腕時計

麻木香豆

⌚️

 この腕時計は小さい頃、亡き母が買ってくれた。

 子供用だったけど、成長に合わせてベルトも変えて使っていった。15年以上身につけている。電池も変え、表面のガラスが割れた時は流石にもうダメかと思ったが、父さんが必死になって同じ型の時計を作っている会社を見つけて修理に出してくれた。


 この時計を見ると思いだす、亡き母の事を。そして今日は誕生日。


「誕生日おめでとう」

「大学生になってますます立派になったわね、おめでとう」

 父と、新しい母の志津子さん。


「父さんからは図書カードだ。たくさん本を読んで賢くなるんだ」

「ありがとう、父さん見習ってたくさん本を読むよ」

 志津子さんも何か持ってきた。


「大学生だしね、ちゃんとしたものをね」

 僕は何か嫌な予感がした。箱の形、重み。


 腕時計だった。

「付けてみろ」

 父さんは知ってるでしょ。僕の身につけている腕時計は……。渋々時計を交換してつけた。


「正直、あの腕時計つけているの嫌だったの。たしかに亡くなったお母様に買ってもらった大事なものかもしれない、だけど私はそれを見ると彼女の影がチラつくわ」


 この新しい時計を外して投げ捨ててしまえ! と思ったが志津子さんの馴染もうとしている気持ちをないがしろにしたく無いし、それに今日は僕の誕生日だから雰囲気を壊したく無い。


 だから僕は微笑み

「ありがとう、大事にするよ」

 と志津子さんに言うと泣き出した。


 僕は今までつけていた腕時計を引き出しにしまった。


 いつまでも過去を引きずってはいけない。亡き母と志津子さんを比べていた。全く性格も違うし、容姿も違う。料理だって二人とも上手だったが何かが違った。のに、全てにおいて比較していた。


 亡き母はもういないのに、時計を見ては思い出し、過去に浸っていた。

 

 反抗期は少しあったがその時にはかなりきつく当たって、学校でも問題を起こして頭を下げにくるたびに

『本当の母親でも無いのに頭を下げるなんて馬鹿だ』

 と。しかし志津子さんはめげずに僕に接してくれた。



 引き出しに入った時計に

「今までありがとう」

 と亡き母に語るように声をかけ、志津子さんを見た。


「母さん、これからもよろしくお願いします」

 志津子さんはさらに泣いた。



 あれから20年経つ。定期的にメンテナンスもして未だに現役だ。


 でもサヨナラしたはずのあの時計も引き出しからたまに取り出してメンテナンスもして大切に残している。今度墓参り行くときはこっそり胸ポッケに入れていこう。


 終

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