ネタバレ感想文

コノナカ

「ひねもすのたり日記 1」ちばてつや

 私が子どもの頃好きだった「あしたのジョー」の作者のちばてつや氏のエッセー・回顧録風作品です。作者の現在のほのぼのとした老境と満州時代そして引き揚げの過程の厳しい日々が交互に織り込まれていて読む人の心にすんなり入ってきます。子ども時代の描写などは「あしたのジョー」の泪橋でよく見た子どものしぐさを彷彿とさせるものもありファンとしては嬉しい限りです。


 引き揚げ後に訪れた焼野原の東京から見た景色とてつや少年の表情が圧巻です。今まで見たことのなかった母の涙を見ることによって少年は敗戦を真に知ります。子どもは親と一緒に時代を生き、その時の親の気持ちを感じ取ることによって人間としての感性を体得してゆくのだな、と思いました。


 失意の中一家は父方の祖母の家へ向かいます。場所は千葉の九十九里浜です。夜半に到着した家族を月明かりに照らされた浜辺の海と緑が静かに迎えます。祖母の家は瓦屋根の昔の家屋です。畑や植え込みに囲まれた古そうな平屋建てで雨戸が閉まっています。ただその佇まいは地に足を付けどっしりと、ここが人が生きていくことの基本の場所です、と言わんばかりに存在していて、迷い彷徨い傷付き疲れた家族を当たり前のように迎え入れます。その描写はマンガの背景ではありますが水彩画をみているような気持になります。マンガ家というのは自分の記憶の中の景色をこんなにも克明に覚えていて、しかもそれを何十年経っても再現できるものなのかと思いました。


 私が子どもの頃にテレビで見た「あしたのジョー」は貧しい少年の格闘物語でしたがいつもなぜか心温かく主人公の瞳にはどこか明るさがあり、だから好きだったのだと思います。その作者の人となりがどのように育まれたかを知ることのできる一冊です。

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