ドライヤーコネクト

@minori_

ドライヤーコネクト

ドライヤーで髪をかわかしている最中に、今週はすごく気分の良い三日間が続いているなと思った。

水曜日、キッチリ定時に仕事を終わらせ、わき目もふらず帰宅し、捨てるように服を脱ぎ、飲むようにシャワーを浴びた。午後七時、まだ明るい。夏の夕方は長い。

先々週に彼氏だったノブさんと別れて、先週は涙がとまらず、鼻水はダダ漏れで、ショッピングモールに流れていたラブソングに


「運命なんてあるか!!バーカ」


と叫ぶくらい機嫌が悪かった。

ノブさんとは三年くらい付き合って、やることは全部やっていた。けんかをしていて困ったら


「ペケポン」


と言うところだけはどうしても好きになれなかった。


「どうしてペケポンって言うの?」


と聞いたら、思ってもないことを口走ってしまうことだってあるだろうと言われた。そういう言葉を言ってしまう病気では無いらしかったけれど、なんでペケポンと言うのかは分からなかった。


髪を解かし終わると、やることは決まっていた。ティッシュペーパーを買いに行くのだ。さっき化粧水をはたいて気付いたのだけれど、ティッシュペーパーが最後の三枚しか残っていなかったので、ティッシュペーパーを買いに行こうと思ったのだ。


シャワーを浴びた後なので、ジャージにスッピンで、JINSの黒ぶちメガネをかけて、使い捨てマスクをつけた。駅前のスーパーまで歩いて向かったのだけれど、夏の夕暮れは暑くて、すれ違う人はみんな、スッピンの私にいつもより少しだけ威張っているように通り過ぎた。


駅前のスーパーマーケットの入り口には消毒用のアルコールスプレーが置いてあって、「こちらで消毒してください」と赤い字で書かれた看板がおいてあるので、そこで消毒しようと思った。五人くらいが並んで消毒の順番を待っていたので、私もそこに並んで待つことにした。


一番前にいた金髪のお兄さんは「b」と書かれた真っ赤なヘッドフォンをつけていて、自分の番が回ってくると、ノリノリで消毒スプレーのノズルを押した。


プシュッ、、プシュッ、、プシュ、プシュ、プシュッ…


金髪のお兄さんは耳もとでながれる爆音に合わせて、消毒スプレーのノズルを何度も何度もプッシュしていた。列の後ろで待っている私は、体を揺らしながらプッシュしているお兄さんを見て、「腰が入っている良い動きだな」と思った。


プシュッ、プシュッ、プシュッ…


腰を入れながら消毒を続けるお兄さんを見ていると、三番目に並んでいたサラリーマンの若者が


「すごいノズルプッシュだ」


と言った。私は、確かにすごいノズルプッシュだ、と思った。


プシュッ、プシュッ、プシュプシュ…


すごいノズルプッシュを続けるお兄さんを見ていると、四番目に並んでいたおじさんが


「いつまでやっているんだ!」


と怒鳴った。私は、確かにいつまでやっているんだ、と思った。


プシュプシュプシュッ、プシュプシュ…


いつまでもやっているお兄さんを見ていると、私の目の前に並んでいたおばさんが


「音モレがひどいわ」


と言った。確かに、ヘッドフォンの音モレが酷かった。


プシュッ、プシュッ


私の番になって、何を言っていいのか分からなくなった私は、口を開いてなんとなく


「ペケポン」


とつぶやいた。


プシュプシュプシュプシュプシュ


私の後ろに並んでいた知らない人は


「どうしてペケポンって言うの」


と言った。


プシュ、プシュ、プシュ


そうしてみんなで音モレしている金髪のお兄さんの、腰の入ったすごいノズルプッシュを、いつまでもいつまでも、眺めつづけた。

それ以来「ペケポン」と言うことは、死ぬまで一度もなかった。

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