第4話 異世界で僕の冒険はここから始まる

 翌朝、僕は一度試験会場に赴いてから竹刀の騎士を連れて街の外へと出た。竹刀の騎士は竹刀ではなくサーベルを携えていたのだが、きっと試験の時以外はアレがいつもの姿なのだろう。いやにその姿がしっくり来ていた。そして、その横には数名の男に囲まれるように綺麗な白金の鎧に身を纏った少女がいた。おそらく、あの少女が旅に出たいとワガママを言っているお姫様なのだろう。見た感じでは強そうに見えないのだけれど、もしかしたら僕みたいな能力を持っているのかもしれない。


「あなたが試験を突破した真琴様ね。今までの人と一緒で見た目は頼りないみたいだけど、一応期待はしておくね。あなたの腕次第で私が旅に出られるか決まるんだから頑張ってね」


 予想通り少女はお姫様だったのだが、僕の言葉を聞く前に言いたいことを言って元の位置へと戻っていってしまった。その行動は僕には旅に出たくはないけど一度言いだしてしまった手前、自分から諦めることなんて出来ないと思っているように見えた。


 僕は改めて自分の装備を確認してみた。装備の確認は何度したって困るものではないのでしておくに限るのだ。色々と鎧や兜を試してみたのだけれど、支給されたものでは重すぎて普通に動くことすらできなかった。女性になって筋力が落ちただけだと信じたいのだが、僕が試したものよりもはるかに重そうな鎧を全身に纏っている兵士の人達の筋力は想像を絶するものがあるのかもしれない。もしかして、守りを固めることに気をまわしすぎて攻撃を避けられなくなっているのではないかと考えたりもしたが、そんな事は断じてないと信じておくことにしよう。

 肝心の武器であるが、これも鎧同様に重いものは持って動くことが出来なかった。なるべく軽くて丈夫なものを希望したところ、真っ黒い刀身の細身のダガーナイフを渡された。軽量で刀身も細いので耐久性に問題があるのではないかと思っていたのだが、刺す分には問題ないとのことだった。刺すだけなら僕でも出来そうだとは思ったけれど、よくよく考えてみれば、魔物に最接近して刺さなければいけないのだ。


 街の外へ出るまでの間も姫は何かと文句を言っているようなのだが、周りの人達がそれをなだめていて、サーベルの騎士はそれに関わらないようにしているようだった。僕もなるべく関わらないようにはしていたのだが、姫から一方的に何度も話しかけられていたので無視するわけにもいかず、仕方なく相手をしていたのだ。姫との会話をしてみて改めて感じたのだが、この姫は本当は旅に出るつもりなんて全くないのだ。口では気丈に振舞っているのだが、本音ではそんな事はやめたいと思っている。僕はそう感じ取っていた。


 僕たちが外に出た時は太陽が頭上に輝いていたのだけれど、こんなに明るい時間から魔物が出ることなんてあるのだろうかと思っていると、この世のものとは思えないような生臭い匂いがあたりに立ち込めていた。匂いの正体は何なのだろうかと思ってあたりを探っていると、騎士がサーベルを抜いて茂みの方に向かって構えていた。

 僕は茂みが揺れているところを見て羆に襲われた時の事を思い出していた。今の今まで覚えていなかったのだが、僕はあの時確かに羆に遭遇して、その強烈な一撃を食らって川面に叩きつけられたのだ。その時の恐怖がフラッシュバックとして蘇り、足だけではなく全身が震えて動けなくなってしまった。だが、茂みから出てきたものを見て僕の震えは治まっていた。


「今回こそはその姫の身柄を引き渡してもらいますよ。魔王様の復活のためには王家の血を引くものの力が必要ですからね。さあ、今までとは違って私が直接出向いて差し上げたのですから、楽に死ねるとは思わない事ですよ。それと、姫にかかっている転送魔法は解除させていただきました。今までのように簡単に逃げられては叶いませんからね」


 一見するとただの執事のようにも見えるのだけれど、姫に向けれているその憎悪は一般人である僕にも見抜けるほどのものであった。


「最悪だな。今までのような魔物なら問題ないと思ったんだが、いきなり中ボスが出てくるなんてありえないだろ。頼む、真琴さんは姫様を連れて街の中へ戻ってくれ。街の仲間ではあいつらは入れないんだからそこまで護衛してくれ」

「あら、そんな事を私がさせるわけないじゃないですか。まずは、そこの小娘から消して差し上げましょうね」


 魔物執事がそう言って僕に向かってきたのだが、相変わらず僕にはその動きが止まっているかのように見えた。この事から推測するに、僕の事を殺そうと強く思うほど動きが遅くなってしまうのだろう。では、感情をもたない機械だとしたら僕はいったいどうなるのだろうか。だが、幸いなことにこの世界はそれほど文明が発達しているわけではないので心配は無さそうだった。

 僕は与えられたダガーナイフを何度も何度も魔物執事に刺していたのだが、今までと違って攻撃しても早さが戻ることは無かった。戻らないのをいいことに何度も何度も何度も何度もナイフで刺していたのだが、僕の右手には嫌な感触だけが残っているのだった。

 いい加減その感触に嫌気がさしてきたので、僕は空いている左手で思いっきり魔物執事の顎を打ち抜いた。僕の左手が魔物執事の顎を的確にとらえて振りぬくと、そのまま魔物執事の頭部が飛んでいって、姫の近くに落下してしまった。


「真琴さんに武器を持たせるととんでもないことになるんですね。今ほど女性に殺意を向けられない自分を褒めてやりたいと思ったことは無いですよ」


 そう言いながら魔物執事の死体を見て笑っていたのだが、その笑いはとても乾いたものであった。自分でやったことではあるのだが、魔物執事の背中は挽き肉のようになっていて本来あるべき骨も見受けられなかった。


「そうでした。姫、真琴様でしたら姫の旅のお供としてその力を発揮してくれると思いますよ。良かったですね」

「良くないわよ。こんな怖い思いをするなら旅に出たいなんてもう言いません。大人しく城にこもって世界が平和になるのを祈ることにします。だから、もう旅に出たいなんて言わないんでお城に帰してよぉ」


 思わぬところで姫のワガママが治ったようで良かったのだが、中ボスを倒してしまった手前、大ボスとかも倒さないといけないんだろうなと思っていた。

 でも、敵が強くなればなるほど殺意も強くなるだろうし、きっと大丈夫だろう。


 後、いつの日か男に戻れるようになるといいな。そう思った僕であった。

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