その神は偽りなりや?

灰崎千尋

「虚ろなる者」について

 第三回偽物川小説大賞、お疲れ様でした。

 拙作「虚ろなる者」(https://kakuyomu.jp/works/16816700427339002964)はお陰様で銅賞をいただくことができました。改めて感謝申し上げます。大賞レースにも少し引っかかることができて良かったです。

 さて、いただいた講評(https://note.com/tantankyukyu/n/n68e177cbdaa5)を拝読しますと、拙作に関して評議員さんの中でも解釈が色々とあるようでとても興味深かったので、作者はこんな風に書きましたというのを少し書いてみたいと思います。が、これが唯一解というわけではなく読者の解釈もどんどん広げていただきたいと思っていますので、ネタバレ込みのフレーバーとしてお楽しみいただければ。(なので是非、本編を読んでから以下に進むことを推奨します!)




〈テーマ:神 について〉

 本企画のテーマが「神」ということで、まず私にとって神とは何ぞや、と考えてみました。

 私には特に信仰する宗教はなく、しかし実家には仏壇があってお経を読んだこともあり、幼稚園はカトリック系、中高はプロテスタント系、とまぁわりと節操のない感じです。そんな私がぐるぐると考えてみたところ、「信じる者がいれば神となる。その者にとっては」という結論に至りました。

 私のような人間にとっては、神とは絶対的な存在ではなく、認知され信仰されてこそ神、だと思うのです。そこをスタートとして、物語とキャラクターを作っていきました。



〈舞台について〉

 本作の舞台は有史以前、新石器時代あたりをイメージしています。

 というのも、着想元の一つにとある資料館で見た、部族の衣服がありまして。「その土地で身近な動物を部族の象徴として身に付ける」という文化が、そういえば自分こういうのめちゃくちゃ好きだわ、と気付いて取り入れさせてもらいました。

 参考にした土地のイメージはエジプト付近です。これは私がゲームソフト「アサシンクリードオリジンズ」をプレイ済みで情景を描きやすいというのと、ナイルの恵みと氾濫に人々が振り回された歴史が、「不変」を追い求める部族のイメージに合致した、というのが大きな理由でした。あの辺りに巨石信仰があったかというと微妙なのですが、異世界というほど現実離れもしていない、そんなわけでカクヨム上のジャンルは「その他」(神話)になっております。

 エジプト付近に生息し、勇ましい肉食獣であり、性格が想像しやすそうな動物。そういう観点で三つの部族の象徴を狼・獅子・鰐としました。実直な狼、大胆な獅子、狡猾な鰐。



〈『黒き岩』について〉

 新石器時代あたりは信仰といえばまだアニミズムであり、その頃でも神に近い扱いを受けていそうなのはでっかい岩。巨石信仰についてはわかっていることが少ないのでわりと好きに書ける、というのもありがたい。そして巨石信仰に至る人間の心情を考えてみると「変わらずそこに在るから」ではないか、というのが今回の結論でした。

 『黒き岩』、名前が直球過ぎるけどまぁあの時代だし、うん……作者の中では、この岩は隕石ということになっています。川の水でも削れないでいてもらわないといけないし、他の岩と違う特徴を持っていてほしいので。



〈ニザについて〉

 本作の主人公、ニザ。無骨マッチョ系男子。狼の部族の中で最も優れた狩人であるという以外は、至って普通の人間です。読者と一緒に考えてもらうのにちょうど良いキャラクター。狼って頭が良いイメージもありますし、考えることも苦手ではない人です。だからこそ、あの結論に至ったはず。

 最終的に神殺しをしてもらいたかったので、弓が得意な狩人になりました。



〈アムヤについて〉

『黒き岩』の霊を宿す、と周囲に信じられている女。そう信じられてしまったので、アムヤはもはや現人神あらひとがみなのです。実際に彼女に力があろうとも、無かろうとも。

 というのをもう少し明らかにした方が良かったですかね、でも読者の中で神だったらそれを否定したくなかったといいますか。

 獅子の部族に生まれたものの、人の心がわからないので実の親からも疎まれ、しかしそれを悲しむこともない。その上、生まれつき子宮と膣が無かったので、あの時代特に重視されたであろう母となることもできない。(このあたりは、母胎としての女性を神聖視する傾向について、私は大変気に食わないという考えも反映されているかも)

 そんな体も心も空っぽのアムヤ、シャーマン的な勘の鋭さや予感はありますが、作者の中では彼女に奇跡を起こすほどの力は無いと思っています。あくまで「おまじない」、プラセボ。でも何事にも動じないという特性が、人々を縋らせる。人は普通、そんなに強くないので。

 ただ、「自分が他と違う」ことは認識しているので、本来の居場所がもしあるのならそこへ行くのが道理だろうと思っている。だから最後はニザに託しました。



〈グクスについて〉

 一番解釈が分かれるのがこの男になるとは、作者は思っていませんでした。興味深い。

 鰐の部族出身の、糸目の怪しい毒使い。こういう笑顔が胡散臭い糸目キャラ、単純に好きなんですよ……

 毒というのもある種の奇跡と考えられたりもするようなので、呪術的な素養も持たせてみました。その結果、誰よりもアムヤに心酔してしまった。

 毒の扱いが上手いので、たぶんアムヤの前にも暗殺を色々やっているはず。戦闘能力は低いけれど潜むのは得意、みたいなタイプです。

 グクスもまた神、と解釈されたのは意外でした。ちょっと詰め込み過ぎましたかね……でもああいう歪んだ子を書くのが楽しくてつい。ただ彼についても、読者がそう信じたなら神であって良いと思います。

 シェイクスピア劇の道化のような、物語に絡みつつ一段上から物を言うキャラクターを書きたいという思いもありました。アムヤのことをたくさん知っているのは、彼女のことを知りたくなってしまったグクスが本人から聞き出したのと、弁も立つので倉庫を借りたように交渉をしたのでしょう。

 アムヤに接するうち、神としても人としても愛してしまったので、ニザにも協力するけれどニザを殺さずにはいられない。

 本編中では唯一生き残ったグクスですが、あのあとアムヤを失った絶望で人知れず野垂れ死んでも、しぶとく生き延びてアムヤとニザの幻影に苛まれても、どちらでも良いなぁと思っていたりします。





 と、色々語ってはみましたが、裏設定といいますか、本編に書かれていることが全てではありますので、解釈はお好きに広げていただけたらと思います。そういう楽しみ方ができるのも神話かなぁと思うので。語りを三人称にして、起きた事だけを描写したのも、そういう理由です。

 この文章が、本編をもう一度楽しむきっかけとなりましたら嬉しく思います。

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