『私』が帰るところ
「え?」
「正しくは、あなたの決断によって、ですね。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんなのいきなり言われても、」
「納得できないですか?」
「できないです。」
「そうですか。それなら、すべて話す必要があるようですね。どうですか、コハルさん」
「ええ、私も、そろそろそうしようと思っていたから。」
「…全てを話すって何?あななたちは、私に関する何かを知ってたけど、ずっと教えてくれてなかったってこと?」
「そうよ、あなたに隠していたことがあるの。」
「…もしかして、ここに私を連れてきたのは二人で、私のことずっと騙してたとかそういう話?」
「あなたにそんなことは、誓ってしないわ。」
「そうですね、これでも牧師ですし、そんなことしていません。今からお伝えしようとしているのは、あなたがここにいる理由と、この世界、私たちについての真実です。」
「そうなんだ。」
「まず、この世界は、物質的に、あるいは肉体的に、実在している世界ではありません。では、どこにあるのか。それは、ここ。(脳を指さす)あなたの意識の中にある世界なんです。」
「私の意識の中?」
「そう。ここは、あなたの時間と空間の概念、そして、あなたがあなたに対して感じていた思いが入り混じってできた場所なんです。簡単にいうなら、あなたが見ている夢の中の世界ともいえるでしょうね。」
「私が見てる夢……もしかして、あたしがあたしに感じていたやるせない思いが、この空間を作り出したっていうの?」
「そうです。」
「…それなら、どうして私はここにいるの?意識の中なら、肉体は存在しないはずなんじゃ…。」
「それは、あなたという存在が、そもそも肉体じゃないからよ。」
「えっ……じゃあ、もしかして、私は幽霊ってこと!?」
「あはは、違うよ。あなたは今、礼奈という人間であるとされて、この世界に置かれているからそう感じるのかもしれないけど、実際にはあなたも私たちも、現実の世界にいる礼奈という人間によって作り出された、一つの概念なんだよ。」
「そう、あなたは概念であり、礼奈さんが感じている礼奈さん。つまり、礼奈そのものと言えます。」
「なら、現実世界の私は今、どうしてるの?」
「元の世界にいたあなたが、あなた自身、つまり、礼奈という存在に苦しみ、未来を見ることを怖れて、過去の思い出にばかりすがって生きていたのは知っていますね。そんな時に現実世界のあなたは事故に会い、意識不明の重体となっってしまったのです。」
「…まさか…。」
「そう、現実世界のあなたは今も、眠ったままです。…しかし、状態としては回復しています。目覚めることは十分にできるはずです。」
「それなら、どうして?」
「あなたが元の世界へ戻ることを、拒んでいるからです。」
「えっ……」
「今の自分を消し去り、過去の楽しかった日々に戻りたいと思っていたあなたは、過去の世界にいた、かつてあなたの親友であった、コハルさんをあなたの意識世界の中に呼び出しました。この世界で過去に浸って、もう現実には戻らないつもりでいたからでしょう。」
「…コハル、そうなの?」
「ええ。私は過去の世界からやって来た、礼奈の親友よ。」
「どうして、何も言ってくれなかったの?」
「何にも覚えてないって聞いて、礼奈が自分を忘れたがってることが分かったの。あんまり急いで記憶を伝えても、あなたのためにならないと思って。」
「私のためにならない?…」
「あたし、過去の世界にいた時から、今の礼奈の様子をそっと見ていたの。礼奈が自分自身に苦しんでいるのを見るのは、とても悲しかった。この世界に飛ばされて、あたしは礼奈を助けるために呼ばれたんだって思ったわ。だから、ただ、記憶を伝えるだけじゃだめだった。礼奈には礼奈であることの自信を取り戻して、生きて欲しかったからね。」
「コハル…。」
「コハルさんのおかげで、あなたは無事にある程度の記憶を取り戻し、自分に自信を持つことができるようになったはずです。しかし、あなたが元の世界に変えるためには、まだ、足りないものがある。」
「何なの?」
「勇気ですよ。礼奈さん。」
「勇気?」
「神についての話を覚えていますか。未来に対してもまったく同じことが言えるんですよ。今からあなたが戻る現実の世界には、苦しいことや辛いことが、これからもどこかで待ち受けているでしょう。」
コ:「だけど、その中であなたは、自分の描く幻想を、即ち、自分自身を信じて進むことしかできない。」
牧:「だから、あなたが自分を信じ続けて、前に進んでいくことができるということ。」
コ:「あなた自身による決断。」
牧:「それが、あなたに必要な勇気です。」
「そうだったんだ。」
「多分これでもう、あなたは現実の世界に帰れるはずです。」
「…分かった。いろいろ教えてくれてありがとう。」
「いいえ。あなたはあなたを信じて進むことしかできない。どうかそのことを、胸に刻んでこちらへ来てください。私は、あなたの描く未来そのものなんです。先に行って、あなたが来るのを、楽しみに待っています。それでは。」(牧師去ル)
「また、二人になったわね。」
「うん。…コハルは私が元の世界に帰ったらどこへ行くの?」
「きっと、また、礼奈の過去に戻るんでしょうね。」
「もう、会えないの…?」
「そうね、会うことはできないでしょうね。」
「そうなんだ…。」
「でも、あたしはこれからも礼奈の過去から、礼奈のことを応援しているわ。……そろそろあなたの帰る時が来たみたい。…それじゃあ、またね。」
「どうして、もう会えないんじゃ…。」
「あたしは、礼奈の過去なのよ。礼奈は、今の自分と過去の自分って分けて考えたのかもしれないけど、それは違う。」(手を握る)
「あなたは、過去の集大成。そして、過去もまたあなたなんだから。」
「そうか。それじゃあ、…」
「うん。それじゃあ、…」
(二人でいう)「またね。」
(暗転)
fin.
『描いた色は』 @cocomi44
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