第9話 ロンド海賊団 vs リンカ バイトサボって戦ってたらおばさんに怒られるぞ!

「なんかやばそうな男達がこっちに来てる!」


 ビビエルは窓から外を覗いて言った。


 歌声はもう店のすぐそばまで迫っていた。


 リンカとビビエルは息を呑んでその時を待つしかなかった。


 カランカランとドアに取り付けられたベルが鳴り、勢い良く扉が開いた。


 扉の向こうに立っていたのは4人の男達。


 彼らはお世辞にも綺麗とは言えない服装で、腰に剣や銃など物騒な武器を携えている。


 そして我が物顔で大股を開いて中へと入ってきた。


「い、いらっしゃいませ〜、テーブルにどうぞ」


 リンカはぎこちない様子で彼らを案内した。


「いや」


 と彼らの中でも一際大柄な男がスンスンと鼻を鳴らしながら言った。


 大きな帽子を被ったその男は、帽子を左手で取ると首を回して店の中の臭いを嗅いだ。


「ここは臭うぞ。気取った貴族の臭い、それにミルク臭いガキの臭いだ」


「さすがロンドさん、鼻が効く」


 ロンドと呼ばれた男のすぐ後ろに居た、怪しげなヘルメットとゴーグルをつけた男が言った。


「ああその通りだ、トラップ。実は俺の鼻は犬の五十倍感度が高いと言われている。本当だ。ちゃんと医者の診断書もある」


 そう言ってロンドは診断書らしき紙切れを懐から取り出し、皆に見せた。


 他の3人はオ~という声を挙げて拍手した。


「あの〜、こちらの席にお願いします」


「し〜! 黙って。今ロンドさんが喋ってる」


 ロンドの隣に立っている細身の男がリンカの口にガムテープを貼り付けた。


「んっ! んん~」


「おう、でかしたぞピッカー」


 ロンドはそう言いながらカウンター席に残された食事の方へ近づいて言った。


「ミルクにベーコンエッグ、それにパンが一切れ。誰がこんなものをこんな時間に食べる?」


「そ、それ私! なんだかお腹すいちゃって〜、つまみ食いしちゃった」


 ビビエルが男たちに怯えながらも名乗り出たが、ロンドは首を振る。


「いいや違う」


 ロンドは言う。


「そうともさ! お前、嘘つきだ!」


 肩に狐を乗せた男がビビエルを指差す。


「よく言った、フォックス! で、お前の推理は何だ?」


「す、推理ですか!? それは……えっと……」


「テメェ、分かってもないのに人を嘘つき呼ばわりするんじゃねェ! 失礼だろうが!」


「すみませんっ!」


「もういい。俺の推理を聞かせてやる。団歌斉唱〜っ、五十二番!」


「「「はいっ!」」」


 三人は大きな声で返事をしたが、そのまま黙って固まってしまった。


「五十二番ってありましたっけ……?」


 細身のピッカーが恐る恐るロンドに尋ねる。


「早く覚えろといつも言ってるだろ! よく聞いておけ、これが五十二番だ」


 そう言ってロンドは咳払いをすると、大きく息を吸い込んで歌い出した。


「夕方に〜ミルクを飲むのはあいつだけ〜 夕方に〜朝食みたいなパンとベーコンエッグを食べるのはあいつだけ〜 ラララ貴族のガキだけよ〜 ドゥンッ!」


 歌い終えたロンドはふぅと満足そうに息を吐いた。


「これが、ロンド海賊団歌五十二番だ。以降覚えておくように」


「「「はい、キャプテン!」」」


 リンカはガムテープで口を塞がれたままパチパチと静かに拍手をした。


「それってどう考えても今作ったんじゃ……?」


 ビビエルが呟いた。


「そういう訳で、出してもらおうか。俺達の獲物を」


 リンカとビビエルはロンドの部下達に剣と銃を向けられてしまう。


「おっとっとっと……。ちょっとお店でそんなもの出されたら困るよー。ここには獲物なんていないんだからさー」


 ビビエルはロンドたちから目をそらしながら言った。


「ほう、じゃあお前の推理を聞かせてみろ」


 ロンドがビビエルに言った。


「推理!?」


「そうだ。俺たちは貴族のガキを探してるんだ。そして俺の推理ではそいつはこの店の中に隠れている。この状況でこの店の中に居ないっていうのならば、お前の推理を聞かせてみろ。それ次第でお前達をどうするか考えてやる」


