生徒会長と妖怪女

@aoibunko

第1話

大倉隆志は生徒会長になって8か月がたとうとしているのに、立候補演説で披露した公約をひとつも実現できず焦っていた。大倉の高校の生徒会は生徒の自主性を尊重するとは形ばかりで、なんの権限・決定権を持たなかった。大倉の公約だったダンス部と軽音楽部を作る、髪の色を自由にする、制服の着用の自由化、それらは生徒会担当の教員にも、職員室にも鼻で笑われごまかされなだめられ雲散霧消した。


大倉は残るたったひとつの公約を実現するため、ある人物を頼ることにした。そいつは今日の放課後、図書室でひとり本棚の整理をしているはずだった。早足で廊下を歩き、校舎の端の図書室の扉を荒々しく開けた。

「おい田島、そこにいるのか」

声をかけると、図書室の奥で何者かが動く。そいつはのそのそと本棚の間を通って大倉の前に姿をあらわした。

「生徒会長ですか、お久しぶりです」

汚い歯並びがにやりと笑う。つやのないぼさぼさのロングヘアににきびでぼこぼこの肌、こけしのように細い目に平べったい顔、彼女は醜く不潔な雰囲気で学校中からうとまれている女子生徒・田島だった。大倉は自分の立場と信用を守るため、この醜女を頼ることにしたのだった。


 大倉と田島の因縁は、大倉が生徒会長選挙に立候補してまもなくのことであった。それまで大倉は同じクラスの田島を路上に落ちて踏みつけられた食べ物のごとく見て見ぬふりをしていた。男子グループが取り囲んでからかっていても、女子グループがぶつぶつ陰口を言っていても、大倉には他人事だった。他人事ではなくなったのは廊下一面に田島のノートやプリントが放り出されていたのを見たときだった。下手人の姿は既になく、その場にいたのは大倉一人だったので、人目を気にせず落とし物を拾いあげた。教室に戻ると田島が周囲の嘲笑の視線を浴びながらうろたえていた。大倉はそっと田島の机のそばをすりぬけるふりをして、落とし物を机の上においてやった。田島がそれに気が付いたとき、大倉はクラスメイトと談笑をはじめていて礼を言わせる隙を与えなかった。だが下校途中、大倉がひとりになったところを見計らって田島があらわれた。田島は大倉の迷惑そうな表情も無視して近寄り、にやにや笑いながらこう言った。

「大倉くん、大倉くんは生徒会長になりますよ。わたしが万事とりはからいましたから」

翌日、大倉の対立候補が緊急入院し、大倉は無投票で会長に当選した。

「ねえ大倉くん、何かできないことがあったらわたしを頼ってくださいよ。全て叶えることはできなくてもできるだけのことはしますよ」

そう言われても田島が何かしたように思えなかった。対立候補が体調を崩したのは偶然だろうし、それを自分の手柄のように誇る田島が一層醜く思えた。


 会長になって半年、大倉は周囲の目が気になるようになってきた。大倉に聞こえるように

「軽音楽部どうなったあ?」

「あー、Tシャツ一枚で過ごせるとか言ってたの誰だっけな」

と言う者がいる。プライドを傷つけられ、イライラする大倉の頭に浮かんだのが田島だった。あの女に頼んでみる、そしてできなかったら全部あの女のせいにすればよいと暗い情熱でもって大倉は田島と一対一で話すことにしたのだった。


「2週間後が学園祭だ」

「学園祭といえば会長は模擬店を解禁すると公約でおっしゃってましたね」

にやにやする田島に話題の先を越されて大倉はむっとする。

「ああそうだ。さっきまで職員室でやりあってきた」

大倉の高校の学園祭では飲食物を提供する模擬店の出店は禁止されている。防災、衛生上の面で問題があるというのが理由だ。だがクラスの出し物が巨大構造物(教室いっぱいの模造紙に描いた地図とか大きな提灯など)の展示、もしくはダーツや輪投げなどの簡単なゲームコーナーにみんなしらけきっていた。退屈だからと堂々と早退するものもいる。学園祭を生徒主体で楽しめるものに変革しようとしたのが模擬店解禁案だった。だが大倉の高潔な野望はあっけなくついえた。

「『うっかり火事や怪我や食中毒を起こしたら誰が責任をとるんだい?』だとさ。生徒のバックアップをするのが学校の役目じゃねえのかよ」

「それはご苦労なことで。まあ学校の言い分も理解できますが」

「お前、やれよ」

大倉は田島を睨みつけた。

「前にできないことがあったらわたしを頼め、できるだけのことはすると言っただろう」

田島は視線をはずし、少々考えたあとで

「そうそう、そんなこと言いましたね。わかりました」

「できるのか」

田島は醜くにやりと笑った。

「できるだけのことは」


 翌日の放課後、生徒会と学園祭実行委員会とのミーティングを終えた大倉が下校しようとすると、昇降口に田島が幽霊のようにぬぼーと立って大倉を待っていた。大倉と自分が一緒にいるのを他人に見られるのは気まずかろうという彼女なりの気遣いらしい。田島はこそこそ大倉にしのびよって言った。

