」


「そして聞け!お前は、俺が好きじゃないんだ!俺たちは普通の兄妹で、美月は他のやつのことが好きなんだよ!それが現実だ!」



 俺の叫びに呼応するように、再び鳴り響く金属音。

 これで第二段階が完了し、命令したことで俺への興味を失うはずだ。

 いや、失ってくれ!頼むから!


「み、美月。俺の声が聞こえるか?」


「…………うん、聞こえるよ」


 催眠をかけた当初と全く同じ質問を投げかける。

 自分の声は震えていたが、美月の声は平静を取り戻しているように思えた。


(こ、怖かったぁ…当分夜にトイレはいけそうにないなぁ…)


 妹の本音を引き出すつもりが、まさかこんなことになるとは。

 突然非現実に巻きこれたホラー主人公はこんな気持ちなのかもしれないな…

 やべっ、ちょっとちびってしまったかもしれない。


「なら、さっきの命令を復唱してみろ。できるな?」


「……うん。私は、お兄ちゃんが…」


 美月は言われるままに口を開いて復唱していく。


 この時点で俺は半ば勝利を確信していた。


 前も言ったが催眠アプリとはそれほど絶対的なものなのだ。



 男の欲望が生んだ概念武装。

それは美少女であれば、決してその効力から逃れられない魔のアイテム。

 ご主人様は例外として、美少女は催眠の毒牙に必ずかかるのが世界の理なのである。誰が否定しようと、それがこの世の真実だ。


(へへへ、誰に寝取らせちゃおっかなー)


 そんなわけで切り替えの早い俺は、このちょっとサイコパス入ったヤンデレ属性の妹をさっさと誰か他の男に押し付け、身内寝取られ屈辱プレイを堪能しようか思案を始めたりしていたのだが…ここで異変が起きた。




「わ、私は…」



「ん?どうした」



 何故か美月は次の言葉を言わずにいた。

 全身を震わせ、何故か顔からは汗が伝っている。

まるでなにかを我慢しているかのようだ。


「おいおい、あんまり待たせるなよ。ほれ、貴幸美月は他の男子のことが好きですって言うだけだろ?早く認めて楽になっちまえよ」


 実際は早く楽になりたいのは俺のほうだが、これは些細なことである。

 先ほどのトラウマを払拭し、さっさとヤンデレの恐怖から開放されたかった俺は、深く考えずに続きを催促し続けたのだ。


いつぞやの件が脳裏に刻まれていたにも関わらず。

もしかしたら俺は学習能力とやらが欠けていたのかもしれない。



「わ、私は…」


「うんうん、私は?」


 それがどれほどの過ちだったかに気づくのは、すぐ後のことであった。


(あれ、なんかデジャヴが…)


 この時、不意に封印したはずの記憶が蘇る。

 あの時、ご主人様も確かこんな反応を…


「わ、わた…わた…」


「ん、和田?」


 なんだこいつ。和田ってやつのことを好きになったのか?クラスメイトかなんかだろうか。

 脳天気にそんなことを考えていると、美月の震えはより一層強まっていく。

 ブルブルというよりガクガクと激しく揺れる妹の体に、流石の俺もいい加減異変に気付いた。

 だが気付いたところで、既に手遅れだったのだ。



「お、おい…みつ…」



「う、うわぁぁっぁぁぁぁぁ!!!」



 突然のことだった。

 美月は絶叫をあげ、部屋の壁に突進したのだ。



 ゴンと鈍い衝撃音が、部屋中に響き渡る。

 栗色のセミロングに包まれた妹の額が、白い壁に激突していた。



 その光景を俺は呆然と見ていることしかできなかったのだが、真の衝撃映像は、この後に待ち受けていたのだ。



「あの、美月さん?」


「嘘だ…」


 ポツリと、美月は何事かを呟いた。


「嘘だって…」


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




 ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!!!




 そしてそれは起こった。

 否定の言葉とともに、突然猛烈な勢いで美月は自分の額を壁に打ち付け始めたのだ。



「え、ええええぇぇぇぇぇぇ!?」


 うそん!?なんで!?これご主人様の時と一緒じゃん!!!


 俺の理解はまるで追いついていなかった。というかいきなり始まったスプラッタショーを脳が認識するのを拒絶していた。


 だって温厚でどちらかというと奥手な妹が、ホームランダービーで全弾場外ホームランかます勢いでゴンゴン壁と濃厚接触を繰り返していくんだぜ?


