腕時計

麻木香豆

⌚️

 僕の腕時計は小さい頃、亡き母がくれたものなんだ。水族館で買ってもらって。イルカの絵が描いてある。

 お父さんにダメって言われて諦めてたら母がこっそり買ってくれた。


 子供用だったけど、成長に合わせてベルトも変えて使っていった。もう15年以上身につけている。電池も変えたり、表面のガラスが割れた時は流石にもうダメかと思ったが、父さんが必死になって同じ型の時計を作っている会社を見つけて修理に出してくれたんだ。


 この時計を見ると思いだす、亡き母の事を。もらった時はまだ時間というものがよくわからなかったが、数字はわかっていたから数字を読んだり、時にはネジを回して遊んだり。

 学校やお風呂、寝る時以外はつけていた。大切な大切な時計。


 今日は大学に入ってからはじめての誕生日。19歳……10代最後の歳になった。


「湊音、お誕生日おめでとう」

「ミナ君、大学生になってますます立派になったわね、おめでとう」

 父と僕のことをミナくんってよぶ、新しい母さんの志津子さん。19歳なのに僕は一人っ子だからなのか盛大にお祝いされる。

 料理の得意な母さんのお手製のケーキに僕の好きなハンバーグやエビフライ。いかにもお子様セットみたいだが僕の好きなものばかりだ。


「来年はお酒が飲めるぞ。父さんはお前と酒が飲めるのを楽しみにしている」

「お父さん、まだまだ早いわよ。それにあなたに似て弱いかもしれませんし」

 ……今だに慣れない新しい母さん。もう何年もいるのに、やはり死んだお母さんが愛おしい。

 志津子さんは仕事が忙しいのに家事もしっかりして献身的に支えてくれているのに申し訳ない。


「父さんからは図書カードだ。たくさん本を読んで賢くなるんだ」

「ありがとう、父さんのように立派にはなれないけど、読書好きな父さん見習ってたくさん本を読むよ」

 父さんは毎年図書カードだ。仕事が忙しいし、帰りも遅いし土日もしばしばいないからあまり僕とは会話が無い。別に悪くないけど。


 母さんも何か持ってきた。亡き母は専業主婦だったけど、志津子さんはバリバリのキャリアウーマン。きっと稼いだお金で買ったのだろう。

 亡き母は父さんからもらっていたお小遣いを貯めて買ってくれたのだろう。


「はい、これ。……数年後には就活始まるし。その時にはちゃんとしたものをね、身につけておかないとね」

 僕は何か嫌な予感がした。箱の形、重み、その言葉。


 腕時計だった。ブランドものだ。音はしない。

「素敵だな、付けてみろ」

 父さんは知ってるでしょ。僕の身につけている腕時計は……。


 そう思っている隙に母さんに今付けている腕時計を外された。そして新しい腕時計をつけられた。

「あら、やっぱり似合うわよ、お父さんと一緒に選んだのよ」

 と少し声が高くなる母さん。僕は横目で父さんを見ると、少し渋い顔をしていた。


 再び母さんの方を見ると微笑んでいた。が、眉が少し下がって

「正直、その腕時計つけているの嫌だったの。たしかに亡くなったお母様に買ってもらった大事なものかもしれない、だけど私はそれを見ると彼女の影がチラつくわ」

 そんなことを思っていたの。僕がさっきまで身につけていた時計はカチカチ、となり続けている。


 僕が新しい時計を外して投げ捨ててしまえ! と思ったが新しい母の馴染もうとしている気持ちをないがしろにしたく無いし、それに今日は僕の誕生日だから雰囲気を壊したく無い。


 だから僕はニコッと笑って

「ありがとう……大事にするよ」

 と母さんに言うとボロボロと泣き出した。母さんは父さんに背中をさすられている。


 ……僕は今までつけていたイルカの腕時計を新しい時計の入っていた箱に入れ、引き出しにしまった。


 いつまでも過去を引きずってはいけない。専業主婦だった亡き母と今の母さんを比べていた。全く性格も違うし、容姿も違う。二人とも綺麗な人だけどタイプは違う。料理だって二人とも上手だったが何かが違った。全てにおいて比較していた。


 亡き母はもういないのに、時計を見ては思い出し、過去に浸っていた。

 強気な今の母さんを見ると少し嫌になることもあった。

 反抗期は少しあったがその時にはかなりきつく当たって、学校でも問題を起こして頭を下げにくるたびに

『本当の母親でも無いのに頭を下げるなんて馬鹿だ』

 とは思っていた。


 しかし母さんは仕事もあるのに、めげずに僕に接してくれた。



 引き出しに入った時計に

「今までありがとう」

 亡き母に語るように声をかけて、


「母さん、これからもよろしくお願いします」

 と母さんに言うとさらに泣いた。あああ、もう泣かせるつもりは無かったのになぁ。





 あれから20年経つ。定期的にメンテナンスもして未だに現役だ。母さんもめっちゃ元気。僕も結婚して、今が一番仲がいいかと思う。


 でもサヨナラしたはずのあの時計も引き出しからたまに取り出してメンテナンスもして大切に残している。今度墓参り行くときはこっそり胸ポッケに入れていこう。


 カチカチ……この音が懐かしい。






 終

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