「古本屋をやりなさい」

「は?」

「生徒会主催のチャリティーバザーという名目で古本を売るんです。本は生徒から集めましょう。事前に一枚200円単位のチケットを売ってチケットと交換する形で本を売るんです。場所は屋外です。外でなくちゃいけません。中庭にテントをはってそこを売り場にしましょう」

「それは模擬店じゃない」

「わかっていますよ、会長がやりたいことは。ただちょっと順序を踏んでくれということです」

「それでできるのか」

「もちろん」

田島は自信ありげに笑ってささっと大倉の前から姿を消した。


翌日、大倉は始業前に職員室に行き、実行委員会兼生徒会担当の教員をつかまえて日本赤十字社に寄付をしたいという高邁な理由から話しはじめて、そのための古本バザーの許可を求めた。すると昨日までのらりくらりと大倉の話を流していた教員があっさりバザーを認めた。大倉は生徒会室の前に段ボール箱を置き、校内放送で古本の寄付を求め、生徒会役員たちとチケットのデザインと印刷にかかった。数日後生徒会室の前には古本が段ボール箱4つぶん集まった。ラノベ、雑誌、ぼろぼろの児童書や絵本は全て一冊200円とした。


 大倉は校長室に呼ばれた。入ると校長の他に3人の中年女性がいてけたたましく談笑している。この学校の校長室は外部の来客との面談にも使われており、校長は大倉に3人が地元の郷土料理クラブのメンバーだと紹介した。

「はじめまして。わたしね、『囲炉裏くらぶ』のものです」

明るくはきはきした物言いの女性たちに、大倉はぎこちなく頭を下げた。彼女たちのクラブが地元のフリーマーケットやお祭りの会場に場所をとり、野菜や山菜の煮たものや漬物をパック詰めして売っているのは大倉も見たことがある。

「この学校でバザーをやると〇〇さんのお子さんから聞いてね」

彼女たちは、学園祭の古本バザーの話を聞きつけ、自分たちの制作物を販売させてもらえないかと校長に談判しにきたのだった。校長は販売が屋外テントであること、調理済みの食品の持ち込みで学校で火を使わないというので、学園祭に参加させたいと大倉に言った。大倉は自分の理想が遠ざかっていくのを感じながら、この企画に賛成せざるを得なかった。


 昼休み、大倉はひとりで廊下を歩く田島を捕まえ、肩を揺さぶった。

「おい、模擬店てのはあれのことか」

「そう焦らずに」

田島はにやにや笑いながら、大倉に答える。

「これから忙しくなりますよ」


 『囲炉裏くらぶ』が学園祭3日前に再び校長室に来襲した。なんと臼と杵を持ち込み、高校生たちに餅つき体験をさせたいという申し出であった。校長の一存により学園祭餅つき大会の開催が決定された。大倉たち生徒会は餅つきとついた餅を丸める生徒を募集し、担当教員は大量の紙皿、割りばし、ゴム手袋を買いに走った。


 学園祭当日、登校した生徒たちは生徒会室前に行列を作り、200円券チケット数枚を購入。体育館での開会式が終わると中庭に走った。屋外テントにはブルーシートに古本、会議用テーブルに囲炉裏くらぶのパックが並び、その近くではもち米を蒸す金属製のかまどとせいろが据え付けられ、薪がくべられ、火と煙があがっていた。大倉が苦労していた防災上ガスで調理はできない、電気調理器も事故になるからダメという学校側の言い訳は、中年女性たちのずうずうしさにあっさり負けた。もち米が蒸しあがると、事前に募集に応じた男子生徒と母親以上に年の離れた中年女性たちの共同作業で餅つきが賑やかに行われた。つきたての餅はこれまた募集された女子生徒たちが中年女性たちと丸めてきなこ餅といそべ餅にして紙皿に並べる。実行委員会は餅を求める生徒の行列整理に追われた。結局餅は一時間ほどでなくなり、パックの煮物も午前中に売り切れ、古本も夕方には半分以上がはけてしまった。前払いのチケット制にしたことで、チケットを手にした生徒は何かしらを購入してチケットを使い切らなければならなくなったのだ。生徒会長の大倉は会う生徒みんなからまた餅つきをやってほしいとせがまれた。


 学園祭は例年にない盛り上がりで幕を閉じた。

「俺が思っていた模擬店とは違うんだけどなあ」

「まあそうおっしゃらずに。屋外なら飲食物の調理可能という前例ができたじゃないですか。来年からきっと変わりますよ。もっともわたしたちはこの学校を卒業してますから見られないのは残念ですけどね」

少々肌寒くなった図書室で田島は大倉をなだめる。日が傾き薄暗くなった図書室で田島の顔はますます不気味になり、妖怪のように見える。

「ふたつ質問がある」

「なんでしょう」

「ひとつめ。お前はなぜ俺に手を貸すんだ」

「さてね、会長が気に入ったからという理由じゃいけませんか。ああ、ご気分を悪くさせたらもうしわけない」

「ふたつめ。お前は本当に『何か』ができる能力があるのか」

「そのあたりは曖昧にしておきましょうよ。会長は妖怪に気に入られて願いを叶えてもらったと思えばいいんですよ」

田島は背中を丸め、くふくふと笑った。



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