 それはご主人様の時に見た悪夢の再現だ。

ホラーゲームの続編主人公の気持ちを、俺はこの瞬間追体験していると言っても過言どころじゃないだろう。


 ゴリラのドラミングのような豪快さで首を振るたび、妹の額から流れる血で壁が赤く染まっていく体を張った現代アートを見て、平常心を保てる人類がいるならお目にかかりたいものである。


 少なくとも俺はそいつと兄弟になれない自信があった。

 こんなんトラウマにならないはずがない。

俺がその場で腰を抜かしてしまうのも、無理はないと断言しよう。

 いや、マジ無理やってこんなん…


「はわわわわ、はわわわわわわわ」


「ウソダァッ!ウソダァァッッ!!キエサレェェェェッッッッ!!!!!」


 俺が心底ビビっている間にも、美月の刻む地獄のリズムはさらにテンポアップしていた。

ハードコアのようなシャウトと絶叫に、痛烈な打撃音が奏でるパンクロックは、まるで煉獄の中で奏でられるレクイエムのようだ。

 今は白目まで剥いており、とてもこの世のものとは思えない凄まじい気迫を今も絶賛放出中である。



 こんなんもう妹として見れねーよ!もちろん別の意味でな!


 どこぞの妖怪だって、今の美月が視界に入れば目を合わせることを避け、自ら太陽を浴びて消滅することを選ぶだろう。




「デテイケッッ!デテイケッッ!ワタシのアタマカラデテイケェェェェェッッッッっ!!!!」


「ふぇぇぇぇぇ…すっごく怖いよぉ……」


 事実このままでは俺のメンタルは昇天するまで数刻と時間を置くことなく、崩壊待ったなしだ。


既に幼児退行をしはじているのだが、それも無理からぬことだと思う。



 とっくに腰は抜かしていたし立ち上がる気力もない俺は、逃げ場もなく追い詰められた哀れな赤ちゃんペンギンだ。

 二度と体験したくなかったはずの地獄の時間がまた収まるまで、俺は頭を抱えて身を縮こませるしかなかったのである。












「ドーマンセーマン開けゴマバビデダブデブウテクマクマヤコン…」




 どれほど時が流れたかは分からない。

 ただ俺はひたすら思いつく限りの呪文をまくし立て、精神の均衡を保っていた。

 目を固く瞑って膝を抱え、とにかく現実を否定することだけが俺にできる唯一のことだ。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「神様、これからはいい子になります。もう親の名前で通販でゲームなんて買いません。これからはご主人様の家に送ってから渡してもらうのでどうか許して…」


 神頼みなんてこれまでの人生で腐るほどしてきたが、それでもここまで真剣に祈ったことはご主人様の件以来だ。

 あの時は叶えてくれなかったけど、今再び俺はこんな窮地に陥っているんだ。

願いを叶えてくれても罰は当たらないに決まってる。


「お兄ちゃん。ねぇお兄ちゃんったら」


「それでも足りないっていうなら、ご主人様に写真撮影させてもらいますから…」


 なにより俺はイケメン。顔がいいやつの査定は甘くなるのはこの世の真理であるはずだ。

 そんなことを必死に考えていたのだが…なんだかさっきから世界が揺れている気がする。まるで誰かに揺さぶられているかのようだ。


「おに…」


 はっ!まさかこれが異世界転生ってやつか!?


 神様に祈りが届き、異世界で人生をやり直しチャンスを貰って、チートが目覚める真っ只中なのかもしれない。いや、そうに決まってる!



「この世に神はいた!」


 そんな希望を胸に抱き、俺はカッと目を見開いた。

 ウェルカム新世界!俺に希望を!働いたら負けだと思ってる!!









「あ、ようやく起きたたんだ。良かったぁ…」



「うんぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」



 訂正。この世に神はいなかった。目を開けた先にいたのは、怪物でした。


 栗色の髪は乱れに乱れており、綺麗だとはとても言い難いうえに、あちこちをドス黒い塊がデコレーションしている様は、さながら地獄から這い出た山姥のようである。

だというのに目だけは蘭々と輝いているものだから、俺を取って食うつもりなのかと一瞬心臓が止まりかけたのも無理はない。

 ホラーゲームのラスボスだって、ここまでの威圧感は発せないに違いなかった。


 言うまでもなく、その正体は血を分けたはずの妹、貴幸美月その人である。


 目だけは心配そうにこちらを見ているが、いつもと同じその態度が余計に怖さを引き立てていた。誰かに体を乗っ取られてると言われたほうがまだ信じられるだろう。


「ち、ち、ち、ちがががが」


「お兄ちゃん大丈夫?うなされる顔もいいけど、怖がるお兄ちゃんもこれはこれで…♥」


 目の前の悪霊はポタポタと頬を伝う真紅の血を意に介さず、ガタガタと震える俺を見てポッと頬を赤らめている。


 え、なんで平気なの?俺と同じ血が流れてるはずだよね?ほんとに兄妹?実は鬼に変えられてるとかない?竹でも咥える?


