第19話 ナシの本心

 つきあいたいと思っている女の子を、ほかの男子とつきあわせる。

 この字面じづらだけだと、ゆがみまくっている性癖のようだ。

 だがおれの心は、ゆがんでいない――たぶん。

 なぜなら最初、おれは長年の恋を実らせたカツを本気で応援しようとしていたんだから。

 最初っていうのは、このループにハマる前のこと。知らないお姉さんに背中に張り手されたり、べつのお姉さんにヒールでシリを蹴られたりする前のことだ。

 精神的にオトナになって、すっぱり花梨かりんのことはあきらめようとした。

 でも、ムリだった。

 あの日、



「おーーーい! シンちゃーーーん!」



 部屋の窓から上半身をのりだして、笑顔で手をふるあいつをみた途端、こらえていたものが一気に爆発したんだ。

 そして逃げた。

 逃げてたどりついたのが、〈今〉であり〈ここ〉。 

 花梨は、性格が大らかなわりには、おれやカツが部屋にあがるのを「だめ」って言っていつも拒んだ。

 その花梨が「カツを部屋にあげる」という決断をしたのは、まあ、常識的に考えて、その……あれだ……恋人同士がするようなことを、しようって決めたんだろう。

 あのとき、すでにしたあとだったかもしれない。

 まだしていなかったことを、おれは全力で希望するが……


「アニキ」


 おれの部屋のベッドに腹ばいで寝ている智花ちかが、いきなり顔をあげた。


「いまエロいこと考えた?」


 超能力者か、おまえは。

 それとも、男が頭の中でやましいことを考えたら、フェロモン的なものが出て察知されるようになってるのか?

 季節は、残暑きびしい9月。

 うすい黄色のTシャツに白のショートパンツ姿の隣家りんかの妹はさらに言う。


「私たち、もうキスした仲だもんね」

「おまえがムリヤリな」

「ムリヤリじゃないよ。あれは奇襲ですぅ」


 キスだけにー、と言って智花はケラケラ笑った。

 姉の花梨そっくりの、何があってもすべてを許せてしまいそうなツミな笑顔だ。

 おれは、ため息をついた。


「かえれ。もう夕飯時ゆうはんどきだぞ」

「わからないよ、アニキ」と智花は寝返りをうって背中を向ける。「二人がわかれてくれたほうがいいんじゃないの? 昨日……どうして『考え直せ』なんて言ったのさ?」

「ほんと、おまえと花梨との間には、かくしごとってものがないよな」


 と、皮肉のつもりで言った。

 もうその話題はやめろ、っていう意味も混ぜ込んで。


「お姉ちゃん……すごく悩んでる」


 智花が手にしている携帯ゲーム機から流れるBGMが止まった。


「どうにかしてあげてよ」

「どうやって?」

「無言で押し倒せよ」

「おいおい」


 話にならない。

 だが、その言葉をきっかけに奇妙な考えが頭をめぐった。

 それは――


 いったい、なにをもって略奪愛が成立したとみなされるのか


 ――だ。

 おれは単純に〈花梨の気持ちがおれにかたむいたら〉ぐらいに思っていたけど、

 もしかしたら、そうじゃなく、


(最後の一線を越えなければ成立じゃない……なんてことだったら……)


 ばっ、とほんの一瞬、そこのベッドの上に花梨がいることを想像した。

 やばい。

 イスから立てなくなる……。


「さー、かーえろっ」


 部屋から出る間際まぎわ、智花は口元に手をあてて「ほんとにやらないようにね」と、おれの体の下のほうを見ながらささやきやがった。


 翌日。


「あっ、シンちゃん!」


 意外だった。

 別れ話を切り出された女の子とは思えない、ノーダメージの明るい顔。


「どうしたの?」

「いや……よかったら、いっしょに登校しないか?」


 するするーっ、とさらに明るくなった。

 もともと、ネにもたない、アトにひきずらない、というさっぱりしたタイプではあったが……


(不自然すぎる)


 幼なじみのおれにはすぐわかった。

 これが、カラ元気だって。

 花梨のこういうとこを見るのは、つらい。


「いこっ」


 ぽんぽん、と肩をたたいて、おれの横を通りすぎる。

 よし。じゃあ、おれもカラ元気でいこう。そのうち、まじの元気がでてくるだろ。

 とりあえず、カツにかんする話はナシにして……


「あのね、シンちゃん」

「なんだ?」

「どうして『考え直せ』って言ったの?」


 うっ。

 まさか、おまえから切り出すのかよ。


「私たちがつきあってないと、シンちゃんに都合がわるいのかな?」


 そんなはずないよね、ともおかず花梨は自問に自答する。


「一回、ぜんぶなかったことにしたいね」

「え?」

「大の仲良しの三人だったころに、もどりたい……」


 そんなこと言うなよ。気持ちはわかるけど。

 広い世の中には、幼なじみが〈男・女・男〉の組み合わせで、ずっと友だちの関係を維持している人たちもいるんだろうけどさ。

 おれたちは、そうはいかないよ。

 おまえのことが、誰にもわたしたくないほど好きなんだから。


(くれぐれもブレるなよ……。今やらなきゃいけないのは、カツと花梨をくっつけることだ)


 話はかわるけど、とおれは強引に話題をかえた。

 そこから先は、考えなくても舌がうごいてくれる。

 何度もループをくり返して、おれはツボを知っているからな。


「あはは! ほんとに?」


 自由自在に、花梨が好むようなおしゃべりができるんだ。

 二人の時間を、盛り上げられる。

 ちょっと盛り上げ――――すぎたか?


