末代の重宝

アンダーザミント

末代の重宝

御台みだい、わたしにも見せてはもらえませんか」

「御所さま。つい昨日『先に御台がごらんなさい』って仰せになったばかりではありませんか」

「そうでしたね……。でも、わたしも読みたい」

「お気持ちはしかと承りました。されどもう少しの間お待ちいただけませんか」

 実朝さねともと御台所が、きらびやかな料紙の巻物に目を輝かせながら戯れている。これは御台所の家の侍が何日か前、都から下ってきてここ鎌倉の将軍御所を訪れ、進上したものだ。その侍の家に伝わるもの『古今和歌集』で、藤原ふじわらの基俊もととしの筆によるものという。将軍家夫妻はこれまでも古今和歌集に目を通したことはあったが、このように華美な装丁と、流麗な筆遣いの写本は初めて見るもので、巻物を広げるたびに二人で息をのむほどであった。

 御台所は気に入った歌をひそかな声で口にのぼせながら、じっくりと書を眺めている。その傍らで実朝は、微笑みをあらわしつつも少し恨めしそうな視線にこっそり本音を出している。


 夏も深まる六月の初め、五月雨が去り、吹き込む風が含む暑さが更に増してきた。

 実朝はこの数か月前、流行り病の疱瘡ほうそう(天然痘)にかかり、一か月ほど苦しんでいた。回復してからもしばらくは体調が安定せず、突然熱を出して寝込んでしまうことがあった。加えて、全身に痘痕あばたが残った。特に腕と顔の様子が酷く、しばらくは見慣れた近習や女房達にも顔を見せようとしないほどだった。これもやっとのことで克服し、此度このたびの貴重な宝物との出会いにたどり着けたのだ。

 御台所は、これでさらに病の鬱屈が晴れるなら、と願っていた。ところが、何故か「どうぞ、先にごらんなさい」と譲ってきた。それなら、と広げてはみたものの、やはり夫が傍らから見ているのを感じる。

「それなら、なにゆえわたくしが先に、と仰せになったのですか」

「ああ……、」

 実朝は、御台所の少し後ろから、衣が触れんばかりの近さまでにじり寄っていった。

「こうして、御台が読んでいるところを見たかったからですよ。それに、わたしが先に取ってしまったら我を忘れて読んでしまいますから。……だから、一緒に読もうと思いました」

 御台所は顔を伏せ、まあ、と小さく声をあげた。

「わたしがこのような面になっても、御台は受け入れてくださいました。そのことがただ嬉しかったのですよ」

 十七歳と十六歳の夫婦は、気が付けばしっかりと並んで、詞の珠とお互いの宝に向き合っていた。

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