第4話 つまりはそういう結末


 膠着状態に、とうとう口を出したのは副騎士団長、リッケルトだった。


「えー、もういい加減みなさまお察しの通り、団長はレティシア様にメロメロ惚れ込んでおられます。手を離さないのは離しがたいからで、手が出せないのは、自分がオジサンだからです」

「リッ……ヶ!」

「十五年前、団長は当時五歳のあなたにふにゃふにゃに癒されました。上官の名誉のため申し上げますと幼児性愛者ではありません。しかしあなたに強い恩義を感じ、匿名でたびたび贈り物を届けておりました」

「贈り物というと、まさかあの――七歳の誕生日の、くまさんのぬいぐるみ!」

「八歳のねこさんも九歳のうさぎさんも団長です。十歳のパステルも、十一歳の絵本も団長です」

「十二歳のときの紐パンも!」

「それは奥方様ですぅ。お嬢様ったらいつまでもぱんつまるだしで遊びまくるから、お年頃ですよとお叱りで贈られました」


「十二の時はピンクのオカリナだ」


 フランツがボソリと言った。


 ……オカリナ……ぬいぐるみ、絵本。フランツの挙げたものはすべて記憶していた。そして以降もたびたび似たような、レティシアの年齢に合わぬ子供向けのオモチャやお菓子が届いていた。送り主の中ではきっと、時間がゆっくり流れているのだろう。このプレゼントの送り主は可愛らしいひとだとだけ、ふんわり考えていた。


 申し訳ない、とフランツは頭を下げた。


「俺の中で、いつまでも君は幼い子どもだった。ずっと戦場にいて、婦女子との交流がなく……小さな手で俺を撫で、いたいのいたいのとんでいけと呼びかけてくれる、優しい少女のままだった」


 そんな謎の贈り物も、十八の時に無くなった。代わりに婦人(レディ)向けになったわけではなく、ただピタリと届かなくなったのだ。


「……送り主に恋人か、自分の子どもが出来たのかと思いました」


 フランツは首を振った。


「二年前、ちょうど俺は騎士団長に就任した。とびきり大きなぬいぐるみを持って、ベルヘルム卿を――レティシアを訪ねた。再会したらすぐに抱き上げて『たかいたかい』してやるつもりだった。……だが――」


 言葉を無くすフランツ。続きは言わずともわかった。

 十三年ぶりに見たレティシアは、かつてのオテンバ少女とはまるで別人だった。

 大人の女性、そしてフランツの年より半分ほどの、うら若き乙女であった。

 屋敷の前庭にいたレティシアは、白い腕を伸ばし、ほっそりとした指で花を摘み、香りを楽しみ、屋敷へ持ち帰る。

 フランツは自身の手を見下ろした。三十五年――剣を振り続けた中年男の、無骨な太い指。

 父親のように抱き上げることは出来ない。だが男として抱きしめることも叶わない。

 フランツは痛む心臓を抑え、無言でその場を立ち去った。


「恥を知れと、罵ってくれ」


 フランツはそう言った。


「俺はこの十五年、体ばかり老けた男だ。頭は二十二歳で止まっている。期待をしてしまうんだ、親子ほど年の離れた君に、ひとめぼれをして――馬鹿馬鹿しいっ! ああくそ馬鹿――」

「……あのう……フランツ様」

「名前を呼ばないでくれ、キュン死する!」

「えっ!? はいごめんなさい!」


 慌てて口を塞ぐ。侍女と副騎士団長は、肩をすくめた。


 フランツに言われたとおり黙りはしたが、頭の中がぐるぐるしていた。


(ええと…つまり、フランツ様はわたくしのことが……?)

(でもあの求婚はわたくしを救い出すためで、だから婚約破棄を言われたわけで)

(……それもわたくしのため?)

(それなら……婚約破棄、しなくてもいいのでは?)


「それだったら婚約破棄しなくてもよかったのでは?」


 ニーナが言った。考えていたことをそのまま言われて、体が強張るレティシア。


「なんか勝手に誤解されてるようですけども。お嬢様、フランツ様の求婚を喜んでおられましたよ?」

「ちょっ……!?」

「ん? それはだから、異国の成金助平爺よりはまだマシという……」

「そうじゃなくて。フランツ様のお名前を聞くなり飛び跳ねておいででした。同封されていた肖像画に、『ひぁああ激シブ』『セクシー満点喉仏』『胸板に戦馬車(チャリオット)乗せとんのかい!』とか、『眉間の皺がラブリーキュート!』とか」

「ぎゃああニーナやめて!!」


 レティシアは力尽くで侍女の口を塞いだが、侍女もまた負けてない。取っ組み合いになって、お互いを黙らせようと頬をつかみ合う。


 その様子に、フランツは天を仰いで溜め息をついた。


「じゃじゃうまモードのワイルドレティシア、とうとい……!」


「そうかと思えば『なぜ? まさか十五年も前のことを覚えているわけがないし、あのひとにとってわたくしはコドモでしかないでしょうに』とか、『そうよきっとなにかの間違いよ期待しちゃダメよレティ、メッ!』とか、ずっと独りゴトでうるさくてー」

「あーあーあーあーーっ!」


 ぽかん、としていたのはリッケルトである。三人の大騒ぎが少し落ち着くのを待ってから、辛抱強い声で訪ねた。


「もしかしてレティシア様も、団長のことを覚えておられたので?」

「うっ!」


 思わず呻き声を上げ、黙り込む。それでも恥を忍んで、レティシアはおずおずと進言した。


「……はい。覚えてました。五歳のとき、うちに数日滞在したワイルドイケメ――素敵な騎士様のことを」

「え」

「……ケガの治療に弱音を吐かず、部下のことを思いやる、強くて優しいお兄さん。コドモの遊びに根気よく付き合ってくれて……」


「花瓶の水をぶっかけた見習いメイドにも、笑ってタオルを差し出してくれる優しいひとでしたねー」


 侍女のニーナも続けた。


「あのプレゼントが誰からかは、分かりませんでしたけど。……もし、フランツ様だったらいいなって。

 ……騎士団の活躍を聞くたび、フランツ様の勇姿とご無事を祈っておりました。風の噂に、あなたが未婚のままだと聞いて、もしかしたら……もしかしたら。

 わたくしが大人になるのを待ってくれているのでは、なんて。は、恥ずかしい妄想を……誕生日のたび、一日中庭先で、あなたが迎えにきてくれるのを……待って……」


「……………………ヒュッ。」


 妙な音に顔を上げる。と、フランツが脱力していた。


「フランツ様?」


 レティシアが声をかけた途端、フランツは白目をむいた。大きな体が真横に倒れ、そのまま床に転がった。


「フランツ様!! きゃあぁぁあっ!?」

「うぉわやべえっ失神してるっ! 団長! しっかりしてください団長ーっ!」

「ニーナおみずぶっかけます! リッケルトさんは医者を! レティシアお嬢様は、人工呼吸をお願いします!」

「そんなの、今度はわたくしが死んでしまいますわ!!」



 ――かくして。

 これ以上なくハイテンションに、フルスロットルで始まったふたりの仲は……。

 遠く離れた住処にいながら文を交わし、つなぐ手の指を一本ずつ増やし。


 救急医療班抜きでふたりきり過ごせるようになったのは、このあとまだ何年も先の話。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アラフォー帝国騎士団長は年の差MAX令嬢を開幕フルスロットルで愛しすぎている とびらの @tobira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