「あーあ」

「なにが『あーあ』なんだよ」


 花梨は何も言わず、おれの目をじっとみつめてきた。


「ないしょ」


 なんだかいいムードだ。

 駅の改札口の手前。ちょうど、あまり人もいない。

 このまま告白すれば……


「花梨」

「…………えっ、なに」

「つきあってくれ」ここまでは本心。ここから先が本心じゃない。「カツと。な?」

「わかれるなってこと?」

「そうだ」


 そこから改札、電車、駅、学校にいたるまで、花梨は無言だった。


(まいったな……)


 思うようにいかない。

 これならいっそのこと、こいつにカツとわかれてもらって再チャレンジするほうがラクか?

 たとえ、夏祭りの日から、ゼロからやり直すことになっても。


「手がとまっとるぞ、白取しらとり


 今日は水曜日。

 放課後には、文芸部の部活がある。


「とまってないし」と、おれはノーパソの画面をみながら言う。

「あっそ」

「今日は、いないな」

「誰がよ」

二本松にほんまつさん」


 そこで部長の林さんが会話に割り込んできた。

 彼女は退部した、とみじかいセリフで。


「退部……ですか」

「ついては白取クン、きみに手紙がある」


 部屋のすみにおいた一人用の机と、背の高い仕切り板。

 その向こうから、部長の細くて白い手がでてきた。はやくとれ、とばかりに手紙をヒラヒラさせている。

 ピンクの封筒にピンクの便せん。


「ツミなやっちゃ」


 と、佐々原が頬杖ほおづえをついておれに後ろ頭を向ける。

 手紙には、


――先輩のことが、大好きでした。


 とだけ。

 シンプルすぎて、胸にグサッとささる。

 よくもわるくも、手紙って一方通行だ。「おれには好きな人が」と、二本松さんにことわってあげることもできない。


 帰り道。

 空は、くもりの多い夕焼け。

 校門をでたところで、いきなり右手をつかまれた。


「花梨」


 そこには、半袖夏服姿の幼なじみがいた。

 しかも、絵にかいたような〈思いつめた表情〉で。

 おれを待ってたんだろ? とリラックスさせる意味で、とぼけてみせたが、

 そうだよ、とマジの空気が返ってきた。

 そして、


「私たち、つきあえ……ないかな?」


 疑問形ながら、れっきとした愛の告白が。

 花梨の口から。

 つきあう? おれと?

 こんなの、もちろんオッケーするの一択だが……。

 うつむきがちのこいつの向こうに、誰かがいて、こっちをじーっと見ている。


「つきあえない」


 おれは、そう言うしかなかったんだ。

 あそこに、赤いジャケットとみじかめのタイトスカートの女の人が、腕を組んで立っているから。

 さも、その告白をオッケーするな、と言わんばかりに。

 略奪愛ではない――ということか。

 そうだよね、と小声でつぶやいた花梨。

 くそっ。

 どうして、大好きな幼なじみの、こんな顔をみなきゃいけないんだ。

 でも、おれはこうしなければ、無限のループに永遠に閉じ込められてしまう。

 あー!

 そんなのもう、どうだっていいよ!


「今のナシ! 花梨、やっぱりおれとつきあってくれっ!!!」

「シンちゃん」

「おまえが好きだ!」


 ぶわっ、と花が咲くように笑顔になる花梨。

 ……の、すこし上のほうに、しぶい顔つきの女性がいる。


「恋愛成就、としてやりたいところだが、これはタッチの差で〈略奪愛〉ではない。なぜなら今の彼女は、純然たる彼氏アリの状態にはないからだ」

「わかってます」おれは言った。「でも、我慢できませんでした」

「時間をとめずにハッピーエンドにして、ループを終わらせてやりたかったがな」


 笑顔でかたまったままの花梨。

 ごめんな。

 またおまえを、略奪できなかったよ。


「……それ以外の方法は、ないんですか?」

「あいにく」


 と、女の人は手加減なしにおれのシリをヒールで蹴る。

 はあ、と心でため息。また最初からだ。


 夏祭りの日。


 おれはカツの背中をおして、告白にいかせた。

 当然、成功するはずだ。あいつから結果をきくまでもなく。


(ここからだな……)


 どうしたものか。どうすればいいのか。

 だが思うに、略奪愛をするには、まず二人が完全に〈恋人同士〉じゃないとダメなんだ。

 そして時間をかければかけるほど、花梨とカツはゆっくり、親密になってゆく。


(待つか)


 今度のループは、その作戦でいこうと思っていた。

 ん?

 カツから着信だ。

 なんだ……? 電話? 告白の結果報告なら、べつにラインでも――


「シラケン」

「ああ、どうしたんだ?」

「花梨に会ったあとで神社にもどったんだけど、おまえがいなくて」


 まあ、結果はわかってるからな。

 おれはすぐに帰宅したんだ。


「わるい。家に帰るって一言メッセージ送っとけばよかったか」

「それはいいんだけどさ」

「よかったな」

「えっ?」

「花梨とつきあうことに、なったんだろ?」


 数秒の沈黙があった。

 なんかイヤなだった。

 おれが「どうした」と言おうとしたタイミングで、スマホのスピーカーからこんなさわやかな声が届いた。


「シラケン。おれ、告白しなかったんだよ」

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略奪愛しないと進級できません 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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