第8話 早速来ましたお客様、マセガキクリスはベーコンエッグを頼む。彼女を追ってくる謎の海賊団。どうしよう!リンカ

 アグネスに怒られたリンカは急いでバックヤードに向かった。


「ふぅ~」


 リンカはため息をついて自分のロッカーを開ける。


「あ!!」


 そこでリンカはエプロンがないことに気づいて、慌てふためく。


「ど、どうしよう……!!」


 もしかしたらロッカーの裏にあるかもしれないと思い探してみるが、もちろんそんな所にはない。


 すでにアグネスを怒らせている上にエプロンまで忘れたとなると、何をされるか分からない。


 リンカはあるはずのないエプロンを必死になって探した。


 部屋中を歩き回ってエプロンを探すリンカ。そこに一人の少女が入ってきた。


「やっほ〜リンカ、今日も元気だねっ」


 話しかけてきたのはバイト仲間のビビエル・イェール。彼女はリンカの1つ年上らしい。


「ビビエルさん……っ!」


「どうしたのさ、そんな青ざめた顔で慌てて。財布でも無くした?」


「エプロンを忘れちゃったんです~!」


 リンカは泣きそうになりながら答えた。


「な~んだ、そんなことか」


 ビビエルは余裕の表情で答えた。


「そんなことかって……」


「大丈夫大丈夫~。余ってるやつがあるから貸してあげるよー。ほれっ」


 ビビエルはそう言ってリンカにエプロンを投げ渡す。


「わーっ!! ビビエルさん、命の恩人です!! ありがとうございます!」


 リンカはビビエルからエプロンを受け取り、それをさっそく身に着けた。


「でもリンカ、さっきもおばさん怒らせてたでしょ」


「あはは……聞こえてました?」


「リンカはおばさんの扱いが下手だからな〜。おばさんの言うことには黙って従ってればいいのに」


 ビビエルはそう言って椅子に座る。


「でも私は間違ってることは間違ってるって言いたいです!」


「ふ〜ん。まあ、それがリンカの良いところなのかもね」


 その時、店のドアが開いて客が入って来る音がした。


 リンカがまだ開店前だと言うことを伝えに行こうとしたら、アグネスがやってきて止められた。


「気にしなくていい。私のお客さんだから。あんたはさっさと店の支度をしな」


 そう言ってアグネスはカウンターの方へ出て言った。


「いっらしゃ〜い、アマンダ」


 アマンダと呼ばれたその女性はよくこの店にくる常連だった。彼女は決まって開店前にやってきてはアグネスと話し込み、そのまま二人でどこかへ出かけていく。


 アグネスがいなくなると仕事量は増えるが、小言を言われない分リンカにとっては気が楽だった。


「元気そうね〜、アグネス」


 アマンダはそのままカウンター席に座ってアグネスと話を始めた。


「はは~ん。これはおばさんまたどっかに出かけるな」


 二人の様子をのぞいていたリンカの後ろからビビエルが話しかけてきた。


 彼女は何かをぽりぽりと食べている。


「何食べてるんですか?」


「ピクルスだよ。食べる?」


「でもそれお店のじゃないですかー?」


 ビビエルが手にしているピクルスの瓶は明らかに店のものだ。


「リンカってさー、息抜きが足りないんだよね。なんか頭が硬すぎるっていうかさ~」


「息抜き?」


「見られている間は一生懸命なふりをして、見られていない所で思い切り息を抜きをする。それが一番いいやり方だと思うんだよね~。これは人生の先輩としてのアドバイスだよ」


「ほら、だから」


 ビビエルは再びピクルスの瓶を差し出す。


「これは息抜きって言うんですか……?」


「リンカは真面目で真っ直ぐすぎるんだよ。だからおばさんに口答えしちゃうし、見られてないところで頑張ったりするの。それって一番辛い生き方だよ?」


「でも……」


「じゃあ、リンカの夢は? 言ってみて」


「もちろん、誰にも負けない世界最強の格闘家になることです!」


 シュッシュッと言いながらリンカはシャドーボクシングをして見せる。


「だから学園に入って魔術もしっかり勉強して魔術師にも負けないようになりたいんです」


「その為にここで働いてるんでしょ?」


「そうですけど」


「言っておくけど、このままだと一生叶わない夢だよ」


「そ、そうなんですか!?」


「あのおばさんはなんだかんだと文句をつけていつも給料を減らしてくるでしょ? あいつはリンカがここから抜け出せないようにするためにそうやってるの。このままだと一生こき使われるよ。それでもいいの?」


