第7話 これからどうしよう……。リンカのとほほなアルバイト生活。

 家に着いたリンカは帰ってきていた祖父の源十郎に事情を話した。


「事情は分かった。お前たちはここで待ってろ。いいか、一歩も外に出るなよ」


 源十郎はそう言って出かけて行った。


 後から聞いた話によると、源十郎の呼びかけによって街の大人達総出で工場内を捜索したが子供達は見つからなかったという。


 たった1人見つかったのは殺されてしまったハヤトの兄だけだった。


「お兄ちゃんは僕のたった1人の家族だったんです……。これからどうしよう……」


 アウトサイドに住む子供達は、身寄りがないような特別な事情を抱えていることも少なくない。


 ハヤトの家は幼い頃に両親が亡くなっており、10歳年上の兄に養ってもらっているのだという。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


 リンカはただ泣きながら謝る事しかできなかった。


「あなたは悪くないです。悪いのはあいつです」


「私、強くなるから……っ。もう誰にも負けないくらい強くなるから……っ!」


「ほんと?」


「うん。ハヤト君はここに住んだらいいよ。これからは私が守るから」


「おじいさんは許してくれる?」


「当たり前じゃん。おじいちゃんは世界一の格闘家だよ。心の広さも世界一なんだから」


「よかった……」


 ハヤトは我慢していた涙がだんだん溢れてきて、声をあげて泣き始めた。


 リンカはただ泣きじゃくるハヤトの背中を優しく撫でた。


「そう言えばまだ私の名前、言ってなかったかも。私は木崎リンカ。これからよろしくね」


   ◇

 

 時は戻って2300年3月。

 