「あ、ちょっと汚れちゃったね。せっかくだし一緒にお風呂入らない?小さい頃みたいに、また背中洗いっこしようよ♥」


「悪いけど遠慮しておきます。全力で」


 違う意味で18禁展開になるわ。

 血を垂れ流す妹をみても興奮するどころか恐怖しか湧かないんだが?


「えー。たまにはいいじゃん。今日はお父さん達いないんだし…」


「いや、妹とか抜きにして、そんな血まみれの姿でどうしろと…」


 不満げに口を尖らせる妹を見て、俺はある違和感を覚えた。

 これまたデジャヴなのだが、そのあっけらかんとした様子には見覚えがあったのだ。


「美月さん?つかぬことをお聞きしますが、貴女にはそのぅ、好きな人がいたりとかいなかったりとか、いないほうが嬉しかったりしなかったり…」


「え!?いきなり何言ってるのお兄ちゃん…」


 そういって俺の質問に顔を赤らめ、恥ずかしそうに顔を血まみれの両手で覆い隠すのだが、その隙間からはチラチラとこちらをうかがっているのが丸わかりだ。


 ついでにいえば先ほどまでの恐怖が蘇ってきたのか、俺の心臓も高鳴りっぱなしでもある。

 彼女のギョロリと血走った血混じりの瞳が、俺には冥界に潜む狂気を纏った死霊のそれに思えて仕方なかった。


(なんてこった…)


 だけどこれは間違いない。この態度を見れば嫌でもわかる。

そしてこの熱っぽい視線にも身に覚えがありすぎた。

 こうなれば、もう直視せざるを得ないだろう。


 美月のなかから、俺への好意が消えてはいないという絶望的な事実を。



(まさか、勝ったというのか。催眠アプリの力に…!)


 同時に俺は戦慄していた。美月はこの世の摂理に打ち勝ったのだ。


 それが物理的にであっても、妹が美少女なら勝てるはずのない好意を捻じ曲げるアプリに確かに抗った。これがどれほどの偉業なのか、俺にはわかる。


 わかるだけに、このまま野放しにしてはいけないということも、痛いほどにわかってしまった。


(な、ならもう一度アプリを見せれば…!)


 美月は存在してはいけない存在だ。一刻も早く対処しなければ世界がヤバい。

 そう思って再度催眠にかけるべく、床に置かれたスマホに手をかけるのだが、先ほどまでの光景がトラウマになっているのか、恐怖と震えでうまく手に取ることができずにもたついてしまう。


「く、くそっ」


「どうしたの、お兄ちゃん。あ、スマホだね。取ってあげるよ」


 俺が苦戦していると、いつの間にか近づいていた美月がヒョイとスマホと取り上げた。そのまま俺に渡すことなく、何故か美月は電源をつけてしまう。


「あっ!お、おい!待て!それは…」


「このスマホ、どこで買ったの?そんなお金ないよね?それになんかこのスマホから変な匂いがするし…ん?あれ、なにこのアプリ…催眠アプリ?」




 あ、終わったわ俺の人生。


 もっとも渡してはいけない人間の手に、再び悪魔のアプリは渡ってしまった。


 俺は今日幾度目かになる絶望を、また味わうことになっていた。



「えーと…へー…ふーん…なるほど…」


 妹は今、マニュアルを開いて確認でもしているのだろう。

 時折頷いてなにやら得心しているようだ。自分の体を見下ろしたりもしているし、大方察しがついたのかもしれない。


(グッバイマイドリーム…グッバイハッピーフューチャー…)


 催眠アプリという代物は別に美少女限定で効くわけでもなく、男にも有効なので無論イケメンの俺にもこうかはばつぐんである。


 ひとたび見れば俺もたちどころに催眠の餌食になり、一生美月に飼い殺される監禁ペットへと早変わりするはずだ。

そんな絶望の未来に、なんの価値があるというのだろう。


(死のう…)