 ビビエルにそう言われて、カウンターの方を見た。アグネスとアマンダが何やら談笑している。


「今入ってる木崎リンカっていうバイトの娘、本当に使えないのよ」


「木崎ってあの……?」


「そうなの、あのクソジジイの孫よ」


「私はこれまで何人もバイトを見てきたけど、やっぱりアウトサイド出身の人間は本当に使えないわね。あ、もちろんアマンダは別よ。あなたは特別だもの」


「あなたも褒めるのが上手ね〜」


「もちろんよ。アマンダはなんたってあの国王様の親族ですもの。王家の人間ですから」


「王家だって。やだわ~大袈裟よ~!」


 私はこのままおばさんにいびられながら働き続け、惨めに生涯を終えるのだろうか。


 リンカはそう思うと、怒りが湧いてきた。


 こんなのは嫌だ。私だって。


「ほら、食べて」


 リンカはビビエルの差し出した瓶を手に取った。


 彼女はしばらく瓶をじっと見つめていたが、すぐに覚悟を決めた。


 彼女は瓶に手を突っ込み、ピクルスを掴めるだけ掴み上げて一思いにかじった。


「ワーオ。やるねぇ」


 そしてリンカはありったけのピクルスをどんどん掴み取って口に運んでいった。


「わ~! すごいすごい! あははは!」


 リンカの豪快な食べっぷりを見てビビエルは拍手をしながら笑った。


 瓶一杯に詰まっていたピクルスはどんどん減っていき、すでに半分まで無くなっていた。


 彼女は中のピクルスを食べ尽くす勢いで食べ進めていく。


「やればできるじゃ~ん、リンカ」


 ビビエルは笑いながらリンカを見ていた。


 だがその時突然、バンッという何かを叩くような音が聞こえ、リンカの手が止まった。


「あんた、なにやってるわけ」


 アグネスが部屋に入ってきていたのだ。


 彼女は鬼のような形相でリンカの事を睨みつけている。


 リンカは思わず瓶を床に落としてしまった。瓶は派手に割れ、中身が床に飛び散ってしまう。


「ふ~ん。仕事もできないのに盗みまでやるとはねぇ。警察に突き出してもいいんだけど」


「いや、その……。これは」


「あたしは寛大だから、仕方なく許してやるけど、あんたの態度次第でね」


 アグネスが近づいてきて、リンカの胸元を何度も突いた。


「明日まで……いや、しばらくはただ働きしてもらおうかしら? もちろん残業代もなし。分かった?」


「は……はい」


「聞こえなァアい!!!! もっと腹から声出せ! 声を!!」


 アグネスは窓が割れるのではないかという程の大声でリンカを怒鳴りつけた。


「はいっ!!」


 アグネスがリンカにまた何かを言おうとした瞬間、ビビエルが止めに入った。


「まあまあまあ。本人も反省していることだしね! そこまでしとこうよ。そうだおばさん、お出かけでしょ? 私、荷物持つからさ。ほらほら、行こう行こう。楽しい街が待っている! レッツゴー!」