 ロンドは凄まじい目つきでビビエルをじっと見つめる。


「え……えっと~」


 張り詰めた空気にビビエルは何も言えずしばらく固まってしまった。


 ロンドたちは何も言わないビビエルにだんだん痺れを切らしてきたのか、ゆっくりと腰元の武器に手を伸ばしていく。


「わ……分かった、分かったよ! 今から私の推理を発表するからよ~く聞いて。リンカもね。分かった?」


 ビビエルは言った。


「んんんんーん」


 リンカは口にガムテープを張ったまま答えた。


 その様子を見たビビエルはリンカの口に貼られたガムテープを勢いよく剥がす。


「わかりました!」


 リンカは大声で答えた。


「では発表します……」


 ビビエルはス~っと息を吸った。


 店の中にはその一瞬静寂が訪れた。


 どんな答えが出るんだと、海賊団は皆注目してビビエルを待った。


「ここは全力で逃げるが正解、でしょ!!」


 そう言ってビビエルはリンカの手を引いてバックヤードに向かって走りだした。


「コラッ! 待てっ!!」


 彼女達はロッカーからクリスを引っ張り出すと、外に飛び出して全力で走った。


 店の裏通りには他の店のゴミや荷物が散乱しており、辺りには少しの埃っぽさと生臭い匂いが漂っている。


 道に散乱する様々な障害物を飛び越えながら3人は走った。


「2人とも誤魔化すのが下手だから見つかったじゃん!」


 クリスは走りながらリンカに文句を言う。


「犬より五十倍も鼻が効くんだよ!? 絶対誤魔化せないよ!」


「バカ! そんなの嘘に決まってるでしょ!」


 クリスは言った。


「そ、そうなの!? 騙された〜!」


 リンカは頭を抱える。


「ビビエルとかいうお姉さん、あんたもバカだからね」


「なんで私も!?」


 その時、後ろから何発か銃声が聞こえた。


「逃がさんぞ! 朝食貴族野郎!」


「わあ!! 追いかけてきた!!」


 リンカ達は必死に走って逃げるが、そこは一本道。


 真っ直ぐ逃げるしか方法はなく、なかなか彼らを撒くことができない。


 さらに不幸なことに、彼女達の目の前には壁が迫っていた。


「行き止まりだ!!」


 一本道の先は行き止まりになっており、それ以上は逃げることができない。


 このまま逃げ続けても、彼女たちは追い込まれてしまう。


「どうするのよ!」


 クリスが言った。


「2人はそこの大きなゴミ箱の陰に隠れてて、私がなんとかしてみる」


「ゴミ箱!? なんで私がそんな汚いところに!」


 クリスは文句を言いながらもビビエルに引っ張られ、ゴミ箱の陰に隠れた。


 そしてリンカは踵を返し、追ってくるロンド達の方へと向かって歩いていく。


 彼女は覚悟を決めると、腕を組んで道の真ん中で立ち止まった。


 辺りは屋台の裏通りになっており、屋台の準備をしていた兄さん姉さんが何事かと注目している。


「なんとかするってどういうこと!? 殺されても知らないよ!?」


「まあ、いいからいいから。見てたら分かるよ。リンカ、頑張って!」


 ビビエルは陰から顔を出して言った。


 リンカは無言で頷く。


「大人しく貴族のガキを渡せば殺しもしないし、傷つけもしない。俺たちは海賊は海賊でも、いい海賊だからな」


 追いついてきたロンドは誇らしげに言う。


「なにせ俺たちは歌う海賊だぞ」


 ピッカーが頷きながら言った。


「夕方に〜ミルクを飲むのはあいつだけ〜」


 フォックスがまたあの歌を歌い出した。


「今は歌うな! 復習はおうちに帰ってからだろうがァ」


「すいませんっ」


「海賊っていうけど、この国には海なんかないよ?」


 リンカが言った。


「たしかに……。なんで俺たち海賊なんだ?」


 トラップが呟く。


「このドアホ! この世界のどこかにある海を求めて活動しているから海賊なんだよ! 分かったかァ!」


「なるほど」


「それで、そこのガキを渡すのかどうか決まったか?」


 ロンドがリンカに聞いた。


「彼女は渡さないよ。あなた達、悪そうだから!」


 リンカはきっぱりと答える。


「ほう、このガキはよほど痛い目に遭いたいらしいな」


「ロンドさん、いまのセリフなんか悪役っぽいですよ」


「すまない、言い直す」


 ロンドは咳ばらいをして言い直した。


「お前たち、貴族のガキを傷つけないように捕まえてこい!!」


「へっへっへっへ」


 リンカの方へ向かってピッカー、トラップ、フォックスの3人がニヤニヤしながら歩いてきた。