 決意を固め、舌を噛みちぎろうとしたとき、美月はようやく顔をあげた。

 どうやら少しばかり遅かったらしい。罪は甘んじて受けろという、神様からのメッセージかもしれないな。

 俺は全てを諦め、絶望の篭った重いため息を吐き出した。


「なるほど。私がこんなに血を流してるのは、このアプリのせいだったんだね」


「厳密には違うけど、まぁ間違ってはいないな…それで、俺をどうするんだ?」


 妹がアプリに全力で抗ったうえ、壁さんとタイバンかましながら絶叫して勝利のクリムゾンシャワーを撒き散らした結果です、なんていうのは野暮だろう。


 事実、美月は自らの力のみで打ち勝ったのだ。

ここは現代日本だが、時代が時代ならアマゾネスとして部族を率いる女帝になっていたに違いなかった。


「それはね…こうだよ」


 力なくうなだれたまま、裁きの時を待つ俺の眼前に美月はスマホを突き付けてくる。


「…だよな。まぁ当然か」


 力なく笑う俺。どうやらすぐに実行に移すつもりらしい。

 ノクターン展開はごめんだったが、どうやら俺はこれからエロゲ主人公の道を歩かざるを得ないようだ。

でも、それはそれでありかもな…


「できればハーレムを許して欲しいかな。俺、お前の兄貴だしイケメンだからさ」


「それはダメかな。お兄ちゃんは自己愛強くて目が曇ってるところあるから気付いてないけどフツメンだから全然モテないことは知ってるけど、私ちょっとだけ独占欲強いからね」


 フッ、冗談上手いぜ。俺はこんなにイケメンだというのに。

 だけどちょっとはうっそだろお前。お兄ちゃんどいて!そいつ○せないとか余裕で言えちゃうようなやベー本性持ってたのわかってんだからな!怖いから言わないけど!


「ふぅ…」


 …うん、もう覚悟を決めよう。ヤンデレには勝てない。


 それによく考えれば繋がった血を流しまくりのヤンデレとはいえ、妹は妹だ。

 どうせ逃げられっこないし、こいつには甲斐性がある。

もしかしたら、一生養ってくれるかもしれないし、監禁さえなんとかすれば、案外寄生相手としては悪くないかもしれない。


 ポジティブに考えながら妹の言葉を待っていると、不意に美月が微笑んだ。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「なんだ、妹よ」


投げられた声はひどく穏やかで、優しくて。



「私、道具に頼るのって好きじゃないんだ」



 ぐにゃり


 そしてとても穏やかな笑みを浮かべたまま、美月は手に持った俺のスマホを、催眠アプリごと捻り切った。









 ……






 …………?






 …………………????









 捻り切った…だと…









「え、おま、うそぉ、え、お、うおえああああああああ!!!!!」



「こんなものに頼って心を手に入れても、なにも嬉しくないよ。やっぱり好きな人の心は、自分の力で手に入れないとダメだよね!」



 自分の力(物理)



 そんな力嫌すぎるわ!!!それを除いても、目の前で行われた衝撃映像に、お兄ちゃんはびっくりだよ!!!



 スマホを捻り切っただと!?やべーよこいつ!!人間にできることじゃねぇぞ!?

物理属性のヤンデレとかチートだろ!!!ナーフしろやクソ運営ぃぃぃぃっっっ!!!!!





 あの華奢な細腕に、一体どんな力が秘められていたというのか。


 いろんな意味で血が繋がってるとは思えない。あんなの勝てるはずがないよぉ…




「ねぇ、お兄ちゃん」


「はひぃ!」


 あらゆる意味で妹に勝てない事実を見せつけられた俺は、豚のような情けない悲鳴をあげてしまう。

 無理だ、勝てねぇ。目の前にいるのは妹とかそんな生易い存在ではない。

明確な上下関係を魂に刻まれた俺はもはや服従のポーズを取ったチワワも同然だ。


「これからもずっと一緒だからね、それこそ一生。ううん、それより先もずっと、ずーっとね…」


「ふ、ふぁぁい…」


 美月の目には先ほどのような光は既にない。

 ドロドロした狂気を帯びた、妹のどす黒い瞳に気圧されまくった俺は、ロボットのようにカクカクと頷くしかなかったのであった。







 …………これからのち、妹とご主人様の血で血を洗う死闘が繰り広げられるのだが、それはまた別のお話である

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妹が可愛すぎるので催眠アプリで自己催眠VR寝取られ体験を満喫しようとしたら妹に催眠をかけてしまったけど実はヤバい願望持ちのヤンデレ属性であることに気付いてしまいフラグ回避を試みたら全力で抵抗してきた件 くろねこどらごん @dragon1250

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