グッドタイムイズメニーイビル。あるいはパンドラの中の黄金。または玉子焼き。
白川津 中々
■
漆黒に包まれし黄金を見定めると感極まり咽び泣かざるを得なかった。
それは少々誇張が過ぎるものの感嘆くらいは漏らしたと思う。苦節三年、ようやく巻けた完全なる卵焼きを前に想いないはずがない。昼が今から楽しみで仕方がないぞ。あぁ美しきドラド。写真。写真を撮ろう……
そんな場合ではない。時間がないのだ。サラリーマンの朝は戦いである。できたての弁当を急いで詰め込みビジネスダッシュ。説明しよう。ビジネスダッシュとは厳禁である遅刻を防ぐための全力ダッシュである。夏場は死ぬ。
ビジネスダッシュでなんとか電車に間に合いガタンゴトン。「次は〜新宿〜新宿〜お出口は左側です」と促されるまま降車し改札をクリア。徒歩三分でオフィスに到着。駅直結のビルテナントはありがたい。
「おはようございます」
「はいおはようさん」
円山さんに挨拶し着席。ここからはお仕事タイムでキーボードをカタカタのカタ。本日は暇なスケジュールを想定。息抜きついでのタスク回しであってもバチはあたらないだろう。昼まで適当に誤魔化しつつ、弁当を楽しむ算段。黄金の誘惑がブルシット出社をワクワクさせる。さ、仕事してるふり仕事してるふり……
と、思った俺が甘かった。こんな日に限って客先からの問い合わせ三昧。文書作成に多忙滅私の飯抜きフィーバー。死ぬ〜死んでしまうぞ〜
「穂高さん。お電話です!」
クソ忙しい中のTEL。狂ってる。
「死んだ事にしといてください!」
「かしこまりました……あ、申し訳ございません。穂高は死にまして……えぇ、はい。溺死です。来週には復活すると思いますので……」
滅茶苦茶な応対は聞かなかった事にする。そんな事よりいよいよ大詰め。最後の報告書をメールでご送付すれば……はい! 完了! 山は乗り切った! さぁ飯だ飯! 巾着ほどけばランチボックスこんにちは! 蓋を開ければ輝く秘宝が……
秘宝がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
見るも無惨な弁当。理由は明白。蓋の半開き。朝のビジネスダッシュにより、密封されていない弁当がシェイク&ミックスされてしまったのだ。あぁ、黄金が見る影もない。コンキスタドール……
「あれ? 穂高くんどうしたのお弁当。ケイオス効きまってるじゃん。うーん。アバンギャルド」
アバンギャルドというよりアカン死にそうである。
「……円山さん。自分、テキーラいっていいっすか?」
「駄目に決まってんだろ」
駄目だった。
黄金の卵焼きは儚く夢幻に消える。残ったのは、辛い現実と目の前の残飯。
グッドタイムイズメニーイビル。あるいはパンドラの中の黄金。または玉子焼き。 白川津 中々 @taka1212384
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