「出来ましたよー」


 ハヤトは皿に料理を盛って机の上に並べた。


「わーい! 青椒肉絲にトマトサラダ! おいしそうだねえ。いただきまーす」


 リンカは出された料理を勢いよくムシャムシャと食べ始めた。


 ハヤトは使った調理器具を洗い終わり、棚にあった花瓶の水換えを始めた。


「おじいちゃんが亡くなって、もう1年ですね」


 一瞬だけリンカの食べる動きが止まったが、またリンカはムシャムシャと食べ始めた。


「でも信じられないよね。おじいちゃんが死んだなんて」


 リンカは食べながら言った。


「ええ……。そうですね」


 ハヤトは新しい水を入れた花瓶を源十郎の写真のそばに戻した。


 5年前リンカの家にやってきたハヤトは、リンカの祖父である源十郎と共に暮らし始めた。


 源十郎はハヤトの事を温かく迎え入れ、まるで2人目の孫ができたかのようにかわいがってくれた。


 だからこそ身寄りのなかったハヤトにとっても本当の祖父のような感覚だった。


 だがそんな源十郎も1年前に亡くなった。ある日突然1人の女性が家を訪ねてきて彼の死を知らせてくれたが、その詳細に関しては何も教えてくれなかった。


 源十郎は頻繁に理由を言わず出かけることがあったが、そこに彼の死の真相があるのだろうとリンカもハヤトも思っていた。


「ごちそうさま!」


「早っ! もう食べ終わったんですか?」


「うん! おいしかったから。ありがと~。よくできた弟だなあ」


 リンカはそう言いながらソースまみれの手でハヤトに抱きついた。


「ちょ、ちょっと手洗ってください。口も」


「もう、ケチだなあ」


「そういえば、ここに飾ってる徳利とっくりって何だったですか?」


 祖父の写真の横には花瓶ともう1つ、栓のされた古い徳利が飾られていた。


「それね、私も良く知らないんだけど、おじいちゃんが亡くなったことを伝えに来たお姉さんがおじいちゃんの形見だって言って渡してくれたんだ」


 リンカは手を洗いながら答えた。


「そうだったんですね」


「中にお酒か何かが入ってるみたいなんだけど、なんだろうね。開けてみる?」


「そんな! 罰当たりですよ。やめときましょう」


「うーん。そうだなあ……。でも気になるなあ……。あ! 私そろそろバイトだ! 行かなきゃ」


 リンカは時計を見て言った。


「また道着のまま行くんですかー?」


 ハヤトは飽きれたように言う。


「上からエプロン掛けたらそれっぽくなるから大丈夫大丈夫! じゃあ、いってきまーす! ごめんね、お皿片付けておいて」


「はーい! がんばってくださーい! って、エプロン忘れてるんじゃ……」


 リンカはそのまま家を飛び出して、物凄いスピードで下り坂を駆けていった。


「うわああああ!! 大変だ~。遅刻するかも!」


 リンカはしばらく走ったが、住宅街が見えてきたところで突然飛び上がり、民家の屋根の上に乗った。


 屋根の上に乗れば、山の麓付近から建物が所狭しと並べられている様子が良く見える。


 色とりどりの建物が隙間なく並んでいる様子はまるでおもちゃ箱の中のようだ。


 リンカは家から家へと飛び移り、バイト先への近道をしながら山を下りて行った。


「お、リンカちゃん今日も走ってるね」

 

 山を下りる程に人通りは増えていき、リンカも何人かに話しかけられた。


 リンカが屋根の上を走る様子はこの街ではいつものことだった。


「いってきまーす」

 

 リンカは話しかけてきた人に挨拶をしながら走った。


「ほっ」

 

 という掛け声と共にリンカは再び飛び上がって着地した。


 リンカが働くのはアウトサイドいちの飲屋街、ドランクストリートの一角にあるバー。


 この通りには多くの飲食店が立ち並び、夜には多くの人で賑わう。


 通りの東側にはたくさんの煙突が見えており、そこに多くの工場がある。夕方になると工場勤務の労働者たちが一挙に押し寄せるという訳だ。


 現在は午後4時。ちょうど多くの店が準備を始める時間で、酒瓶をカランカランと運ぶ音や何かを焼くような料理の音が聞こえてくる。


 料理のいい匂いがしてくる店もあった。海鮮鍋のような匂いだ。


 リンカのアルバイト先は通りのちょうど中央あたりに位置する、Barブルックリンだ。


 リンカが店の入り口を開けた瞬間、熊ほど大きな中年の女性が現れた。


「遅い!」


 彼女はこの店のオーナーであるアグネス・ブルックリン。ドランクストリートで数件の店を経営しており、アウトサイドの住人の中ではかなりの金持ちだ。

 

 そのせいか、彼女の体は丸々と肥えており、店の扉に詰まってしまいそうなほどだ。


「おばさん、こんにちは!」


 アグネスは不機嫌そうな剣幕でリンカのことを睨んでいる。


「あんた、挨拶よりも先に言うことがあるだろう?」


「お疲れ様です?」


「私をバカにしてるのかい?」


「そ、そんな! めっそうもないです」


 リンカは必死に否定する。


「いつも10分前には来るように言ってるだろう?」


 リンカは店の壁にかかっている時計を覗き込んで確認した。今は始業時間5分前だ。


「でもこの前は5分前に来なさいって言ってたような……?」


「ほう、私に口答えをするのかい? バイトの分際で偉そうに……」


 リンカは不服ながらもごめんなさいと一応小さな声で謝った。


「で、食材は?」


「それが〜……大きな爆発に巻き込まれて、全部吹っ飛んじゃいました」


 アグネスはその答えに大きなため息をついた。


「今日はあんたの給料引いとくから」


「そ、そんな! 本当に大きな爆発があってそれはもう大変だったんですよ?」


「黙りなさい! それ以上喋ったらもっと給料引くよ?」


「はい……」


「わかったらさっさと始める! あんたみたいな無能にはいくら時間があっても足りないんだから」


 アグネスはブツブツ文句を言ってその大きな体を揺らしながら店の中へと戻っていった。

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