「俺たちもガキは傷つけたくない。大人しく渡してもらおう」


「どうしても?」


「もちろん、どうしてもだ」


「分かりました……。だったら私も戦闘モードに入ります」


 リンカは鋭い目で彼らを睨みつけた。


「戦闘モードだと?」


 リンカはゆっくりとエプロンを外した。


「ビビエルさんっ!」


 彼女がそう言ってエプロンを投げると、風に乗ってビビエルの所までたどり着く。


「貸してくれてありがとうございました。ちょっと持っててください」


「任せてよ!」


 ビビエルは親指を立てて答えた。


「ふ~~」


 とリンカは深く深呼吸した。


「なーにやってんだ? こっちは時間がないからとっとと連れて行かせてもらうからな」


 そう言ってピッカーがクリスの元へ向かおうとした瞬間、リンカは彼の腕を掴んだ。


「な、なんだよ。放せよ」


 ピッカーは彼女の手を振り払おうとするが、まるで接着剤で固まってしまったかのように動かなかった。


 そしてそのままリンカは体をねじるようにして回転させると、ピッカーを思い切り投げ飛ばした。


 放物線を描きながら数メートル飛んだピッカーはロンドよりもさらに後ろに落下した。


「いってェ~~~~!!」


「こ、このガキ!! よくもピッカーを!! ぶっ飛ばしてやる!」


 リンカに向かってフォックス、トラップの2人が襲い掛かってきた。


「おりゃあっ!」


 フォックスがリンカに向かって棍棒を振り下ろし、リンカは飛び上がって避ける。


「殺す」


 そう言いながらトラップが銃を二発放った。


 リンカはとっさに落ちていた鍋の蓋を拾い上げて攻撃を防ぐ。


 反撃に向かおうとしたが、目の前にフォックスが現れる。


「いけ! メープル!」


 フォックスの声と共に彼の肩に乗っていた狐が飛び上がった。その狐は大きく口を開け、その口から火を噴いた。


「わぁっ!」


 リンカは狐が吹いた炎の爆風で吹き飛ばされた。


 リンカに投げ飛ばされたピッカーもやって来て、3人はすかさずリンカを囲い込む。


「へっへっへ、俺たちを見くびったな」


 しかしリンカは回し蹴りをしながら起き上がり、3人を倒れさせた。


「反撃開始です!」


 起き上がって襲い掛かってきたピッカーの胸ぐらをつかむと、思い切り上に放り投げた。


「やだ! 高いところ苦手なのに!」


「これ、借ります」


 そう言ってリンカは他の店の裏口辺りにあった水桶に顔を突っ込んだ。


「もう一回行くぞ! メープル」


 フォックスがリンカに襲い掛かり、再び狐の火吹きを浴びせられそうになるが、リンカは口に含んだ水を思い切り吐き出した。


 狐が吹いた火は鎮火し、リンカのパンチがフォックスに炸裂。フォックスは突き飛ばされ、壁にたたきつけられた。


「リンカ、あぶない!」


 陰から見ていたビビエルが飛び出して来て言う。


「食らえ!」


 3発の銃声が辺りに響き渡った。


 トラップがリンカに銃を打ち込み、それが直撃した。


 彼らの周りには何が起きているのか気になって見に来た人が少しずつ集まってきていた。


「キャー!!」


 リンカが撃たれたことに1人の女性が悲鳴を上げた。


「リンカ!!」


 ビビエルも物陰から出てきて叫んだ。


 リンカは立ったまま撃たれたであろう腹を抑えて硬直している。


「お前は強い。でも俺達の方がもっと強い」


 そういいながらトラップがゆっくりとリンカに近づいてきた。


焔流ほむらりゅう……」


 リンカは小声でボソッと言った。


「何か言ったか?」


 トラップはリンカに聞いた。


「トラップ! 逃げろ!」


 ロンドが何かを察して叫んだが既に手遅れだった。


「一挙剛烈!」


 リンカはその叫びと共に途轍もないスピードで一発のパンチを繰り出した。


 彼女はただ空中を殴っただけかのように見えたがその衝撃は凄まじく、近くにいたトラップだけでなく周りに置かれていたゴミ箱や水桶までもが吹き飛び、トタンで出来た古い建物はグラグラと揺れた。


「ば……バケモノ……」


 そう言ってトラップは倒れた。

 

 そして最初にリンカが放り投げたピッカーがようやく落ちてきた。


「私にそんな銃なんて効かないっ!!」


 リンカは手に持った3発の弾丸をパラパラと地面に落として見せた。

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