 そう言ってビビエルはアグネスとアマンダの二人を有無を言わさず外へ連れ出した。


 しばらくするとビビエルは帰ってきて、ふぅとため息をついた。


 しかし彼女はリンカの顔を見ると、抑えきれなくなったようで大きな声で笑い出した。


「ちょ、ちょっと笑わないでくださいよー!」


「ご、ごめん。でも面白い」


「ビビエルさんが悪いんですからね!」


「ごめんね。まあ、よかったじゃん。これでリンカも一皮剥けたんじゃない?」


「なんだかものすごい悪いことをしてしまった気分です」


「まあ、実際悪いことなんだけどね」


 リンカは床に飛び散ったガラスの破片とピクルスを見て、罪悪感でため息をついた。


「大丈夫だって。まあ、あんな事言ったけどさ、すぐにこんな所とはおさらばする時が来るよ」


「余計その時が遠のいた気がします……」


「それがそうでもないんだな〜」


「どういうことですか?」


 そこでまた誰かが店に入って来る音がした。


「あ、いらっしゃーい」


 リンカの質問には答えないままビビエルはバックヤードから出て行った。


 リンカはこぼしてしまったピクルスを掃除することにした。


 店に入ってきたのは真っ白なドレスのような服を着た少女だった。年齢10歳前後だろうか。雰囲気からして明らかにアウトサイドの人間ではなさそうだ。


「あのう、お嬢ちゃん? ここは大人しか入れない店なんだよね〜」


 ビビエルは少女に言って帰そうとしたが、少女はそのまま店に入って来ると、カウンター席に座った。


「ふーん。でもあなたも大人には見えないけど?」


 少女はビビエルの方には目もくれず、メニュー表を手に取った。


「いや、そういうことじゃなくてさあ……」


「随分質素なメニューね。じゃあミルクをくださいな。あとパンとベーコンエッグね」


 そう言って少女はお金を突き出してきた。


 どう考えても少女が持つような金額ではない。


 厄介な客が来たなと思ったが、他に客も居なさそうなので対応することにした。


「お嬢ちゃん、お金は最後にまとめて貰うから」


「あっそう。あと私、お嬢ちゃんじゃないから。クリスっていう名前があるの」


「クリスちゃんね。ごめんね〜。じゃあちょっと待っててね」


 リンカは床の掃除を終えて、カウンターの方を覗き込むとようやく状況を把握した。


「あんな小さい子が1人で何かあったんですかね?」


「間違いなく何かあっただろうね。おばさんが帰って来るまでになんとかしないと。私がベーコンエッグ用意するからリンカはミルクとお皿の準備お願いね」


「ベーコンエッグなんていうメニューありました……?」


「いいからいいから、お願いね」


「はーい」


 2人はあたふたと食事の準備をし、クリスに振る舞った。


 少女はナイフとフォークを綺麗に使って、美しい所作で食事を進める。


 彼女の綺麗な所作にリンカとビビエルの2人は思わず見入って感嘆の声を挙げた。


「凄いなあ……」


「お嬢様なのかな……?」


 クリスは短冊のように綺麗に切り揃えられたベーコンを一切れずつ口に運んでいった。


「お、お食事は口に合うかな?」


 リンカは思わずクリスに聞いた。


「うーん。正直微妙ね」


 クリスは言った。


「そ、そうなんだ」


「でも今日はお腹が満たせればそれでいいわ。チビのお姉さん。ミルクのお代わりを頂戴」


 クリスはリンカに向かって空のコップを差し出しながら言った。


「チ、チビ!? あ、あなたの方が背は小さいよね!?」


「私の身長は平均値よ。年齢を加味すればあなたのほうが圧倒的にチビだと思うけど」


「そういうことはあんまり言わない方がいいと思うな〜。初対面だし!」


「なんで? 私は事実を言っただけよ」


 隠れてクスクスと笑っていたビビエルの元へとリンカは戻っていった。


「ビビエルさん助けてください〜。あの子は私の手にはおえません……」


「まあ〜、私にもなかなか厳しいな〜」


 リンカはお代わりのミルクを少女に持っていき、彼女はそれをゴクゴクと勢いよく飲んだ。


 相当喉が渇いていた様子だ。


 クリスは2杯目のミルクを一気に飲み干すと、再びフォークに手を掛け、食事を進めようとした。


 だが彼女の手はそこで止まった。


「どうしたの?」


 不審な様子のクリスにリンカが聞くと、クリスは人差し指を口の前で立てて、静かにするようにリンカに合図をした。


 クリスは外から聞こえてくる音に聞き耳を立てていた。


 たしかに外からかすかに何かが聞こえてくる。


 そしてその音は店にどんどん近づいてきていた。


 それはこんな歌だった。


「俺たちゃ、無敵の海賊団! 泣いてる赤子も笑わせるゥ! 俺たちゃ、ロンド海賊団!」


 その歌を聞いて、クリスがリンカたちの元へ慌てた様子で近づいて来た。


「隠れられる場所は?」


 リンカは突然のことに動揺してしまう。


「ど、どういうこと〜?」


「早く! 時間がないの!」


「は、はいっ!」


 リンカはクリスの手を引いて、店の奥のロッカーに彼女を押し込んだ。


「お願い。うまくごまかして」


 扉を閉める直前にクリスは言った。


「一体なんなの〜」


 リンカは頭を抱えた。

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